第36話 斎藤さんの決意
【斎藤一】
「それじゃあ帰りましょ……どわぁっ!!」
俺は妙な奇声をあげて転びかけた桜庭の肩を支えた。
が。
(……っ!?)
これは。
「ありがとうございます、斎藤さん」
「あ、ああ……」
どういうことだ。
桜庭は。
男ではない。
肩を掴んだこの感覚は女にしては剣を持つからか筋肉は付いているが、しかし、それは男のものではない。
桜庭は女だ。
……なぜ、男だと偽っている?
それよりも、このことは土方さんが知らないとは思えない。
そもそも、何故女の身で剣を振るう?
そういえば、桜庭には親がいないと言っていた。
なにか、事情があるのかもしれない。
とりあえず俺は内心の動揺を悟られぬよう、桜庭から手を離す。
「今日はとても楽しかったです。ありがどうございました」
「ああ」
無邪気な笑顔を浮かべる瑞希は、俺が彼女は女だと気づいたことには感づいていないようだった。
……桜庭には家族がいない。
今の彼女にとって、壬生浪士組の皆が家族のような存在なのかもしれない。
もし女だと周りにバレれば彼女は行き場を失うだろう。
ーーー俺を、怖くないと言い切った桜庭。
ーーー桜庭は、俺の感情すらも読み取っていた。
ーーーーーそんなことを言われたのは初めてだーーーーーーーー。
ーーー桜庭の笑顔を、自分だけのものしたい。
そう、自分が強く願うようになったことに、俺は気づいていた。
ーーー桜庭を悲しませるなど、あってはならない。
彼女の泣く姿など見たくない。
ならば。
俺は彼女の秘密を己の中にとどめよう。
桜庭が、隊士として、大切な友人としていられるように。
……その時。
(……何だ?)
ほんの一瞬のことだったが、背後から何者かの視線を感じた。
それはもちろん殺気が込められたのうなものではなかったが、その視線は明らかに桜庭に向けられていた。
そこに悪意がなかったことに加えてほんの一瞬だったこともあり、桜庭自身は気づいていない。
向こうの方も、俺がその視線に気づくだろうと、まるで最初からわかっていたような引き方だった。
……まあいい。
今はその視線のことを桜庭に伝える必要はないだろう。
それに、もし、あの視線の主が桜庭に害をなすものなのであれば、その時は俺は容赦するつもりは毛頭ないのだからーーーーーーーーーーー。
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【???】
……彼に、気づかれた。
けれどこれは予想通り。
きっと彼なら気付くだろうとは思っていた。
私は彼を知っている。
ーーー今の彼は知らないだろうけれど。
私は何度も繰り返してきた。
だけれど今回は異例だわ。
まさか、晴明がここにいるなんて。
ーーーそれに、あの子……桜庭瑞希、と言ったわね。
ーーーあの子はおそらくーーー。
でも、そんなはずがない。
まだ、未来は変わっていないはずだわ。
だったら、あの子が生まれるはずなんてない。
ーーーそれとも。
これ自体が「運命」だというの?
これが、「確定された運命」ーーー?
だったら私はーーーーーーーーーーー。
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【安倍晴明】
っ……!?
今の、一瞬現れて消えた「気」は……!!
ーーー道満ーーー!!
あなたも、この時代にーーーー?
ならばなぜ、姿を現さないのです!?
ーーーあなたは、ひょっとして、僕たちに歴史を変えさせるつもりなのですか?
確かに、瑞希さんはこの時代の歴史を知っている。
けれど。
歴史を変えることが最大の禁忌であり、それを覆すことが不可能であることはあなたも知っているはずです!!
ーーーきっと、瑞希さんにも、もちろん沖田さんにも、この時代の歴史を変えることはできない。
それこそが「運命」なのだから。
ーーー道満。
あなたは、瑞希さんに歴史を変えさせようとしている?
けれど、あなたにとって未来であるこの時代を変えたところで、一体何になるというのですか。
それとも。
まだあなたには他の目的があるーーーー?
いったいあなたはどこにいるのですか、道満ーーーーーーー!!




