第164話 30年前の目撃者
【土方歳三】
「私なりに『金毛九尾』に関して、調べてみたことがあります」
「ほぅ? 」
ーーー確か、こいつは医者だったはず。
それにしちゃあ腕が立つし、何か色々と裏のありそうなやつだとは思っていたが……。
「悪人を斬る人斬り。その姿を見たものはおらず、その剣術はまるで妖術のよう。……これが街での金毛九尾に関する噂です。そして、金毛九尾は30年前、江戸に現れた」
「だがその江戸の金毛九尾は今回の金毛九尾とは違う。小鳥遊から聞いただろう?金毛九尾、今回のやつは童のなりをしていた」
「ええ、聞きました。ですが、それ以上に不自然なことを聞いたのですよ」
「不自然なことだと?」
これ以上の不自然があってたまるか。
10に届いたばかりのガキにうちの精鋭が一太刀も入れられずに帰ってきただけでもありえないってぇのに。
「……同じなのですよ」
「なに? 」
「30年前の金毛九尾。実は一人、その姿を見たものがいました」
「!! 」
ーーー30年前の金毛九尾を見た者がいる?
「ばかな。金毛九尾の目撃者はいねぇはずだぞ。もしいるなら奉行所に情報が上がってんだろ」
「いえ。この情報は、奉行所も知っているはずです」
「なに? 」
どういうことだ?
「この目撃情報は、奉行所も、もちろん知っているはずです。ですか、『金毛九尾の目撃情報とされることはなかった』のです」
「……。……それはつまり、握りつぶされたっていいてぇのか? 」
「そういう話」はありそうだ。そうなると、「金毛九尾」の正体が相当キナ臭いことになるが……。
「いいえ。その手の理由ではありませんよ。そもそも、私は小鳥遊さんの話を聞いて、初めて私が得たこの情報が金毛九尾の目撃情報であると気がついたのですから」
「はぁ? 」
「ご説明しましょう」
真剣な、だが表面上は穏やかな微笑みを取り繕うという器用な表情を浮かべる。
ーーーこいつ、思った以上に使えるかもしれん。
「情報提供者……本人の希望により、これが誰であるかは伏せさせていただきますが、その方は30年前、当時起きた金毛九尾による辻斬りの直後、現場から立ち去る童姿の少年を見たそうです」
「な……に……っ!? 」
童姿だと!?
「……いや、それは偶然だろう。いくらなんでも、そんな……」
「……その少年は狐面をかぶり、長い黒髪を1つに束ねた水干姿だったそうですよ」
「っ……! 」
「今回現れた金毛九尾も、同じ姿。確かに、30年前の金毛九尾が現在の金毛九尾の父親であった可能性はあります。いえ、その可能性が高いでしょう。……ですが。あまりにも偶然が過ぎるとは思いませんか?姿、年齢、そしてその剣術。もし。もし、現在の金毛九尾が、30年前と同一人物なのだとしたら……?」
「っ……それは、ねぇよ。30年だぞ?その間、全く姿形が変わらなかったというのか? もし、そんなことがあったとしたら、金毛九尾は正真正銘の化け物じゃねぇか」
「化け物……確かに、そうかとしれませんね」
「そうかもって……んなもんいてたまるかよ」
相手が人間じゃないなんてこと、あってたまるか。
「だが……今回の金毛九尾が2代目だとしても、疑問が残るな。なぜ、金毛九尾はガキの頃に限って辻斬りをしやがる?30年前のは大方今回のやつと血縁関係があるだろうが……なぜ、30年前のやつも、今回のやつも、ガキの時代にやる?何かそこに意味があるのか? 」
「それは……確かに、わかりませんね。出来うる範囲ではありますが、調べてみましょうか? 」
「ああ。それ以外にも、金毛九尾に関する情報を集めろ。なんでもいい。どんな些細なことでもいいから集めてこい」
「わかりました」
30年前の金毛九尾と今回の金毛九尾。
なぜか童姿の金毛九尾。
正直、分からないことだらけだが、とにかく、今は情報が欲しい。
「頼むぞ、山崎。……こっちはこっちで金毛九尾対策を行う」
総司たちの怪我はあと数日もすれば稽古に支障がないぐらいに回復するだろう。
そうなったら俺が言わずとも、あいつらは金毛九尾対策に乗り出す。
ーーーそれまで、首を洗って待ってろ、金毛九尾。
あいつらはただやられっぱなしでいるような奴らじゃねぇよ。
……だが1つ気がかりなのは。
金毛九尾。
なぜ、今姿を消したのか。
ーーーあまり良い予感はしない。
一体奴はどこに消えたのか。
それを突き止めなければ何かまずいことになる。
勘にたよるのは柄じゃねぇが、なぜかそう、頭の中で何かが警鐘を鳴らしているような気がした。
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【金毛九尾】
ーーー通りゃんせ、通りゃんせ……。
ーーーここはどこの細道じゃ……。
ーーー天神様の細道じゃ……。
……いつからだろう。
あの歌が聞こえてきたのは。
いつの頃かはわからないけれど。
これだけはわかる。
あの歌を教えてくれたのは、とっても優しいお姉さん。
あやすような優しい声で、いつも歌ってくれていた。
その声が、何よりも心地よくて。
そのお姉さんの優しい笑顔を見るのが大好きだった。
……だけどあの日。
あの優しいお姉さんは、「しらないひと」に連れていかれてしまった。
いつになく慌てた様子のお姉さんは、ボクを「くらいおへや」に隠して、そして何故か目に雫を浮かべて言った。
「私が戻ってくるまで、絶対に、この部屋から出てはなりませんよ?」
どうしてお姉さんが慌てているのかはわからなかったけど、ボクは小さく頷いた。
ーーーだけど。
そのあと、どれほどの時を過ごしても。
お姉さんが帰ってくることはなかった。
とうとう我慢しきれなくなったボクは、お姉さんとの約束を破り、外へと出てしまった。
そこでボクが見たのは、胸から真っ赤な液体を流したお姉さんと、「しらないひと」がいた。
「……お姉さん? 」
問いかけても、返事はない。
どうしたらいいか、わからなかったボクに、その「しらないひと」は言った。
「この女は、悪いことをしたんだ。だから罰せられたんだ」
「悪いこと? 」
「ああ、そうだ。村の大切な贄を隠したんだ」
「しらないひと」はそう言って、ボクへと手を伸ばしてきた。
「……さぁ、こっちへこい」
「……お姉さんはいなくなってしまったの?」
「ああ、そうだ」
「あなたが、連れていってしまったの?」
「……そうだ」
「そっか、じゃあ……」
ボクは笑って言った。
「ボクから大切なものを奪ったあなたも、罰しないとね? 」
ーーー悪いことはしてはいけないんでしょ?
悪いことをしたら、お姉さんみたいにならなくちゃいけないんでしょ?
ーーーだったら。
ボクは正しいよね?
そうしてその日、ボクは。
ーーー「ボク」になった。
この場で謝罪を。
思っていた以上に時間が取れなかったため、ストックが今回の話で終了してしまいました。
それにより、来年の3月まで、休載させていただきます(泣)
3月から、できるだけ早く再開させますので気長にお待ちいただければ幸いです。




