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時廻奇譚 〜あなたに捧ぐ、恋物語〜  作者: 日ノ宮九条
第六章 歴史における試練
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第55話 大阪力士乱闘事件・後編

う、うわぁ……。


始まっちゃった……。


道を譲ろうとしない力士に鉄扇を振り上げる芹沢さん。


それは止める間も無い出来事で、歴史を聞いていた沖田さんなんて、もはや笑いを堪えるような表情で芹沢さんたちを見ている。


ーーーだから、面白がってる場合か!!


「まあまあ、芹沢さんも落ち着いて……」


隣で困ったような顔の山南さんが仲裁を試みるも焼け石に水だった。


「あーあ。芹沢さんって、一度怒り出すととまんねーからなぁ」


新八君がその様子を呆れたように眺めている。

近づいていかないのはおそらく、巻き込まれたくないのだろう。


「いやいや、見てる場合じゃないでしょ」

「んー、ああ、瑞希か。……いやだって、瑞希はあれ、止められるか?山南さんでも無理なのに?」

「うん、無理」

「だろ?」


あの温厚な山南さんでも無理なものを、どうして私なんかにできようか。


隣でついに耐えきれなくなったのか爆笑している沖田さんの背中をバシッと叩いて正気に戻す。


……この笑上戸め。


結局、歴史通りにことは進み、芹沢さんが哀れな力士を鉄扇で殴り飛ばし、相手方がこちらに悪態をついて退散し、喧嘩は終結した。



********************



場所は変わり、大阪に鎮座まします遊郭ーーーーーーーー。


斎藤さんは別室で少し休んだらすぐに具合も良くなったみたいで、遊郭の宴会にすぐに参加していた。


さっきの喧嘩のことを忘れたかのように飲みまくって騒ぐ壬生浪士組の皆さんに私は物申したい気持ちをなんとか飲み込みながら部屋の隅っこでため息をついた。


「ねぇ、瑞希はんはお酒、飲まへんの?」

「あーうん、私はいいや。ありがとう、お菊ちゃん」


さっき知り合った芸妓さんーーーお菊ちゃんが私の隣にきて話しかけてくる。


年は12らしく、年下ながら、ほんのりと色気を漂わせた可愛らしい子だ。


「ふふっ、そうなん?」

「私は20歳になるまで飲まないって決めてるんだ。だから、お菊ちゃんは他の人のところに行っていいよ」

「んー、うちは瑞希はんのところがいいや」

「え、どうして?」

「だって、瑞希はんは紳士的やもん」

「し、紳士的!?」


それは喜んでいいのか!?


「なんか、他の人とは違う気がするんよ」

「そ、そうかな」


いやまぁ、男女の違いっていうものがありますからね!


「……ところでさ、お菊ちゃ……」


ダダダダダダダダダダタダダダダダッ!!!!!


「な、なんなん!?」


突然の喧騒とともに聞こえてきた大きな音に、怯えた様子のお菊ちゃんが私にしがみついてくる。


ーーーや、ヤバイ。


これは、間違いなく。


ガタンッ!!


「さっきはよくもやってくれよったなぁ!!!」


襖が勢い良く蹴り倒され、2、30人の力士が殴り込んでくる。


うわぁ。


これはさすがに圧巻だわぁ。


マジでお引き取り願いたい。


が、私の内心の願いもむなしく。


「ああぁ?んだテメーら?そっちがその気ならやってやろーじゃねーか!!!」


ああ、芹沢さん……。


あんたがノリノリでどうするんですか……。


というか、あんたの方が断然ガラ悪いよ!!


助けを求めるべく沖田さんの姿を探すが

こっちもこっちで笑顔のまま、さも嬉しそうに脇差しで応戦している姿が目に飛び込んでくる。


……。

おいっ!!

あんたもかよ!!


周りを見渡すと、酒の勢いとノリもあってか、皆それぞれ脇差しをもって応戦しており、誰一人として穏便に済ませる気がないらしい。


あの山南さんですら、もはやヤケクソ気味に獲物を振るっており、あ、これは救いようがないわ、と、私はやや現実逃避気味にそう思った。


「み、瑞希はんっ……」


怯えきった視線で私を見上げるお菊ちゃんを安心させるべく、なるべく優しい笑顔を返し、


「大丈夫だよ、お菊ちゃん。君は、私が必ず守るから。誰にも、手出しはさせない」

「瑞希はん……」


私の言葉に、なぜかうっとりとした表情を浮かべたお菊ちゃんのことは若干疑問だったが、今はそれどころではないので私も護身用に懐に入れておいた小刀ーーー遊郭ではレイピアみたいな大きな剣や刀は持ち込めないからーーーを握りしめた。


