第32話 京都島原
……どうしてこうなった。
「瑞希さん……?」
ほんのりと潤んだ瞳の晴明君がぼんやりと私を見上げている。
唇が触れそうなほどの位置にある晴明君の綺麗すぎる顔に私はただただ呆然と自分の今おかれている状況も忘れて見とれていた。
……私は今、晴明君を押し倒すようにして覆いかぶさっている。
どうしてこうなった。
時は少し遡るーーーーーーーー。
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「なぁ、瑞希は島原行ったことあるか?」
その日、私は稽古が終えて部屋に戻って休憩していた時、突然私の部屋へやってきた新八君にそう聞かれた。
「島原って……遊郭?江戸でいう吉原?」
「そうだよ。でもまぁ、お子様な瑞希君は行ったことないよねぇ?」
新八君と共にやってきた沖田さんが意味深な笑みを浮かべてそう言ってくる。
お子様って、失礼な。
そもそもあんたは私の性別知っているでしょうが。
女の私が現代で言うキャバクラに行ってどうするのよ。
「だったら沖田さんは行ったことあるんですか?」
お返しにと軽く睨みながら聞くと、
「あるよ。土方さんたちに連れられて何回かね」
……実にあっさりした答えだった。
「んで、瑞希は行ったことないのかよ?」
「ないよ。別に興味ないし」
新八君の質問をそうバッサリと切り捨てる。
女の私が興味あったらあったでいろいろまずいでしょ。
しかしなぜか新八君にものすごく微妙な顔をされてしまった。
「なぁ瑞希。前から思ってたんだけどさ……。……お前と桔梗って、その、デキてるのか?」
「はぁ?」
デキてるって……私と晴明君が!?
ワッツ!?
「ちょっ、私は……お、男だよ!?桔梗君も!!そんなわけないでしょ!!」
「……いや、でもそういう趣味のやつもいるからさ。ほら、桔梗って女みたいな顔してるし、そうなのかなぁと」
おいこらそっちかよ!!
せめて私が女みたいとか言ってよ!!
私はリアルの男にすら負けるほど女に見えないのかいっ!!
「そうだよねぇ?桔梗君は、瑞希君と違ってとっても大人っぽくて綺麗だもんねぇ?」
明らかにバカにしたような笑みを浮かべて、沖田さんが畳み掛けるように言う。
……やっぱりこの人性格悪い。
「ち・が・う!!んなわけあるかぁっ!!!」
「そうか?俺は別にそういうのいいと思うけどな」
「そうそう、いいんじゃない♪」
「いいわけあるかっ!!誤解だっての!!」
「んだったらさ、瑞希。今夜島原行こうぜ」
「いいよ!行ってやろーじゃんか!」
「それじゃあ決まりだね♪」
あ。
勢い余って言ってしまっだが。
島原って、その、キャバクラよりも、アレな店、だよね?
「逃げたらダメだよ、瑞希君?……あと女とばれたら承知しないよ?」
後半は私にか聞こえないようにして言う沖田さん。
……その笑顔は真っ黒黒だった。
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「うわぁ!すごい!!」
どうなることやらと恐る恐る足を運んだ京都島原。
けれど入って直後、私はその華やかさに度肝を抜かれた。
「……僕には少し、目に痛いです」
ついでに誘った晴明君が少し顔をしかめてそう言った。
どうやら、覗きとかは合法でも、こういう貞淑さがぶっちゃけ欠片もないところは平安とは違っていて、晴明君にはあまり好ましくなかったらしい。
「やっぱり、桔梗君はこういうの嫌いだった?」
「……嫌い、というか、苦手です。平安でも、宮中の友人とこの手の遊びをさせられたことはありますが、僕はあまり好みませんから」
こっそりと聞いてみると、困った顔でそう返される。
そうか。
じゃあ無理に来てもらうべきじゃなかったなぁと私の気分は落ち込んだ。
「とはいえ、誘っていただいたことは嬉しく思いますよ、瑞希さん」
ニコッと微笑まれ、再びテンション回復。
我ながら実におめでたい思考回路である。
仕方ないじゃない。こんな美少年に微笑まれたら普通の女子ならみんな上機嫌になる。
「なぁ桔梗!あの娘可愛くないか!?」
「え、あ、あの、永倉さん!?」
新八君に引きずられるようにして連行される晴明君。
その後ろ姿を見て、私はふとさっきの彼の言葉を思い浮かべた。
ーーーこの手の遊び。
平安時代で、晴明君は友達に誘われてこういう吉原でするような遊びをしたって言っていた。
……それじゃあ、晴明君も、その、なんというか、女の人とそういう遊び、したことあるのかな?
