第58話 原田さんの恋人
原田さんの恋人役をする事になった私は原田さんとともに京の街をデートする事になった。
「……原田さん。ひょっとして、なんですけど。さっきから感じる殺気じみた視線って……」
「彼女……朱鳥さんだろうね、間違いなく」
「で、ですよねー」
原田さんをストーカーしている女の子というのは、結構な美人なのだが、それが驚いた事に、私の親友、前原明日香にそっくりな上に、漢字は違うにしても、名前まで一緒なのであった。
これは明日香のご先祖さまなのでは、と思ってしまうのも無理もないだろう。
……平成の親友の先祖がストーカーというのは、なんとも微妙ではあるが。
「それで……これからどうするんです?」
「計画としては、とりあえず、彼女……飛鳥さんに、俺と瑞希が恋人だと思わせて、それで最後に君を紹介する」
「……それ、私が刺されそうなんですけど」
「まぁ……瑞希なら大丈夫だろう?」
「そりゃそうですけども」
ああいうストーカーは何しでかすかわからない。
「というか、本当にこれで諦めてくれるんでしょうか?」
「これでも諦めてくれないとなると、こちらとしても色々考えなきゃならなくなるんだけどね」
「色々って……」
知らぬが仏。
怖いから聞かないでおこう。
「ってかもういっそ飛鳥さんと付き合っちゃえばいいじゃないですか。彼女、結構な美人だし」
「俺はそういうのを作らない主義だから。ああ、でも……君は、特別だよ?」
「へ?」
突然グイッと手を引かれ、抱き寄せられる。
「な、何するんですか、原田さん!?」
「これこら。『左之助さん』だろう?じゃないと、恋人らしくない」
「う……って、それとこれとは話が別ですよね!?」
「いや、違うよ。この間、言っただろう?今度続きをしようって」
「!!」
た、確かに!
言ってたけども!!
それもうだいぶ前のことじゃんか!
「……い、今の今まで何も言ってこなかったくせに」
「拗ねてるのかい、瑞希?」
「ち、違いますっ!!そ、それにっ!!私は男です!」
「嘘だね。俺は女の子と男を間違えたりはしない。絶対に、ね」
クスリと笑い、原田さんはそう、囁くように言った。
赤茶色な猫毛の髪がふわりと肩にかかって、程よく着崩された袴とよく合っていていつも以上に、より一層艶めいて見える。
その辺の男がこんな格好してもだらしなく見えるが、彼のような色男がやると大人の色気を醸し出すからズルい。
「っ、だったらなんだって言うんですか?私を追い出しますか?脅しますか?生憎ですけど、私お金なんて持ってないですからね」
なんせタイムスリップしてきたんだから。
私の言葉に、原田さんは大袈裟に目を見開いて首を横に振った。
「まさか。脅すなんて、するわけないさ。君を追い出してしまったら、俺は君を口説けないしね」
「……別に、原田さんは私なんて口説かなくたって、女の子よりどりみどりでしょうに」
「わかってないなぁ瑞希は」
「はぁ?」
一体、何がわかっていないと言うのだ。
「君は君自身の魅力に気づいていないんだね。仕方ない。こっちにおいで」
「へ、あ、ちょっ!?」
どこに連れて行く気ですか、原田さんっ!?
そんな私の心の叫びも虚しく、思いの外強い原田さんの手を振り払えないまま連行されていくのだったーーーーーーー。
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「んあぁ?なに、この店?」
なんか知らないけど女の子がいっぱいいる。
雰囲気も華やかだし。
それに、みんなこっちを……というか、原田さんを見ている。
そりゃそうか。原田さん、ものすごく目立つ容姿してるし。
自分の方へ、視線を送ってくる女の子たちに軽くウィンクをしたりと、サービス精神旺盛なのはいいが、飛鳥さんのストーカーをやめさせるべく、私の恋人役をしているのではなかったのか、と言いたくなる。
もちろん、嫉妬しているわけでは断じてない。
そもそも原田さんのような人は私の好みから外れているし、それに原田さんが今まさにやっているように、不特定多数の女の子に気があるようなそぶりを見せるのは私としてはあまり好ましい行為とは言い難い。
私のまの抜けた声に反応したのか、原田さんはその甘いマスクを若干しかめて言った。
「……瑞希……。もうちょっと色気のある声を出して欲しかったよ……」
「い、色気色気って、もう、みんなしてなんなんですか!!」
そんなにみんなは年上のお姉さん的色気が欲しいかこの野獣どもめ!
