第2話 森で出会ったのは絶世の美少年でした
……………。
…………………………………。
……………………………う。
「ん……」
耐えがたい肌寒さを感じ、私の意識は覚醒した。
「……。ここ、どこ?」
それが目覚めた私の素直な感想。もちろん冗談ではない。むしろ冗談であって欲しかった。
見渡す限りの木、木、木。それ以外は特に無し。以上。あ、キノコみっけ。
……さようなら、高層建造物。懐かしい過去の遺物にならないことを切に願ってる。
「……。はい、現実逃避、終了。ここは……森だね、うん。なんの疑う余地もない立派な森だこれ」
どっちを見ても木、木、木。
ーーー地面に横たわっていた私を包み込むように、それはそれは大きな木が乱立している様は実に圧巻だ。
だけどね、もう木は見飽きたよ、数秒で。
私に文明のあふれた都会的風景を返せ。
だいたいこんな森記憶の限りじゃあ訪れたことなんてないはずなんだけど。
どうして私がこんなところにいるのだろう?
そして、なぜこんなところで気を失っていたのだろうか?
確か、私は学校帰りに明日香と別れて……。
それで、小さくて真っ白な子狐を追いかけて……。
神社に行って……。
そして……。
そして……?
「あれ?思い、出せない? 」
私、あの後一体どうしたんだっけ……?
なんとか必死に思い出そうとするが、頭の中に霧がかかったみたいでうまくいかない。
この歳でさっきまでやってたことが思い出せないとかシャレにならないから心の底から夢であってほしい。
「と、とにかく、ここから移動しよう」
学校帰りだから持っていたはずのスクールバッグはなぜかなく、見慣れた制服ーーーしかしなぜかブレザーはなく、下に着ていた半袖のシャツとチェックのスカートという追い剥ぎにでもあったような現在の格好。
空気は少しひんやりとしていて、体感的に3月ぐらいの気候かなーとまたもや現実逃避気味の頭で思った。
ーーーと、その時。
「う……」
「へ!? 」
突然背後から聞こえてきた小さなうめき声に、私は漫画のごとくびくりと飛び上がり、勢いよく振り返った。
「っ……!!」
緑しかない森の中に咲いた、ただ一つの、「青」。
その「青」に包まれるように、人影が1つ。
それは私と同い年か、それより少し上ぐらいの少年だった。
肩くらいまでの、いわゆるボブカットよりも少し長いくらいの真っ白な髪。
肌の色は病的なほどに白く、いっそ青ざめて見える。
閉じられた瞳を覆う睫毛は顔に影を落とすほどに長い。
スラリと通った鼻筋といい、どことなく色気を含んだ口元といい、すべてのパーツが完璧に配置されている。
「……綺麗」
私は思わず声を漏らしてしまう。
それほどまでに、彼が美しかった。
顔の造形が整っているとか、まるで女の子みたいだとか、そんな言葉じゃ言い表せないほど、つまりは私が今まで見たことがないほどに、その少年は「綺麗」だったのだ。
こういう人のことを天使とかっていうのかな?
触れたら壊れてしまいそうなほどに儚げで、幻想的?といったらいいの?
とにかく、ともすれば女の子に見える中性的な美貌に、私はただただ惹きつけられてしまった。
「う……」
整った顔が少し苦しげに歪められ、睫毛が震える。
ーーー開かれた目を見た瞬間、私はまるで時がが止まったかのような錯覚を覚えた。
その、透き通った宝石のような紫色の瞳にーーーーーーーーーーーーーー。
「あ……」
紫色の瞳と視線があう。
彼はハッとしたように身を起こし、私を見て目を丸くした。
「あなたは……」
ーーー決して大きな声ではないのに、どこまでも響きそうな、不思議な心地よさを覚える声音。
何度見ても美しい顔立ちを、私はしばし言葉を忘れ、食い入るように見つめた。
「……あの」
「へ、あ、すみません!!」
う、うわ、恥ずかしいっ!!
思わず見とれちゃったよ!!
でもこれは不可抗力だよね、そうだよね!?
こんなに綺麗な人、私初めて見たんだもんっ!!