ーーーズキ。
胸に小さな針が刺さったような、前と同じ痛みが走る。
「……」
ブンブンと首を振り、そんな下世話な想像を振り払う。
今はそんなことは考えないようにしよう。
せっかく新八君に誘ってもらったんだから、楽しまなきゃ。
「……瑞希ちゃんと違って、島原の娘たちはとっても女性らしくて綺麗だねぇ?」
とか思ってたら後ろから意地悪な笑み浮かべた沖田さんがこそりと耳打ちしてくる。
「色気がなくて可愛くなくて悪かったですね!」
「いや、可愛くないわけじゃないよ」
「え」
え、ちょっと何言ってるんですか沖田さん。
沖田さんがそんなこというなんて……。
「ほら、君には必死で目の前に差し出された餌に食らいつく野犬みたいなお馬鹿で哀れな可愛らしさがあるし♪」
「……」
……やっぱり沖田さんは沖田さんだった。
だれが野犬ですか、だれが。
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新八君と、原田さん(原田さんは巡察で来られなかった)らがよく通っているという揚屋に入り、早速宴会が始まった。
ちなみに興味島原にやってきたのは私と晴明君、新八君、沖田さんである。
もちろん、宴会と言っても今日は少人数なので女の人を何人か呼んだ、ちょっとした飲み会みたいな感じだが、それでもかなり盛り上がった。
当然のことながら、芸妓さんたちの舞などの芸は素人目に見てもとても綺麗で、お酒の飲めない私でも楽しむことができた。
隣では晴明君が芸妓さんたちに囲まれてお酌をされている。
彼は確かに変わった髪や目の色をしていたが、芸妓さんたちにはそんなことは些細な問題のようで、類稀な容姿を持った彼は芸妓さんたちの人気を一身に浴びていて、新八君の嫉妬(?)をかっていた。
「ったく、女の子みんなあいつに取られちまったよ」
「……そうだね」
隣の沖田さんも腹は真っ黒だがなまじ容姿が整っているだけにモテモテだった。もちろん、新八君にも芸妓さんはついているが、やはり数では劣っている。
私はそもそもお酒が飲めないし、あまり近づかれて女だとバレたら面倒だし、何よりもそのあと沖田さんになんて言われるかはこの上ない恐怖なので芸妓さんたちとは適度に距離を取っていた。
「桔梗様、お酌を……」
「……ありがとうございます」
美人で色っぽい、女としての魅力たっぷりの芸妓さんが妖艶な笑みを浮かべて晴明君にお酌をしている。
それに対し、晴明君は少し困った顔で、お礼を言っていた。
「……」
……なんでだろう。
芸妓さんたちが晴明君に触れるたびにモヤモヤする。
何故か、無性にイライラする。
「……すみません。もうそろそろ帰らないと」
さらにお酌しようとする芸妓さんをやんわりと制し、晴明君は私たちの方を向いた。
すると芸妓さんから抗議の声とまだ帰らないでくれと甘えるような声が次々と上がる。
その声に、私はなんとも言えない苛立ちを感じ、立ち上がって晴明君のそばによってその手を引いた。
「帰ろう。土方さんの雷が落ちちゃう。ほら、沖田さんと新八君も!」
私が予想していた以上に不機嫌な声に場がシーンと静まりかえる。
……なにイライラしてるんだ、私は。
私はいたたまれなくなってくるりと方向転換して足を踏み出そうとした。
が。
「うぎゃっ!?」
袴の裾が引っかかったのと、しばらく座っていて足がしびれたのとでぐらりとバランスを崩す。
そしてそれは。
きちんと方向転換する前にやらかしてしまったことだったために。
私は。
重力のままに晴明君の上へ倒れこんだーーーーーーーーー。




