第162話 山崎さんの入隊
ちょっと最近短くなってたから頑張って長くする
ーーー新選組屯所への道中。
「いや……本当に驚きましたよ。あなたがまさか、新選組の隊士だったとは 」
「僕も、正直驚いています 」
偶然助けていただいた人と行く場所が同じだった、というのはほとんど奇跡に近いですから。
どうりで、「山崎烝」という名前に心当たりがあったわけです。
その名前は前に瑞希さんから聞いたことがありました。
後の新選組監察方隊士、山崎烝。
これまた、彼と偶然であった瑞希さんが嬉しそうに話してくれた……。
ーーーそれにしても、瑞希さんといえば。
ーーー帰るの、気が重いです……。
彼女のことだから、確実に僕の不在に気がついているでしょうし。
まぁ、今回は完全に僕の失策ですし、叱られるのはやぶさかではありませんが、ただ、彼女におそらく心配をかけてしまったであろうことが気がかりでなりません。
「それで……その、桜庭瑞希という名前の隊士がいますよね? ご存知ですか? 」
「瑞希さん、ですか? ええ、もちろん」
「彼は……息災ですか? 」
「はい。……彼は、ですが」
その一言に、山崎さんは怪訝な表情で僕を見返した。
それもそのはず、「彼は」、などと言えば、おのずとその裏に別の言葉が来ることは理解できるのだから。
ーーーこれは、先に「金毛九尾」の件、彼に伝えておいたほうがいいかもしれません。
「実は……」
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「ハルっ!! 」
ーーー屯所へと帰ってきた僕らを出迎えたのは、そんな瑞希さんの悲鳴に近い叫び声だった。
「瑞希さ……」
「どこに行ってたのっ!? 」
キッと瞳を釣り上げ、けれどどこか泣きそうな顔で駆けてきた瑞希さんはその目で僕を睨みつけながら声を荒げて言った。
「私、すっごく心配したんだよっ!?ハルが起きてこないから、また具合悪くなったのかと思って見に行ったらいないし!昨日の夜に抜け出したんでしょ!?まだ本調子じゃないんだからダメだよって言ったのに! 」
「す、すみません……」
いつにない剣幕の瑞希さんに、思わず謝罪の言葉を口にする。
が、それでも怒りが収まらないらしい彼女へ、後ろから山崎さんが苦笑気味な助け舟を出すように言った。
「まあまあ、落ち着いて、桜庭さん」
「これが落ち着いていられるわけが……って、山崎さん!? 」
怒鳴りかけ、その正体に気がついた瑞希さんが溢れんばかりに瞳を見開く。
「あ、あれ!? なんでハルと山崎さんが一緒に……っていうか、あれ? 山崎さんは大阪にいるはずじゃ……」
「あはは。忘れられてしまいましたか。……ひと月ほど前、偶然大阪でお会いした時、副長殿に新選組へ、お誘いを受けたんですが」
「あ!! そっか、あの時!! 」
ハッとしたようにそう叫んだ後、慌てたような表情を変え、山崎さんを見上げる。
ーーーどうやら、彼女の怒りはだいぶ治まったようです。
「い、いや、忘れてた、というか……う……その……ご、ごめん、山崎さん」
「ははは。いや、いいですよ。思い出してもらえたのなら」
しょんぼりとうなだれる瑞希さんにクスリと笑いかけ、同時にこちらにちらりと視線を向け、続けて言った。
「さて、と。思い出してもらえたところで……副長殿……土方さんはいらっしゃいますか? 」
「えっと、土方さんなら……多分副長室にいると思いますけど……。それにしても、どうして山崎さんとハルが一緒にいるの? 」
「え……そ、それは……」
ジッとこちらを見つめる瑞希さんの視線に、思わず目をそらす。
が、そんなことで逃れられるわけがなく、
「ハ〜ル〜? 」
「う……」
ーーー瑞希さん……顔が怖いですよ……。
ーーーかくして僕は、瑞希さんの視線と剣幕に押されるように、事の次第を話すこととなるのだった。
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【桜庭瑞希】
「……ハル」
「は、はい」