とはいえ、本人は少し気まずかったらしく、恥ずかしそうに視線をそらされる。
え、何それ可愛い。
「ご、ごめんなさい!なんか、見つめちゃって」
「い、いえ、それは構わないのです。ただ、その、あなたのその格好は……」
「格好?」
はて、と、自分の服装を見返してみる。
……別に、これといって変なところはない、はず。まぁ、上着はなぜかないが。
ただの、ごく普通な学校規定の制服だと思う。
でもそういえば、と思い返し、ほんのりとほおを赤く染めている彼の服装をじっと観察した。
色の淡い青色の、古典の教科書に載っているようなーーー確か、狩衣といったーーー服装は、明らかに私がいた時代の着物ではない。
そう、それはまるで……。
平安貴族のようなーーーーーーーー。
……。
いや、まさか、ねぇ?あはは。そんなはずないよ、うん。
あははは……。
……まさか、だよね?
「あの、変なこと聞くようだけど、あなた、『平安京』とかに住んでたりはしないよね?」
いや、うん、まさかとは思うけどさ。
なんとなく気になるじゃない?
タイムスリップなんて、そんなもの、現実にあるわけがないし。
「……ええ、僕の屋敷は平安京にありますが」
「うんうん、そうだよね、そんなわけな……は?」
……おい、ちよっと待て。今なんかとんでもないこと聞いたぞ?
「屋敷は平安京にある」ぅ?
「はああああ!?」
え、マジデスカ!?
「ちょっ、冗談だよねぇ!?」
「いえ……冗談ではないのですけれど」
困惑した表情でそう返される。あ、これマジなやつだ!
「……あなたは、平安時代の人?牛車とかいう乗り物で移動するあの平安時代の人?」
「……あなたは違うのですか?」
「……違うんですけど」
「……」
なんとも気まずい沈黙。
……デスヨネー。
ダメだこれ。もうどーしよーもないわ。
さてどうしようか、この沈黙。
今わかっているのは、現実にありえないことが起こったということ。
ただ、それだけ。
それは何もわかっていないということとおなじですね、はい。
とかなんとか考えていると、私の予想に反してその沈黙は彼の方によって破られた。
「……あなたは、ひょっとして、未来から来たのですか?」
「へ?ど、どうしてそう思うの?」
「ほとんどの理由は勘でしかありませんが……その、あなたの服装は、僕の時代の物でも、それより前のものでもありませんから……」
「あ、そっか。平安時代の女の人って、着物だもんね」
ーーーなんて言ったっけ、そういうの?
十二単、だったかな?あの夏に着たら死にそうなやつ。
「……それ以前に、その、女性でそこまで肌を見せるのは……」
「うん……?」
パッと紫の目が気まずげにそらされる。
ああ、そうだった。そう言えばそうじゃん!
平安時代の人からしてみれば、私のこの格好って、ひょっとして痴女以外の何者でもない!?
「ご、ごめん!」
「い、いえ……」
ごめん以外に言いようがなくてほんとゴメン!
ああっ……。
今更だけどこれかなり恥ずかしいわ。
せめてブレザーがあればごまかせたかもなのに……いや、普通に無理だ。
「あ、そういえば、まだ自己紹介していなかったよね」
さすがにこのまま沈黙へ突っ走るのは恥ずかしすぎるのでなんとか話題を変えようと試みる。
「私は桜庭瑞希っていいます。よろしくね」
「……!?」
が、なぜか予想に反し、めちゃくちゃ驚いた顔をされたうえにますます白い頬が赤く染められた。これやいかに。
「み、未来では、女性はそうも簡単に名前を明かすものなのですか?」
「へ?」
…………。
……………………………。
あああああああああああああああああっ!!!!!!!
そうじゃんっ!!!!!
忘れてたっ!!!!!
平安時代の女の人は恋人とか家族とかにしか名前を明かさないんだった!!!
誤魔化すつもりが墓穴掘ったな私コンチクショウ!
「ご、ごめんっ!!その、深い意味で名前を言ったわけじゃないのよ!!その、み、未来では、普通に自己紹介するから!!」
「そうなのですか?」
紫色の瞳が驚きに染まる。
カクカクと壊れた人形みたいに首を縦に振り、肯定を示すと彼はクスリと笑った。
「……未来とは僕には想像も出来ない場所なのですね」
「ま、まあ、普通はそうだよね」
「ふふっ。……ああ、僕の方の自己紹介はまだでした」
そう言って彼は淡い微笑を浮かべ、そして私の予想の斜め上をいくことを言った。
「僕の名は、安倍晴明と言います」
「は……?」
……アベノセイメイ?
は……?
ん……?
「えええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!????」