第159話 金毛九尾の正体
未だ、修復が済んでいないらしいその現場は、そこで起こった戦闘の苛烈さを物語っているようで、ほのかな月明かりに照らされた壁は大きくへこみ、地面は踏み荒らされている。
地面に染み込んだおびただしいほどの黒い跡が一体何を意味しているか、想像がついてしまい、そっと目を伏せる。
あれから10日と少したったが、未だに沖田さんら三人の怪我は癒えていない。
それほどまでに、金毛九尾との戦いは死闘を極めたということだ。
しかし、それほどの怪我を負いながらも、当の金毛九尾は傷一つつかなかったという。
それも、10に届くが届かないかの年頃の童が。
ーーー正直言って、それはそうそうあり得ることではありません。
見た目が幼く、その実、年はそれなりに上という、成長の遅いものもいるだろう。
が、それにしたとしてもおそらく実年齢は15にも届かないはず。
そんな幼い童が、手練れである沖田さんらを傷一つ受けずに退けるなど、ほぼ不可能に等しい。
彼らは贔屓目に見ても天才と言えるほどの実力者たちである。
そんな彼を、いくらそれを幾ばくか超える天才といえど、3人を同時で無傷というのは信じられない。
ーーーそして何より、金毛九尾は自身を30年前の「金毛九尾」と同一人物といった。
土方さんはそれを嘘だと言ったが、果たしてそうだろうか?
そんなことに嘘をついて、金毛九尾になんの利点がある?
見た目と年が見合わないことくらいわかっているだろううに。
それでもそう名乗ったのはなぜか?
ーーー見た目にそぐわない年齢。
ーーー異常とも言える強さ。
……そこから導き出される答えはーーーーーーーーーーーー。
「……」
じっとその場を見つめ、息を整える。
それからそっと目を閉じ、じっと感覚を研ぎ澄ませた。
感覚の糸を、あたりに張り巡らせるように。
一つの違和感も逃さないように。
「……!……見つけた! 」
ほんの、ごく僅かに残った人ならざるものの残滓。
ーーー人ならざるものとは、この場合、所謂妖と呼ばれるものを示す。
金毛九尾の完全な正体まではわからない。
けれど、そこにあったものが示すことは……。
「やはり……。金毛九尾は……彼は……人ではない」
ーーーそれこそが、僕が予想もしていた答え。
もし、金毛九尾の正体が人ならざるものーーー妖であれば、全てのつじつまは合う。
その異常なーーー人外じみた強さも、10ほどの見た目ながら30年前に存在したと話すことも、なにもかも、全て。
「……!!それだけではない……これは、道満の霊力……!? 」
妖力の気配に隠されるようにして残る、覚えのある力。
「……そういえば、瑞希さんが金毛九尾は突然消えたと言っていました。まさか、道満が? 」
ーーーしかし、それならば彼女も、金毛九尾が人でないことに気がついたはず。
ならば、金毛九尾は道満がすでに……?
「……もしそうならば、金毛九尾が瑞希さんたちとの戦闘のあと、姿を消したことの説明がつきますし、これから先金毛九尾に狙われる心配はなくなります、が……」
ーーーなぜか、胸がざわつく。
陰陽師の勘か、それとも半妖としての勘なのか……。
そうではないような気がする。
ならば、未だ、金毛九尾はーーー。
「……わからない。なぜあなたは、金毛九尾が妖であるとわかっていながら、それを瑞希さんたちから遠ざけることはしつつ、討伐しなかったのでしょう? 」
何か理由があったからなのか。
何か、それができない理由が……。
「っ……ぅ……」
ーーーと、突然のめまいで視界が急激に狭まりはじめ、たまらず壁に手をついて体を支える。
「術、の……使いすぎ、ですか……」
ーーーこの間、「人型」を使った日から、霊力の不安定さが増していることはわかっていましたが……これは予想異常に……。
「……ん……っ……」
ーーー視界が回る。
パリンッと耳元で何かが割れる音が響き、隠形の術が解けたことを本能的に理解する。
と同時にこちらの存在に気がついたらしい霊たちが近づいてきて、体を弄られる不快な感覚がするものの、それに対応する余力が残っているはずもなくーーー。
「っ……」
ふらり、と体が傾き、それと同時に視界が真っ黒に塗りつぶされていくのを感じなから。
「なっ!? ……だ、大丈夫ですかっ!? 」
ーーーそんな、焦りを含んだ誰かの声が耳をかすめたーーーーーーーーーーーー。
前話の後書きにも書いたのですが、予想外に執筆時間が取れないため、今月から月一の更新になります。
来年の三月か四月まで、更新は牛歩になりますが、気長にお待ちいただければ幸いです。




