第57話 幕末inストーカー
【桜庭瑞希】
「……何やってるんですか?」
6月も半ばに近づいたとある日。
私は局長室の前で聞き耳を立てていた沖田さんに出くわした。
「シーーーッ!静かに!バレちゃうでしょ!」
「いや、バレるって、何やってんですか、沖田さん……」
「何って、見ればわかるんじゃない?」
「盗み聞きですね」
「偵察って言ってくれる?ほら、瑞希ちゃんも来てみなよ」
「え、ちょっ……」
沖田さんに強引に引っ張られ、私は仕方なく中の様子を襖の隙間から覗くこととなった。
「近藤さん、土方さんと……原田さん?」
なんで原田さんがここに?
「ね、気になるでしょ?」
「何かしたんですかね」
「それを聞くために偵察してるんだよ」
「沖田さん、そういうのを盗み聞きって言うんですからね」
「……おい、お前、何をしている」
「あ」
スパンッ
勢い良く襖が開く。
その結果、襖に体重を少しかけていた私はバランスを崩して中に倒れこんだ。
「へぶしっ!!な、なにするんですか、土方さんっ!!」
「それはこっちの言葉だ馬鹿野郎!!んなところでなにしてやがる!?」
「何って盗み聞きですよっ……ったぁ……」
逆ギレ気味に言い返したら問答無用でゲンコツを落とされた。
なんで私だけ、と、沖田さんの姿を探すが見当たらない。
……あの野郎っ!逃げたなっ!?
「な、なんで私だけ……」
「逃げ遅れるからだろ」
「逃げるのはいいんですか!?」
「いいわけねぇだろ!」
「い、痛いっ!!暴力反対っ!!」
そんな、ポカスカ叩かないでよ!
これ以上バカになったらどうしてくれんの!?
……。
本当に!!
「まぁまあ、歳、いいじゃないか盗み聞きくらい」
「わーい、近藤さん優しい!」
「チッ……」
あ、今舌打ちされた。
「瑞希は朝から元気がいいね」
「む、原田さんまで」
原田さんとは、この間の一件でギクシャクするのではないかと危惧していたが、そうでもなく、少し安心しているところである。
「ふむ。……なぁ歳、これはちょうどいいんじゃないか?」
「ちょうどいいって……まさか!」
「ん?ちょうどいいって、なんの話ですか?」
原田さんがここにいる理由と、何か関係があるのだろうか?
「俺は賛成です。ちょうどいいじゃないですか、土方さん」
二人の会話の意味がわかったらしい原田さんが意味深な笑みで私を見ながらそう言った。
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で。
「なんでこうなるんですか!!」
盗み聞きがばれた私は、何が何だかわからないまま、土方さんの部屋に連れてこられ、なぜか女物の着物に着替えさせられていた。
今回のはこの前の島原で着たやつとは違い、派手さはないものの、桜が散った、可愛らしいピンクの着物だった。
「……まあまあだな」
「なんですか、まあまあって。っていうか土方さん、この前は『ないな』とかっていってましたよねぇ!?」
「そりゃ、小鳥遊の女装と比べたらな。言うならば比べる相手が悪い。その格好だと元々お前、チビで童顔だから女に見えるぞ」
「……」
それは褒めているのか、貶しているのか。
「大丈夫だよ、瑞希。今の君は十分可愛いから」
原田さんが艶っぽい笑みでそう言うのを、土方さんは眉間にしわを寄せて見返した。
「……いや、お前、瑞希は男だぞ?」
私が女だと原田さんにバレたと知らない土方さんの言葉に、しかし、原田さんは楽しげな笑みを深めた。
「問題ないですね。俺は可愛いものなら性別だとかにとらわれない主義なんで」
「……好きにしろ」
「ちょっと、あの!」
「なんだ?」
「なんで私、女装してるんですか!?」
そうだよ、そのまま流すところだった!!
なんで私は今、女装させられているの!?
もしかして、前みたいな潜入調査か?
でも、だったら自分で言うのもなんだが、私はあまり役に立たないぞ?
そもそもそれなら私より晴明君が呼ばれるだろうし……。
それとも、からかわれてるのか!?
「ああ、それはな……」
しかし。
私が女装させられた理由は、私の想像の斜め上をいくものだった。
「お前、しばらく左之の恋人になれ」
「はぁ!?」
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「……付きまとわれて困ってる?」
事の顛末はこうだ。
とある料亭の娘さんが、原田さんに惚れたらしい。
まぁ、それだけならはまだ良かったのだが、その娘さんは思い込みの激しいストーカー気質だったらしく、勝手に自分は原田さんの恋人だと勘違いして原田さんに付きまとっているらしい。
何度注意しても無駄だとか。
そこで、私が原田さんの恋人役になって「君と恋人になるのは絶対無理」とわからせたいのだそうだ。
「って、それなら私より晴明君にやってもらったほうがいいんじゃ……」
「それがな、出来んのだよ。彼には私がある仕事を任せていてね」
「あーなるほど」
晴明君は近藤さんの用事で忙しいらしい。
で、平助君からは断固拒否され、結果私のお鉢が回ってきた、と。
……というか、私のところに話が回ってきたのは最後なのかい。
……そうかいそうかい。
「……わかりましたよ。どーせ私は暇ですから協力します」
ヤケクソ気味に了承すると、
「ありがとう、瑞希、助かるよ」
「っ……」
どこかほっとしたような、いつもより素直な笑顔の原田さんに、早まった心臓を宥め、私は土方さんのほうを見上げた。
「で、私はどうすればいいんですか?」
ここまできたら身代わりでもなんでもやってやる!
なんでもドーンと来いだ!
私の質問に答えたのは土方さんではなく、原田さんで……。
「そりゃあもちろん、恋人らしい事をするんだよ。俺と、ね❤︎」
あ…。
私、早まったかも……。




