第6話 尋問は魔女裁判の如く
2人の歴史的有名人にドナドナされ、只今壬生浪士組、屯所……。
「……」
「……」
「……」
「……」
ああ神様。
何度もいうけど、私が何をしたって言うんですか……?
今、切実に聞きたいのですが。
私と晴明君は爽やか美青年の笑顔と色っぽいイケメンの眼力に脅迫され、壬生浪士組屯所へと連れてこられたのであります。
今、目の前には明らかに不機嫌顔の男……土方歳三と、並ばされた私たちの隣にはあの青年がヘラヘラ笑って座っている。
……なんか腹立つのはなぜだ?
「お前たちは一体何者だ?長州の間者か?」
長い沈黙を破り、土方さんは凍てつくような視線でこちらを見やって言った。
「ち、違います」
「間者は皆そういう」
んじゃあなんて答えりゃいいのさっ!!
はいそうです、間者ですって言ったら即斬り殺されるよねぇ!?
ヨーロッパの魔女裁判か。
「土方さ〜ん。面倒なんで斬っちゃいます?手っ取り早く。」
「いや、ちょっと、斬る!?」
いやいやそれは勘弁してマジで。
ってか手っ取り早くってなんだ、そんなこと軽々しく言うな!
こちとら命かかってんだぞ!
「だってこの人たち、明らかに怪しいじゃないですか。変な格好だし、土方さんの名前知ってるし」
「うっ、それは……」
返す言葉もございません。
でも、だからって未来から来たとは言えないよ!
ふざけてるのかって、斬られちゃうよっ!!
それだけはイヤー!!せめて生きてはいたいよー!
「まて、総司。その女はともかく、もう片っ方……変な色のやつが着ているのはいけ好かない公家の格好だ。闇雲に斬ればあとあと面倒なことになる」
「う〜ん。確かにそうですねぇ。じゃあ聞いてみましょう。あなたたち誰ですか?」
いやいや、率直すぎるでしょ。誰ですかって、名前を答えればいいってわけでもないでしょうが。
突然話を振られた晴明君は困惑した表情で青年を見返し、口を開いた。
「僕は……」
晴明君の視線がちらりと私に振られる。
どうしたんだろ……って、あ、そうか。
「安倍晴明」の名前はこの時代でも知られているはず。
そんな名前を口にしたらますます怪しまれるどころか、頭がおかしい人だと思われる。
「あ、自己紹介まだでしたよね。私は桜庭瑞希で、こっちは……き、桔梗!!小鳥遊桔梗ですっ!!」
言ってしまってからはたと気づく。
なんだ小鳥遊桔梗って。
どんなキラキラネームだよっ!!
別に、深い意味はなかったけどもっ!!
晴明君の目は前から桔梗の花みたいで綺麗だなとか思ってたし、小鳥遊っていうのは、私が好きなアイドル、小鳥遊菫ちゃんの名前がとっさに思いついたからであって!!
ああうん、菫ちゃん、可愛いよ!
もう2度と見れないかもしれないけど。
……。
……。
……。
……。
ーーー現実逃避、強制終了。
もっと何かなかったんかい自分。
あとまた泣きそう。誰か助けて。
「……小鳥遊桔梗です。よろしくお願いします」
空気を読んでくれた優しい晴明君がそう言って淡い笑みを浮かべてくれる。
その優しが、つらい。いやまぁ、話し合わせるしかないんだけども。
「ふぅん?なんか変わった名前ですね、二人とも」
青年が興味深そうに私たち二人を見比べて言う。
……変わった名前って、私もかい。
失礼な。
「小鳥遊桔梗。お前は公家か?」
土方さんがニコリともせずにそう言った。
「……いいえ」
またもや空気を読んだ晴明君が、土方さんの言葉を否定する。
確か、「安倍晴明」はそこまで身分が高いわけではないが、歴とした貴族だったはず。
でもそこは空気読んでくれで助かったかもしれない。
後で調べられると色々と面倒だし。
身元なんて、この時代の人間じゃないんだから、わかるわけないからね。
「ならばなぜそんな格好をしている?」
「……」
「別に私たちがどんな服着ててもいいじゃんか……」
「あぁっ?」
「いえ、なんでもないです」
おい土方っ!!
