154話 人を惹きつける花
【藤堂平助】
「ほら、これであったかいでしょ? 私が着てたからねっ」
ーーーそう言いながら、瑞希はパッと花のような笑み浮かべた。
……瑞希のことだから、他の……総司や一のところにも行ったのだろうけれど、それでも自分のところへも来てくれたという嬉しさのほうが勝った。
その上。
ーーー自分だって寒いだろうに。
それなのに、自身の羽織差し出してくれた。
……僕は、昨日、瑞希を守ることもできず、手も足も出ないまま倒された。
金毛九尾……あの狐面の子供は全く本気を出していない上で、まるで赤子の手をひねるかのように敗北させられたことは自分自身でもよくわかる。
彼がもし本気を出していれば、僕はこの程度の怪我で済んでなどいなかっただろう。
ーーー金毛九尾と僕には、どうしようもないほどに、絶対的な差がある。
……もう、勝つことなど無理なのでは、などと心の底では考えてしまう自分が許せなかった。
そんな時、瑞希の声が聞こえて。
慌てて襖を開ければ、驚いた顔をした瑞希がいて。
その時、どれだけ嬉しいと思ったか。
その時はっきりと、瑞希の訪問が僕自身へけっして少なくない影響を与えているのだと実感した。
……そして。
今、目の前ではそんな瑞希がかげりのない笑み浮かべている。
瑞希だって、恐ろしい思いをしただろうに。
それなのに、守ると言っておきながら敗北を記した僕を、瑞希は一言も責めることはなかった。
それどころか、いつもと変わらない笑顔を浮かべている。
……それが、単なる強がりでの笑顔ではないことはすぐにわかった。
生まれの影響で、僕は人の顔色を見るのは得意なほうだ。
それだけは確信できる。
「瑞希っ!! 」
ーーーそう思った瞬間、僕は瑞希の肩を掴み、その名を大声で叫んでいた。
「はいっ!? 」
呼ばれた本人は急なことに目を丸くしていたが、その時の僕はそれに気がつくよりも早く、ただ心の中に浮かんだ言葉を口にしていた。
「僕……っ、次は必ず勝ちますから!! 」
「え……? 」
「金毛九尾に、ですっ!! ……多分、今の僕では無理かもしれませんけどっ! でも、この怪我を早く治して、もう一度剣術を学び直して、必ず、必ず勝ちます!! 今度はちゃんと、瑞希を守れるようにしますから!! 」
「!! ……平助君……」
瑞希の瞳が溢れんばかりに見開かれ、こちらを見上げる。
この、素直で澄んだ瞳が綺麗だと思うのは、きっと僕だけではないはずだ。
……だけれど、その瞳にじっと見つめられ、今更ながらに自分の言動が恥ずかしくなってきた僕はパッと掴んでいた肩を離して視線を逸らした。
「……あ……す、すみません。な、なんか、その、いきなりこんなこと、言ってしまって……っ」
ーーーな、何を言ってるんですか、僕は……。
よ、余計に墓穴を掘っている気がするだろうがっ……!!
「……ちゃったな」
「え? 」
内心の動揺と自分への罵倒をなんとか押しとどめていたとき、ポツリと聞こえた声に反射的に視線を元に戻す。
「!! 」
直後、頬に確かな熱が集まっていくことと、心の臓がはやまったのを感じた。
……何処か恥ずかしげな、けれど予想外の幸福が訪れたことへの嬉しさが思わず溢れてしまったかのような、そんな笑み。
ーーーううっ。
な、なんて顔するんですか、瑞希。
こんな、可愛い顔をされたら……って、いや、み、瑞希は男……っ!
可愛いなんて、失礼じゃないですかっ!!
ああ、でも、もしかしたら瑞希は……。
「平助君! 」
「は、はいっ!! 」
心の声を聞かれるわけがないというのに、不埒な考えを知られたのではないかと慌てる僕に、おそらくそれを知らない瑞希は瞳を輝かせ、満面の笑顔で言った。
「あのね、平助君っ。私も、同じこと考えてたんだよ! 」
「えっ? 」
ーーーそ、それは、どういう……?
ま、まさか……。
心の中を覗かれ……。
「金毛九尾に、次は絶対に勝とうねって話! 」
「あ、ああ、そっち……」
「そっち? 」
「い、いや、なんでもないです。……それより、瑞希も同じ考えってことは……」
「うん、それはそのまんまの意味だよ! ……今回、私たちは金毛九尾に負けた。それは変わらない事実だよ。でも、次は絶対に私たちの手で、金毛九尾を止めなくちゃいけないから。あの子の正義は、間違ってるって。だからね、平助君……」
「協力してほしい、ですか? 」
「うんっ!! 」
ーーー答えなど、言われる前から決まっている。
「もちろんです。僕だって、やられっぱなしは性に合わないですから」
それはきっと、総司や一も同じことを言うはず。
「もちろんっ、私もだよ!だから怪我が治ったら、みっちり特訓だからねっ、平助!! 」
「え……っ」
平助……?
「……えっと、その、さっき新八にさ、平助君のことも『平助』って呼んだら喜ぶぞって言われたからなんだけど……。嫌だったかな? 」
困ったような、恥ずかしげな上目遣いで見上げ、消え入りそうなほど小さな声でそう言われ、またもや鼓動が大きく跳ねるのを感じる。
「っ、そんな、嫌なわけないですっ!! むしろ……っ」
「むしろ? 」
「……その、嬉しいです。ぜひ、そう呼んでください、瑞希」
「!! うんっ♪」
ーーー瑞希の、今のように表情が一瞬で笑みはと変わる瞬間は、こちらの心までも明るく照らしてくれる気がします。
それはきっと、僕の気のせいではないだろう。
ああ、だから皆、瑞希にどうしょうもなく、惹かれてしまうのだろう。
ーーーその笑顔を、その心を、守りたいと思わせるから。
ーーーそのまっすぐな願いを、叶えたいと思わせるから。
……嬉しそうに笑う瑞希を眺めながら、僕はそう、思ったのだったーーーーーーーーーーーーーー。




