第26話 奇妙な刀
【桜庭瑞希】
「おーーー!!京都以上の賑わいですねぇ!!」
朝早く宿を出た私たちは早速大阪の街へとやってきた。
「まぁ、大阪は商業の街だから」
そう言って辺りを見渡す沖田さんはなぜか寝不足顏だった。
なんでだろ?
「早速剣買いに行きましょう!!」
「そうだね。はやく買っちゃわないと、君の足じゃあ今日中に帰れなくなっちゃいそうだし?」
「うっ……」
そうだった。
帰りも歩かなくちゃならないのか……。
ううっ、すでに足筋肉痛なのにっ。
「あ、沖田さん、あそこに刀屋があります!!」
指し示した方向、斜め前方にあるちょっと洋風な外観の刀屋をみて、沖田さんも頷いた。
「行ってみよう」
「はい!!」
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「す、すごい……」
京都で見た数の倍以上の刀たち。
定員の人と沖田さんが見守る中、私は早速店内を物色し始めた。
「あった!!」
店の片隅に置かれてあった両面に刃が付いた細い片手剣を見つけ、歓喜の声を上げる。
「ありましたよ沖田さん!!」
鞘に綺麗な装飾のついたレイピアを沖田さんのところへ持っていく。
沖田さんはそれを興味深そうに眺めてて言った。
「妙な形の刀だね。それがいいの?」
「はい!これで……」
いいかけ、私は沖田さんの後ろ……店の影になっているところでチラリと見えた「光」に息を飲む。
「どうかした?」
私の様子を不審に思ったらしい沖田さんが私の視線を辿って首をかしげる。
「何か気になるものでもあった?」
「え、沖田さん見えてな……」
沖田さゆの方を見て、またもう一度そっちに視線を戻して言葉を止める。
「光」はいつの間にか消えていた。
「ちょっと待っててください」
そう断りを入れて「光」が見えた方に近づく。
そこには20センチほどの、失敗作にしか見えない、刀身の半分あたりで奇妙に折れ曲がった短剣があった。
「これは……」
ーーー星形のような紋様の描かれた、青色の鞘と、銀に薄い青を混ぜたような刀身。
柄には紫色の和紐がついていて、まるで扇子とかの根元についているやつみたいだ。
見たことはないはずなのに、なんとなく懐かしいような、なんとも言えない既視感を覚えて手に取ってみる。
「それがどうかした?」
「あ、沖田さん。……あの、これも買っていいですか?」
「これを?……別にいいけど……」
「ほんとですか!?」
「君が欲しいならいいよ。でも、最初のやつ以上に変な刀だね。僕には失敗作にしか見えないけど」
首を傾げながらも沖田さんは手早く店の人に勘定を済ませてくれたのだった。
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無事に目的のものをゲットし、ついでに妙な剣も手に入れ、帰路につく。
屯所につく頃には日はとっくに暮れていた。
「つ、疲れたぁ……」
昨日の夜と同じような言葉を吐きながら私は部屋の畳の上に倒れこむ。
「おかえりなさい、桜庭さん」
「あ、桔梗君。ただいま〜」
開けっ放し襖からお茶を乗せたお盆を片手に晴明君は微苦笑を浮かべた。
「お疲れのようですね」
「うん。めちゃくちゃ疲れた……。あ、お茶ありがとう」
「いえ」
お盆とお茶を机の上に置き、立ち去ろうとする晴明君を呼び止め、気になっていたことを聞いてみた。
「ねぇ桔梗君」
「はい?」
「桔梗君ってさ、剣……刀は使えるの?」
「………。……いいえ、僕はそっちの方面には疎くて」
淡い微笑の元、首を横に振る晴明君。
「そっかぁ……。いや、なんというか気になってさ。大阪で、変な刀、買っちゃったんだよね」
「変な刀……ですか?」
「うん、そう」
頷き、沖田さんに買ってもらったあの曲がった奇妙な短剣を晴明君に手渡した。
「これなんだけど」
「っ!?これは……!!」
「見覚えがあるの?」
その件を見るや否や、紫の瞳をまん丸に見開いた。
その瞳は驚愕に染まっている。
「……ええ。ですが、まさか……」
「桔梗君?」
難しい顔で黙り込む晴明君。
何かあるのだろうか?
「……やはり、これがここにあるということは……」
「え?」
「……いえ、なんでもありません。それより桜庭さん、申し訳ないですが、この刀、僕にくださいませんか?」
「え?これを?」
「はい」
真剣な表情でそういうからには何か思い当たる節があるのだろう。
「この刀、僕の知り合いの刀に似ているんです」
ーーー知り合い?
「それって、平安の人の刀ってこと?」
「似ている、というだけで、違うかもしれませんが……」
平安の刀が、今、ここにある。
事実、平安はここ、幕末より前の時代だから、今日まで受け継がれているという可能性もなくはないが、この剣が、もし、晴明君の知り合いのものだったとしたら、あまりにも偶然が過ぎる。
私たちのタイムスリップの鍵になる可能性はゼロではないだろう。
「いいよ、桔梗君。この刀、使うために買ったんじゃなくて、なんというか、既視感?みたいなのを感じたから買ったんの。もし、何かわかったら教えてくれる?」
「はい、もちろん」
晴明君は頷き、その剣を懐にしまった。
「ところでさ、晴明君」
「はい?」
「その知り合いって、どんな人なの?」
ーーーふと、私は少し気になったことを聞いてみた。
「……その人は、僕の同僚なんです」
「あ、陰陽師なんだ?」
「ええ。……金髪に金の瞳を持っていて、僕の……友人です」
「え?」
ーーー金髪?
ーーー金の瞳?
あれ……?
どうしたんだろう?
この違和感は?
なにか、重大なことを忘れているような……?
「……気のせいかな」
「はい?」
「あ、いや、なんでもないよ!」
首をかしげる晴明君に、慌ててそう返し、私は誤魔化すようにして笑った。
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【安倍晴明】
なぜ、この刀が、ここに……?
一見、ただの失敗作にしか見えないような、刀身の曲がった異国の刀。
けれど、これは……。
ーーー忘れるはずもない。
だって、これを「彼女」に渡したのは僕なのですから。
「これは、あなたの刀なのですか、道満……?」
一人きりの自室で、そう、つぶやく。
脳裏に浮かぶのは、人とは違う、金色の髪と瞳。
ーーー僕と同じ、「異端」の少女。
「まさか、僕と桜庭さんをこの時代に飛ばしたのはあなたなのですか……?」
あなたなら、その力は確かにあるでしょう。
ーーーあなたも、僕と同じ、陰陽師なのだから。
そして、もう一つ。
ーーー「時廻り」にはもう一つの鍵が必要です。
あの……。
「時廻りの木」がーーーーーーーーーー。
けれど。
いったい、何のために……?
その理由がわかりません。
ーーー「時廻り」には、「代償」が必要です。
それは、「彼女」も、よく知っている。
ーーーーそれでも、それを知りながら「時廻り」を行ったとすれば……。
ーーーその目的はーーーーーーー?
それに、僕はともかく、桜庭さんが選ばれた理由は……?
ーーー未来人ならば、誰でも良かった?
けれど、そうなれば、「彼女」の目的は、この時代の歴史の改変になってしまう。
ここは、「彼女」にとっても、千年後の未来。
それを変えたところで、何の利もありません。
それとも。
ーーー桜庭さんでなければならない理由があった?
ーーーわからない。
今の段階では、不明なことが多すぎる。
でも、もしあなたが「時廻り」を行ったのだとしたら。
ーーーあなたは、一体何をしたいのですか、道満……?