155話 どうすればいい?
【桜庭瑞希】
「ふん、ふん♪」
なんとなしに鼻歌を歌いながら、自室へと足を進める。
ーーーとりあえず、これでみんなのところへは回れたかなっ?
「伝わったといいな」
ほんと、芙蓉の言っていた通りだ。
みんながみんな、昨日のことに対して、少なくない責任を感じていたようだった。
……私の言葉が、みんなの中へ、どれだけ届いたのかはわからないけれど。
ーーーそれでも、少しでも気持ちが軽くなったらいいな。
そうしたらきっと、みんなで、ちゃんと前に進めると思うから。
「私も強くならないと」
こんなところで立ち止まっている場合ではないのだ。
私には、この時代に生きていくにおいて、やるべきことがある。
ーーーそれは、みんなを、新選組の仲間を守ること。
たとえ、それが歴史を変えるという禁忌に触れることだとしても、私のその行動……歴史を変えていく行為自体を、この「世界」というものが認めてくれている間は進み続けたい。
そうしたら、私がこの時代に来ることになった理由も自ずとわかるかもしれない。
「だけど金毛九尾の件が終わったらしばらくは平和だよね」
だって、次に起こるのは、多分……。
「……池田屋事件」
日本史の教科書にだって載っている、あの有名な事件。
確か、あの事件は来年の6月に起こるはずだ。
今は11月の初め。
あの事件まではまだ半年ある。
私が歴史を変えていく過程で、少しずつ歴史がずれることもあったけれど、山南さんの岩城升屋の事件では時期は変わらなかったし、池田屋事件が起こる日が大きく変わるということはおそらくないだろう。
「……あと半年後」
あの事件では、いろいろな人が怪我をする。
それを、なんとしてでもそしなければならない。
「あれ……? 」
ーーーそういえば、あの事件、確か、怪我とかじゃなくて戦闘不能になった人がいたような……。
「っ!! 」
ーーーあ、あ。
その事実に気がついた瞬間、私は全身から血の気が抜けるような感じがして、愕然と息を呑んだ。
「……そう、だ……」
ーーーどうして忘れていたのか。
「っ……」
ーーー池田屋事件。
ーーー喀血。
「……総司っ……」
池田屋の二階。
そこで刀を振るっていた沖田総司は戦闘中に喀血し、戦闘不能になる。
そして、それは。
「結核……っ」
この時代でいう、「死病」、結核こと、労咳。
それは、あまりにも有名すぎる、若き天才剣士の悲運な死因。
平成の時代では、結核という病気は死病でもなんでもない、薬で治る病気だ。
けれど、この時代は違う。
ーーーそれが示すことは、つまり……。
「私じゃ、総司は救えない……っ」
医学の知識なんてあるはずもない私には、総司が将来なってしまう病を治すことはできない。
ーーー他の説では、沖田総司が池田屋で倒れたのは熱中症によるものとも言われているけれど。
たとえ、池田屋事件の時はその理由だとしても、総司は将来、必ず労咳になる。
「……どうしたら、いいの……? 」
ここまできたのに。
総司だけ救えないなんて、そんなの……。
「……絶対に嫌だ」
ーーーでも、どうすればいい?
私に、死病を治す力なんてない。
手段も知らない。
そんな私に、いったい何が……?
「……っ」
ーーーふと、脳裏に浮かぶのは、彼の顔。
総司を救うことができるかもしれない、私が知りうる限り、ただ一人の人物。
だけどーーー。
「私はまた頼るの? 」
今回、懲りたはずでしょ?
「……きっと」
優しい彼なら、その方法を知っていて、けれどその方法が多大な代償を必要とするものだとしても、笑って引き受けてくれるだろう。
……私には何も言わないで。
その代償を、その苦痛を、その笑顔の下で隠し、いともたやすく被ってしまうだろう。
ーーーそれは今回と同じこと。
私がこの「お願い」を言ったことで、私は自ら、私と彼……ハルとの「約束」を彼に破らせてしまったんだ。
ハルは、優しいから。
「……もう、頼っちゃ、ダメだよ」
この問題は、私の力でなんとかしなくちゃいけない。
もう二度と、今回のような失敗を繰り返さないために。
「考えよう」
ハルに頼らないでもすむ方法を。
私ができる、総司を救う手段をーーーーーーーーーーーーーーーー。
これにて今章本編は終了です。
本来なら今章で金毛九尾との決戦も書くつもりだったのですが、予想外に長く(一話一話が短いことも原因の一つ)なってしまったので、ここで一旦区切ることにしました。
次章は今章の後編のような展開になります。
またまた「あの人」も登場しますのでお楽しみに^ ^