殴りかかってきた力士を巴投げの要領で投げ飛ばし、お菊ちゃんめがけて飛んできたちゃぶ台を、弾き、そこでふと、私はこの乱闘騒ぎが起こるきっかけとなった芹沢さんと力士との喧嘩の情景を脳裏に思い浮かべた。


確か、喧嘩の原因は……。


…………………………。


…………………………。


あ。


そうだ。


道を譲る譲らないで揉めて……。


視界の端に、お菊ちゃん同様に怯え、瞳に涙を浮かべながら縮こまっている芸妓さんたちの姿が目に入ってきた。


ーーーーその瞬間。


私の脳裏で、何かが弾けたような音がした。


そして私は。


スッと息を吸い込み。


「あんたたち……っ……もう、いい加減にしろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!!!!!!!!!」


ーーーー絶叫をあげた。


……今までの喧騒が嘘のように、シーンと静まりかえる。


「あ、の、ねぇ!!!ここ、どこだかわかってる!?わかってるてやってるわけ、こういうこと!!周り見て見ろよ!!怯えてるでしょうが、芸妓さんたちがっ!!なんの罪もない女の子たちが、あんたたちの行いで、怖がってんだよ!!わかるか!?しかも喧嘩の原因が?道を譲る譲らない?んなことどーーーーーーーでもいいわっ!!!!給食のデザートで揉める小学生男子かっ!!!!いやもう小学生以下だよ!!!!いい年した大人がなにやってんだよ道如きで揉めんじゃねぇよ部屋ん中荒らしてんじゃないよもうお前ら揃いも揃って馬鹿かよっ!!!!!」

「ねぇ自分たちでこんなことやってて恥ずかしくないのか!?馬鹿だとは思わないの!?もうこれ後で頭抱えて羞恥で悶えるほど低レベルな争いなんだよ!!もういっそそのまま悶え死ね!!自分の行いに憤死しろ!!この馬鹿どもっ!!というかなんで私が大人相手にんなこと講釈たれなきゃなんないんだよっおかしいだろうがっ!!」

「おいそこっ!!いつまでも物騒なもの持ってんじゃねぇよさっさとしまえよあんたら人語が理解できないのかよ、この猿頭っ!!あと他の躾のなってない猿ゴリラチンパンジー、豚に鶏にクソ邪魔な像にトラにライオン!!いい加減帰れ!!!!ハウス!!!ここは猛獣しかいない全く癒されない動物園かああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

「「「「「「「「…………………………………………………………」」」」」」」」

「おい返事はっ!!??」

「「「「「「「「…………申し訳ありませんでした…………」」」」」」」」


私のキレ気味の言葉に毒気を抜かれ、唖然とした様子の8人はなにがなにやら分からぬままに謝罪を口にする。


怒鳴り込んできた力士たちも、さすがに冷静になったらしく、お互いに顔を見合わせ、気まずい表情ですごすごと引き下がっていった。


私は無言で後方を振り向き、今度は表情を般若の相から笑顔に変えてお菊ちゃんや他の芸妓さんたちに向き直った。


「皆さん、今日は宴をメチャクチャにした挙句に怖い思いをさせてしまってごめんなさい!」


心からの謝罪とともにぺこりと頭を下げる。


「瑞希はんのせいやないよ。せやから頭上げて?」

「お菊ちゃん……」

「そうそう。あんさんのせいじゃありまへんよ」


お菊ちゃんの隣へやってきた芸妓さんの一人がにっこりと微笑んでそう言ってくれる。

さらに同調するように、他の芸妓さんたちも続々と私のそばに寄ってきた。


「……許してくれて、ありがとう、みんな!」


ああ、なんていい人たちなんだ……。


ーーーこの馬鹿どもと違って。


ちら、と、後方に視線を走らせると皆引きつった表情で一歩後ろに下がった。


そんな八馬鹿にに向けて、私は沖田さんがよくやる目だけ笑っていない黒笑を浮かべていった。


「ところで皆さん。ここの片付け、手伝ってくれますよねぇ?」

「「「「「「「「……はい」」」」」」」」


かくして。


歴史に残る大阪力士乱闘事件はここに集結した。



追伸。


ことの顛末を知った近藤さんたちが大爆笑したことは言うまでもないことであったーーーーーーーーーーー。


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