「みんなって誰?」
「そんなの、土方さんとか沖田さんとかに決まってるじゃないですか!!」
「……へぇ?なるほど。つまり、瑞希が女だって知ってるのはその2人か」
「っ!?」
な、なんでばれたの!?
「今、『なんでばれたの!?』とかって思ってるでしょ?」
「っ!!は、原田さんはエスパーか何かですか?」
「えすぱー?」
「あっ、い、いや、その、人の心が読めるんですかってことです」
「さぁ?どうだろうね?」
む。はぐらかされてしまった。
「それよりここでおしゃべりしてたら迷惑だから早く店に入ろう」
「え、この店に入るんですか?」
なんとなく入りヅラいのですが?
「もちろん。ほら、行くよ、お姫様❤︎」
「!!」
お、お姫様……。
「ふふっ、赤くなってる。可愛いね、瑞希」
「か、からかわないでください!入るならさっさと入りますよっ!!」
原田さんにからかわれてさらに赤くなった顔を隠すように背け、私は女の子で賑わうその店へと足を踏み入れた。
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「うわ、なにこれ」
「いや、『うわ』は、ないでしょ」
私の店に入ってからの第一声に、原田さんが呆れを被せてくる。
「いやだって……。なんですか、この派手な着物の数々は」
そう。
薄々は感づいてはいたが、この店は平成で言う所のファッション系のお店なのである。
店内には色とりどりの着物のやら簪やら、この時代の女の子にとってのオシャレ道具が所狭しと並んでいる。
……あそこにある派手なピンクの着物なんて、一体どこに着て行くんだか。
「本当に君は変わっているね。……この店は最近女の子たちの間で人気のお店なんだよ?瑞希だって女の子なんだから、こういうの、欲しいとか思わないのかい?」
「あー。私、ぶっちゃけ着るものは大きさが合って着られればなんでもいいです」
私のやる気のない返答に、原田さんは瞳を大きく見開いた。
「……そんな女の子がいるとは思わなかった……」
「わ、悪かったですね、女らしくなくて」
「いや、そうでもない。……むしろ、そっちの方が飾りがいがあるから」
「へ?今、何か言いました?」
「いいや、なんでも。……君は少し、この辺で待っていてくれる?」
「はぁ……。それは構わないですけど」
なにするつもりなんだろうか、原田さんは。
こちらの疑問をよそに、原田さんは意気揚々と大量の着物のたちの中へと突入していった。
と、しばらくすると一着の着物を持って差し出してきた。
「これ、着てきて?」
「はい?」
「絶対似合うから」
グイグイと、渡されたそれ……薄い青紫に菫に似た花が散っている着物を持たされ、試着室に放り込まれる。
仕方なく、慣れない着付けをして外に出る。
「着ましたよ」
私の声に、こちらを振り向いた原田さんは一瞬目を見開き、破顔した。
「とっても可愛いよ、瑞希」
「あ、ありがとうございます……」
あまりストレートに褒められたことのないので、原田さんの褒め言葉なんとなく気恥ずかしい。
店にいた女の子たちの嫉妬にまみれた視線と原田さんからの熱い視線に、耐えきれなくなって下を向くと、
「こら。下向いちゃダメ。俺を見て?」
「っ……」
顎を片手で捕まれ、無理やり上げさせられる。
仕方なく原田さんの整った顔を至近距離で拝むことになったのだが、その時、私はふと「違和感」を覚えた。
「こっちにおいで」
「え、あ、はい」
その「違和感」の正体を突き止める間も無く、またもや原田さんに化粧品やらが置かれた所に連れて行かれる。
「店主!ちょっと、この子のお化粧とか、してあげてくれる?」
「かしこまりました」
お店の店員さんらしい美人な女の人がにこやかな笑顔でやってきて、あれよあれよという間に化粧と髪型アレンジを施される。
「お客さん、とっても可愛くできましたよ」
「えっ!?」
笑顔の店員さんに鏡を見せられ、私は自分の目を疑った。
……おお!!
恐るべし、化粧マジック!!
「うわぁ。なんか自分じゃないみたいですよ、原田さ……」
言いかけ、言葉を失う。
ーーー原田さんは私を見ていた。
ーーーいや、原田さんは呆然とした表情ででこちらを見つめていた。
けれど。
これだけは私にもわかった。
……原田さんは、こちらを見ているのに、私を、見てはいなかった。