あんたはどっかのヤ◯ザかよ。
そっくりどころか、そのものだよ!
「……土方さん、と言いましたね?」
「なんだ?」
と、そこで今まで聞かれたこと以外沈黙を保っていた晴明君が静かな声音で口を開いた。
「僕は、あなたの仰る『長州の間者』というものが何か、知りませんが……斬りたいのでしたらご自由に」
「なに?」
土方さんはその言葉に眉根をあげて聞き返す。
私も、晴明君が言っていることの意味がわからず、彼の方を思わず振り返った。
「せ……桔梗君?」
どうして、「斬ってもいい」、なんて。
しかし、言葉とは裏腹に、晴明君は壊れた人形のような笑みを浮かべた。
「殺したければ殺せばいい。そう、申し上げたのですよ」
「なっ……」
私だけでなく、土方さんたちまでもが息を呑む。
「ただ、その場合、桜庭さんだけは開放してあげてください。彼女は何もしていない」
「な……ちょっと待ってよ!!なんで、なんでそんなことっ……!?」
「僕は、生に対して執着していないのですよ、桜庭さん」
「え……?」
整った顔立ちが自嘲げに歪む。
「それに。申し上げたでしょう?……僕は、化け物ですから」
「っ……!!」
また、だ。
また、どうしてそんな。
そんなに、虚ろな目をしているの?
晴明君……君は一体、あの平安の都で、どんな……。
「命は、そんな風に軽んじるものじゃないですよ」
さっきまでの腹のよめない笑みを消し、青年は無表情に晴明君を見据えた。
その瞳は今までとは違い、わかりやすく、どこか起こっているように感じた。
晴明君はそんな彼の言葉には答えず、顔を伏せたまま沈黙している。
「……土方さん」
私は意を決して正面にむきなおった。
「私たちは、長州の間者ではありません」
「……証拠は」
「ないです。だから、信じてくれとしか言いようがない。私たちは間者なんかじゃない!!」
鋭い眼光に負けないように、じっと土方さんの目を見つめる。
私は、これ以上晴明君に、自分をないがしろにするような発言をして欲しくなかった。
「総司」
「なんです?」
「お前はどう思う?」
「へぇ?土方さんがそんなこと僕に聞くなんて珍しい」
「無駄口を叩いてないで答えろ、総司」
「はいはい。……まぁ、別にいいんじゃないですか?この二人、間者にしては目立ちすぎるし。しばらくここに置いておいて、様子見ってところじゃないですかねぇ?」
「え、信じてくれるんですか!?」
「ん〜信じるっていうか、別にいいかなって。もし間者だったら僕がスパッと斬るし」
「……なんか、さっきの言葉と矛盾してる気がするんですけど」
「ん〜〜気のせい気のせい♪」
いや、絶対気のせいじゃない。
でもまぁとにかく、即切り捨て御免は免れたらしい。
正直、そうなってたらごめんじゃ済まないから。
とりあえずは一安心かな?
「せ……桔梗君、とりあえずの誤解は解けたみたいだから……桔梗君?」
「……」
隣に視線を移すと、なぜか晴明君は顔を伏せたままで、ジッと畳を見つめている。
あれ?
なんか、様子がおかしい……?
土方さんたちもそれに気がついたのか、視線が一斉に彼へと集まる。
私は慌ててそばに寄った。
「え……き、桔梗君!?」
もともと病的に白い肌が、見間違いではないほどに、より一層青ざめている。
唇はぎゅっと噛み締められ、額にはじんわりと汗がにじんでいる。
「ちょっと!顔色悪いけどどうしたの!?」
晴明君の肩を掴み、その顔を覗き込む。
「っ……、桜庭、さん……?」
紫色の瞳は熱っぽく潤み、焦点があっていない。
つかんだ肩からじんわりとあきらかに高い熱が私の手へと伝わった。
「っ……」
グラリ、と、晴明君の体が倒れこむ。
「き、桔梗君っ!!!!」