ーーー事の顛末を事細かに聞いた私はにっこりと微笑み、言った。
「私が言いたいこと、分かるよね?」
「ひっ……」
なぜか、ハルが怯えた顔をしているし、山崎さんは山崎さんでハルに哀れみの視線を向けているが、今は気にしない。
それよりもーーー。
「ハル! 」
「はいっ!! 」
「今すぐ部屋に戻るっ!! 」
「は、はいぃ……」
「山崎さんを土方さんのところに送ったら、ちゃんと確認しに行くからね。逃げたり部屋にいなかったりしたら今度は柱にでもしばりつけるから!! 」
「そ、それだけは……っ……」
「嫌ならちゃんと言うこと聞く! いいね!? 」
「は、はい……」
がっくりとうなだれ、とぼとぼと部屋へと戻っていくハル。
少しかわいそうな気もするが、これくらいやらないと彼は自分を省みないことが最近分かってきたからよしとしておく。
「さて、と! それじゃあ山崎さん、土方さんのところに案内しますね! 」
にっこりと顔に笑顔を浮かべて山崎さんの方を振り返る。
「……よろしく頼みます」
そう言って頷いた山崎さん、やっぱりちょっと顔が引きつってたけど、まぁ、仕方ない。
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「土方さーん!! 」
スッパーン。
「入りましたよっ!! 」
「なんで事後報告なんだよ!? 入る前に一つ断りいれやがれ! 」
本日も変わらず怒鳴り声の冴える土方さん。この人、怒鳴らずに1日終える日とか、あるのかな?
「まぁまぁ、いいじゃないですか、土方さん」
「いいわけあるか! クソッ、テメェ最近総司と似てきやがったな? 」
「人聞きの悪いこと言わないでくださいよ」
私はあそこまで性格悪くないぞ。
「ったく……。それで?いったい何の用……ん?あんたは……」
と、私の後ろに立つ山崎さんの存在に気がついたらしい土方さんが彼の方を見上げて片眉を上げた。
「あんたは、確か……」
「覚えていらっしゃいましたか。先月、大阪でお会いした、山崎です、土方さん」
「ハルがさっき帰ってきたんですけど、山崎さんがハルのこと、保護してくれてたみたいです」
口を挟むのもどうかとも思ったが、一応、ハルの無事も知らせるついでにそう付け足す。
「ああ、小鳥遊のやつ、帰ってきたのか」
「はい」
なんともないとでもいうような返答だが、ほんの少しだけど安堵するような雰囲気が土方さんの瞳に現れる。
この人はいつもそうだ。
ほんと、損な性格だよなぁ。
「……で、山崎さん、このあいだの返答の期日は来月までだったが、ここを訪ねてきたってことは……」
「はい。私を新選組へ、入隊させてください」
「え、ほんとっ!? 」
土方さんが反応を見せるよりも早く、思わずそう叫ぶ。
「はい。もともと、来月になったらここへ来るつもりでした。ですが、金毛九尾が京に現れたという話を聞きまして、ひょっとして新選組で何らかの対処が行われるのではないかと思ったのです」
出鼻をくじくように口を挟んだ私を睨むようにしていた土方さんが、そんな山崎さんの一言にピクリと反応を示す。
「……金毛九尾との件は小鳥遊さんに聞いています」
「小鳥遊に?……なるほどな」
頷き、少し目を細め、じっと山崎さんを見据える土方さん。
そういう顔は、「鬼の副長」と呼ばれる表情そのものだなと心の片隅で思う。
「随分と勘のいいことだな。たまたまあの件が起こった直後にやってくるとは」
「ええ、ちょうど良い時分でした」
が、山崎さんはそんな土方さんに臆することなく、爽やかに笑って頷いた。
「……ふん。まぁいい。……瑞希、お前は小鳥遊のところにでも行ってあいつが昨日何してやがったか探ってこい」
「へ? あ、はい、わかりました」
ーーーそれはつまり、席を外せってことかな?
これからどんな狸と狐のばかしあいが始まるのか、気にならないでもない。
けれど、それはきっと私はいないほうがいいのだろう。
そんな雰囲気をなんとなく察し、私は山崎さんに手を振りつつ土方さんの部屋を後にした。




