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時廻奇譚 〜あなたに捧ぐ、恋物語〜  作者: 日ノ宮九条
第四章 壬生浪士組と平和なる日常
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第33話 大切なヒトですから

……そして、今に至る。


バランスを崩してすっ転んだ私は運の悪いことにすぐそばに座っていた晴明君を押し倒すようにして彼の上に覆いかぶさっている。


さすがに、受け身を取ることに慣れているおかげで、全体重を乗っけることにはならなかったが、それがなお悪いことに、晴明君は完全に床の上に仰向けになり、対する私は受身を取った腕で床をつくという、床ドン状態になってしまったのである。


お酒が入っているせいでぼんやりと潤んだ紫色の瞳が私を見上げている。

晴明君は酔い潰れることはないにしても、すぐにほろ酔い程度にはなる体質だと知ったのはつい最近のこと。

その、同い年ほどの少年とは思えない可憐な色気に見惚れていたからという理由と、突然の事態に頭が混乱状態にあるのとで私はそのままの状態で硬直せざる得なかった。


「瑞希さん……?」


う、うわああああああああああ!!

そんな上目遣いで見上げないでくれーーー!!

めちゃくちゃ萌える……じゃなくて心臓に悪いわっ!!


ど、どどどどどどうする!?


「……何やってるの、瑞希君」


あ。


私の後方に、邪悪な気配が。


突き刺さる!!


「……早くどきなよ瑞希君」

「は、はいぃ〜!!」


な、なぜか沖田大魔王様が大変お怒りでいらっしゃる!!

もうマジでごめんなさいっ!!


私は慌てて立ち上がった、が、視界の端で芸妓さんたちが晴明君を抱き起こす姿が目に入ってまたさっきのイライラが再燃する。


そして恥ずかしさと情けなさがこみ上げてくるのと同時に目元に熱いものがこみ上げてくるのがわかった。

心の中はもうぐちゃぐちゃで、自分でもその原因がわからない。


「……ごめんなさい」


自分の今の顔を見られたくないのといたたまれなさからそう早口に誰にともなく謝罪を口にし、私はその部屋を飛び出した。



********************



島原を飛び出し、とぼとぼと歩いていると河原にやってきた。


私は河原に腰を下ろし、ぼんやりと現代ではありえないほどに澄み切った川を眺めた。


「……最悪だ」


飛び出してきてから、一番謝らなきゃいけない晴明君に謝罪していないことやお店に自分の飲み食い代も払っていないことに気づく。


謝罪もできない嫌な子だと思われても仕方がないよ、これじゃあ。


そう思ったら自分が惨めすぎて引っ込みかけてた涙がこみ上げてくる。


こんなことなら、島原になんて行かなきゃよかった。

沖田さんの挑発に乗るとロクなことがないってこと、分かりきってたはずなのに。


「……帰りたくない」


早く屯所に帰らないと土方さんに怒られるし、何よりみんなに迷惑がかかる。

それはわかっているけど、あんなことしておいて、私、一体どんな顔して晴明君に顔合わせればいいの?


「帰りたい」


現代の家に。


けど。


本当の意味で、捨て子の私には帰る場所なんてなかったではないか。



「……見つけた」

「ふぇ……?」


そのとき。


聞きなれた、けれどここにいるはずのないその人の声に、私は間抜けな声を上げて振り返った。


「見つけました、瑞希さん」


ーーーそこにいたのは、今最も会いたくなかった晴明君だった。


突然の出来事に脳がショートして私は惚けた顔で固まった。


けれど、晴明君はそんな私をなだめるように優しい笑みを浮かべた。


「急に出て行ってしまうから、心配しましたよ」

「どうして、ここが……?」

「ふふっ。それはもちろん、僕が陰陽師だからです」


クスリ、と、悪戯っ子の笑みで言う晴明君。

が、すぐにその笑みを消し、晴明君は神妙な顔で頭を下げてきた。


「……すみません、瑞希さん」

「え……?なんで、晴明君が……」


謝らなきゃいけないのは私の方だ。

それなのに……。


「倒れたあなたを、とっさに受け止めるべきでした。怪我はありませんでしたか?」

「っ……」

「み、瑞希さんっ!?」


私の目から溢れ出たものが私の袴を濡らしていく。

そんな私を見て晴明君は慌てたように私の顔を覗き込んできた。


「あ、あのっ!どうしたんです?本当にどこか怪我でも……」

「ち、がうの」


止めたいのに、涙がポタポタとこぼれ落ちる。


「わた、しっ……せい、めい君に、嫌われたかとっ……あんなことして、謝らなくてっ……それが、怖くてっ……!!」


驚いたように、紫の澄んだ瞳が見開かれる。

私は晴明君から顔を背け、目元を手で拭った。


こんな風に泣くなんて、最悪だ。

晴明君もきっと呆れているだろう。


「……嫌うなんて、そんなこと、ありえません」


けれど、私の予想に反し、そう、私を包み込むような優しく、それでいて強い言葉が降ってくる。


恐る恐る顔を上げると、神様みたいな、暖かい笑みの晴明君と目があった。


「僕があなたを嫌うわけ、ないですよ、瑞希さん」

「ほん、とうに……?」

「はい。だってあなたは、僕の大切なヒトですから」

「っ!?」


晴明君に、他意はなかっただろう。

大切な人、というのは、仲間として、とか、友達として、という意味なんだということはわかっている。


けれど。


それでも、私はその言葉を心の底から嬉しいと思った。



そして私は。


この気持ちの真の意味を。


まだ知らないーーーーーーーーーー。




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