第39話 紅に染まりし刀
「約束してください、瑞希さん」
ひとしきり泣いた後、私は晴明君とある約束をした。
「決して、憎しみに我を忘れないでください」
「……うん」
「あなたもですよ、藤堂さん」
「……わかった」
小さく頷く平助君の瞳は泣きはらしたように真っ赤だった。
……けれど私は。
その翌日、その約束を破ることになる。
その日。
私は。
………大きな罪を犯した。
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夜。
私たちが屯所に帰ってきたのは、門限がとうに過ぎた時間だったが、事情をどこからか聞いていたらしい土方さんは何も言わなかった。
「……さっさと飯食ってこい」
土方さんの、何も聞いてこない、いつも通りのぶっきらぼうな態度が、その時の私たちの心をほんの少しだけれど救ってくれたような気がした。
……けれど、夕飯を食べる気分になれなかった私は適当に湯浴みを済ませ、早々に布団の中に潜り込んだ。
そして、少しだけ泣いた。
龍之介を殺した犯人は辻斬り……つまりは通り魔みたいなものらしい。
運が悪かったとしか言いようがないが、それでもやるせなさは私の心にくすぶっていた。
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翌日の朝、その日は非番だった私は何をするともなく街へと繰り出した。
いや、何をするともなく、というのは間違いだ。
ーーー私は、龍之介を殺した辻斬りとやらを探していた。
探して、見つけて、どうするのかと、その時の私に聞いても要領を得た答えは得られなかったように思う。
別に、仇討ちを望んでいたわけでもなんでもなく、私はただ知りたかったのだ。
……龍之介が、何の罪もないあの少年が死ななければならなかった理由をーーーーー。
けれどそう簡単にそんなものが見つかるはずもなく。
時間だけは無為に過ぎていき、あっという間に夕方になってしまった。
その上、
「うわ、雨だ」
突然降り始めた大降りの雨に、そもそも傘も持ってきていなかった私は昨日と同じように、店の軒下で雨宿りを強いられることとなった。
「あーあ。私、何やってんだか」
雨は空を見上げてそう呟いた私をあざ笑うかのように降り続いている。
時刻が夕方なだけもあって、人通りは少ない。
雨音が大きく響くせいか、世界に、私しかいなくなってしまったかのような気がした。
と、空がピカリと光り、それから数秒後にゴロゴロと雷の盛大な音が鳴り始めた。
「スコールじゃん」
なんて運の悪い。
幸いにも、私は雷にいちいち悲鳴をあげるほど可愛らしい精神は持ち合わせていなかったので、げんなりとした気分で雨が弱まるのを待ち続けた。
ーーーその時だった。
「きゃあああああ!!」
「っ!?」
雨音の中に、悲痛な悲鳴が轟いた。
「まさか……っ」
ーーー脳裏にひらめいた、一つの可能性。
私は大雨の中、思わず飛び出し、悲鳴が聞こえた場所へ、足を進める。
そして、その場所ーーー店と店の間の、暗い路地でーーー。
「っ……!」
雨と濡れた土の匂いに混ざる鉄に似た濃密で不快な匂い。
真っ赤に広がった海は雨をはね返らせ、次第にその域を広げている。
そして、その中央には無残な姿に成り果てた、私と同い年ほどの女の子がーーー。
「辻、斬り……」
ジャリ
「赤」の、更に奥。
「っ!!」
ソレは私に、右手に持つ真っ赤に染まった刀を向けたーーーーーーーーーーーーーー。




