第35話 秘密の場所
私たちが幕末に来て早1ヶ月。
4月21日、江戸幕府の現将軍、徳川家茂公が下坂することになり、浪士組メンバーのうち、何人かは道中警護に行くこととなった。
私は残りの隊士の人たちと屯所に残り、巡察を続けた。
「桜庭」
1人、道場で稽古を続けていた私に同じく屯所に残っていた斎藤さんが声をかけてきた。
斎藤さんはあまり人と話すことがないらしく、常に無表情無感動でいるせいか取り付きにくい印象はあるが、しかし、私はそれを強いだとかは思わないで、むしろ好意的に受け止めていた。
「あ、斎藤さん。ひょっとして、稽古ですか?」
「ああ」
「それじゃあ手合わせしてくれませんか?」
「……よろしく頼む」
私たちは手合わせすることになり、結果、僅差で私が負けた。
「はぁ、はぁ……。やっぱり斎藤さん、強いです」
「お前もなかなかだったぞ」
「ありがとうございます!」
私こういう斎藤さんのお世辞の混じらない素直な性格が結構好きだったりする。
気を使う必要がないからだ。
「お前の剣は、速いがその分軽い。一つ一つの一撃をもう少し重く入れられればもっと伸びるぞ」
「本当ですか!?じゃあ素振りとかをもっとやるべきですね!」
「ああ。参考にでもしてくれ」
「わかりました!」
アドバイスをかの沖田総司と並ぶ剣豪、斎藤一にもらえるなんて嬉しすぎる!
上機嫌な私を無表情で見つめていた斎藤さんがふと、もっていた竹刀を置いて言った。
「……お前はこの後暇か?」
「え?えっと、暇、ですけど」
斎藤さん、急にどうしたのだろうか?
「それなら少し外に出ないか?」
「えっ!?いいんですか、私で」
「ああ。桜庭がいい」
そう言ってほんの少しだけれど口元に笑みを浮かべる斎藤さん。
私がいいって、そんなこと言われたら照れちゃいますよ、斎藤さん。
私だってこれでも健全な女子高生である。
イケメンな斎藤さんのその発言は素直に嬉しかったので私たちはその日の午後、出かけることになった。
「……桜庭は、どこか行きたいところあるか?」
「え?いえ、特にないです。斎藤さんは?」
「こっちだ」
斎藤さんに導かれるまま、私たちは街外れの高台へとやってきた。
「わぁ……!!街が見渡せます!!」
眼前に広がる京の街並みに私は感嘆の声をあげる。
「斎藤さん、ここによく来るんですか?」
「ああ。1人でいたいときなんかはな」
「えっ?そんな場所に私が来ちゃっていいんですか?」
それって、つまりここは斎藤さんの秘密の場所なんじゃなかろうか?
「問題ない。お前は他の奴らに言いふらしたりはしないだろう?」
「もちろんです!」
「なら、構わない」
そう言って斎藤さんは私から視線を外し、広がる絶景に目を細めた。
「……桜庭」
「はい?なんですか、斎藤さん?」
「……なぜ、お前は俺を見て恐れない?」
「はい?」
ーーー恐れる?
斎藤さんを?
私が?
「どうして私が斎藤さんを恐れないといけないんですか?」
「……普通は皆、俺と進んで話したがる者はいない。『お前はいつも無表情で、感情がよめなくて不気味だ』とな」
「なっ……!!」
「……俺自身、その自覚はあるからそれは仕方のないことだ。……だが、お前ははじめて会った時から、俺に笑顔を向けた。なぜだ?なぜ、笑顔の一つも返せぬ者に明るく振る舞えるのだ?」
「……っ」
ーーーこちらを見ないまま、淡々とした、けれどどこか寂しげな斎藤さんの言葉に、私は胸がぎゅっと締め付けられるような気がした。
「私は、斎藤さんを怖いなんて、思いませんよ」
ーーー私の言葉が、斎藤さんに届くかは、わからない。
本気にしてもらえないかもしれない。
嘘だって言われるかもしれない。
それでも、その時私は自分の気持ちを斎藤さんに伝えてあげたいと思った。
「だって、斎藤さんはこんなに優しいじゃないですか……!!」
ーーー私を、自分の特別な場所へ連れてきてくれた斎藤さん。
ーーーはじめて会った時、部屋に案内してくれた斎藤さん。
ーーーーーそんな優しい彼を、どうして怖いだなんて思えるだろうか?
「それに、斎藤さんは無表情なんかじゃないですよ」
「!!」
ーーーほんの少しだけ、斎藤さんの目が開かれる。
それを見て、私は笑みが自然にこぼれるのを感じながら言った。
「ほら。今だってそうです。斎藤さん、驚いているでしょう?」
「っ!」
「さっき、私をここへ誘ってくれた時の斎藤さんも確かに人よりわかりやすいわけじゃないけど、ちゃんと笑えていました。斎藤さんは、無表情なんかでも、不気味なんかでもないです」
「……」
「私は、ちゃんとわかっていますから」
ーーーそう、言葉を重ねる。
斎藤さんはそんな私をじっと見つめた後、無言で左手を私の頭の上に伸ばして軽くポンポンと叩いた。
ーーーけれど。
私にはわかっていた。
わずかに上がった口角。
ーーーそこから読み取れる、今の斎藤さんの気持ちにーーーーーーーーーーーーーーーーー。
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ーーーそれからしばらく、私たちは夕日が差した街の風景を眺めた。
「そろそろ屯所に帰るか」
「えっ、もうそんな時間ですか?」
ふと周りを見渡すともう日が傾きかけていることに気づく。
斎藤さんといると、時間までもがゆっくり進んでいくように感じるから不思議だ。
斎藤さんは無口だが、それがかえって落ち着くのだと思う。
「それじゃあ帰りましょ……どわぁっ!!」
柔らかい土に足を取られ、バランスを崩しかける。
が、危険を察知した斎藤さんにあっさり抱きとめられる。
危ない危ない。
と、いうか、最近私転びすぎだろう。
「ありがとうございます、斎藤さん」
「あ、ああ……」
笑顔でそう礼を言うと何故か珍しくわかりやすく驚いた顔をしている斎藤さんと目があった。
が、あれ、と思ったのは束の間で、いつもの無表情に戻ると私から手を離す。
「今日はとても楽しかったです。ありがとうございました」
「ああ」
斎藤さんの顔をはい変わらずの無表情だが、その日は、幾分か優しげなように思える。
ーーー私の想い、斎藤さんに届いたといいな。
斎藤さんとゆっくりした時間を過ごせてよかったと感じながら、私はそう、心の片隅で思った。




