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時廻奇譚 〜あなたに捧ぐ、恋物語〜  作者: 日ノ宮九条
第五章 命を負う覚悟
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第38話 無慈悲な神の裁量

………。


……………。


「っ、う、あっ……!かあ、ちゃん……っ」

「……」

「……」


目の前で顔をぐしゃぐしゃにしながら泣きじゃくる龍之介に、私たちはなす術もなく立ち尽くす。


ーーー龍之介の母親が亡くなった。


突然胸を押さえて苦しみ出し、あっけなく逝ったと、隣の家のおばさんが言っていた。


龍之介の母親が苦しみ出した時点でそのおばさんは旦那さんを残して龍之介を探し回り、その報を受けた私たちは急いで龍之介の家へ駆けつけたが、間に合わなかった。


ーーー私たちは龍之介へかける言葉も見つからず、ただ黙って母親の亡骸にすがりつく龍之介を見下ろすことしかできなかった。


お母さんのために、強くなるといった龍之介。


彼の願いが叶うことはもうない。



ーーーなんて無慈悲なんだろうか。


神様がいるのならば言ってやりたい。


どうして、彼を一人にーーーー?



「……行きましょう瑞希。……今、僕たちが彼にしてあげられることは何もない」

「……けど」

「……一人に、してあげてください」

「……わかった」


隣の家のおばさんたちに龍之介のことは任せ、私は後ろ髪引かれる思いをしながらも彼の家を出たーーーーーーーーーーー。



********************



「お帰りなさい、瑞希さん、藤堂さん」


屯所に帰ると、私たちの様子から何かが起こっことを察した晴明君が淡い微笑を浮かべて出迎えてくれた。



「……そうだったんですか」


ことのあらましを聞いた晴明君は黙祷するように目を閉じた。


「……瑞希さんの『失せ物の相』の件で、気になって視てみましたが……これといった結果は得られませんでした」

「……そっか」


ーーー思い沈黙が流れる。


私はその沈黙に耐え切れず、なんとかそこから脱却しようと言葉を紡ごうとてーーー。


しかし、それは徒労に終わった。



ガラッ



勢いよく玄関の戸が開く。



ーーー入ってきたのは龍之介の家の隣のおばさんだった。


その血の気の失った顔を見て、嫌な予感を覚えた私たちは互いに顔を見合わせたーーーーー。



********************



ーーー雨が降り続いている。


さっき弱まった雨は、しかしまた勢いを増していた。



「……うそ、でしょ?」


つい数時間前まで、一緒に笑っていたのに。


ついさっきまで、お母さんの死に、年相応に泣きじゃくっていたのに。


「……ねぇ。答えてよっ!龍之介っ!!」


けれど。


私の呼びかけに答えるものはいない。


なぜなら。



「……あの後、龍之介君、一人で雨の中、傘も持たずに飛び出していったんよ。そしたら、こんなことに……」


辻斬り。


龍之介は、一人で家から出て、そして物言わぬ遺体となって帰ってきた。


さっきまで笑顔や泣き顔が浮かんでいた顔面は土気色で、もう彼が事切れていることが現実として見えていた。


「……っ、桔梗君」


気が少しでも緩んだら溢れ出そうになる感情を己の中に押しとどめ、じっと顔を伏せている晴明君の名前を呼ぶ。

顔を上げたその紫の瞳は悲しげに揺れていた。


「ねぇ。陰陽術とかでさ、龍之介、生き返らせられるよね?」

「……」


ーーー静かに目を閉じ、ゆっくりと首が横に振られる。


「っ……」


自分で言っていて、無茶だとはわかっていた。


それでも。


それでもっ!


「なんでっ……!なんで龍之介が死ななきゃならないんだよっ!!理不尽だっ!!どうしてっ……」



ーーー憎い。


龍之介を殺した奴が、憎い。



憎い。


憎い。


憎い。


憎いーーーーーーーーーーーーーーー。



「……いけません、瑞希さん」


真っ黒に染まった私の中に、静かな、清廉された声が響く。


「いけませんよ、瑞希さん。憎しみに、心を奪われては」

「っ……!!」


弾かれたように見上げると、澄んだ桔梗色の視線が私を射抜いた。

ーーー晴明君は、その凛とした気高さを感じさせる表情でこちらをまっすぐに見下ろしていた。


「この世の理不尽さを呪うのは構いません。『罪』を憎むのは正当です。けれど、その憎しみに呑まれてはいけない。それは誰よりも、あなた自身が理解しているはずです」

「っ……」


ーーー脳裏に浮かぶのは前に土方さんが斬った男たちの顔。


私はあの時、土方さんの行いを嫌悪した。


人を憎み、その命を散らすことの愚かしさ、罪深さを、私はこの時代の人たちよりもよく知っているはずなのだ。


「……ごめん」


謝罪の言葉が口から滑り出るとともに、私の瞳からこらえていたものが溢れ出たーーーーーーー。



********************



【安倍晴明】


ーーー嗚咽を漏らしながら涙を流す少女。


その背中はいつもよりも小さく、今にも壊れてしまいそうに見えた。


ーーー瑞希さんにとって、友人であり、大切な人であった少年の死。


ーーーその喪失がどれほどのものか、それを僕は誰よりもよく、知っている。



ーーー僕は、その絶望もまた、知っている。


ーーー瑞希さんは、おそらくかの少年を殺めた人物を恨むでしょう。


僕には、恨む者がいませんでしたが。


僕が本当に恨むべきなのは◾️◾️だと、僕は知っていましたから。


もちろん、今の瑞希さんには当てはまらないことですけれど。



ーーー瑞希さん。


あなたはこの世の不条理を知った今、運命の残酷さを知ったこの時、一体どう動くのでしょうか?


ーーー僕は、願うことしかできません。


ーーーーーーーせめて、あなたの心が、1日でも早く、晴れることを……。


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