第152話 小さな幸福
「……まるで化け物にでもあったかのような声を出すのはやめてくれないかい、瑞希? 」
「……聞こえてたんだ、はら……左之」
「そりゃあもちろん」
「……」
笑顔で言い切るその顔がなんとも憎たらしいのは気のせいだろうか?
「おいおい、どうしたんだ? なんかあったのかよ? 」
「……いーや、なんでもないよ、新八君」
なんかあったのは事実だけど、死んでも言いたくない。
私がこんな変態M男に手玉に取られた(?)などっ!!
ーーーだからさっさとあの井戸の前での出来事は忘れよう、うん。
「それよりも……2人とも、その格好してるってことは、いまから巡察? 」
「ん?ああ、そうだぜ。他の奴ら動けねぇし、今日は俺と左之で頑張んないとな。なぁ左之? 」
「言われなくてもそのつもりさ。……ところで、こっちに来たってことは、平助のところにでも行くのかい、瑞希? 」
「ああ、うん、そうだよ。いま総司のところに行ってきたところだから、平助君の方にもお見舞いに行きたいし」
とりあえず、私の部屋から近い順に回っているから後は部屋が一番遠い平助君のところだけだった。
「平助君……様子、どう? 私が行っても迷惑じゃないかな? 」
「……なぜ迷惑だと思うんだい? 」
「いや、だって平助君って、そういう時、騒がしいの嫌いそうだから。私が行ったらお邪魔かなぁって」
そう、左之の問いに返答すると、彼は苦笑を浮かべて肩をすくめた。
「まぁ、平助が騒がしいのが嫌いっていうのは当たってるけどね。現に、新八がうるさいって言って、俺たちの部屋二つに仕切って片方に閉じこもってしまったんだ。ああ、ちなみに平助がいる方がここから見て手前だよ」
「っておい、俺だけじゃねぇだろ、左之!? 」
「新八、耳元で怒鳴るなよ。煩いよ」
「……俺の扱い、酷くね? 」
「でもまぁ、君なら大丈夫だよ、瑞希。むしろ……」
「……むしろ? 」
完全にスルーされてキノコ生やしている新八君は私も放っておくことにしつつ、左之を見上げて首をかしげた。
「……いや、なんでもないよ。ただ、他のところへは行ったのに、自分のところに来なかったってなったら平助、拗ねてしまうから行ってあげたらいいんじゃないかな❤︎」
「……。それ、平助君が聞いたら怒られるよ」
ーーー眉を吊り上げて左之に噛み付く平助君の姿が目に浮かぶようだよ、本当に。
「そうだなぁ。ま、そうなったら逃げるかな」
「うん、だろうね。だけど時には素直に謝ることもまた一つの手段だよ」
じゃないと土方さんが召喚されかねないからね。
「……確かに、それもそうだ」
私が言っているとことの意味がわかったらしい左之が、引きつった笑みを浮かべて頷く。
どうやら、彼も鬼はやっぱり怖いらしい。
「……おい、左之。そろそろ行かないとまずくねぇか? 」
「ん?……ああ、そうだね。いい加減出発しないと土方さんにどやされそうだ」
「うげぇ。それはさすがに遠慮してぇな。……っつーわけだからまた後でな、瑞希! 」
「あ、うんっ、いってらっしゃい! 」
浅葱色の羽織を翻し、遠ざかる二人の背中へそう言葉をかけると、左之の後ろを追っていた新八君が何を思ったのかもう一度急いで戻ってきた。
「新八君? 」
「……瑞希、お前、左之に対して敬語、使わなくなったんだな! 」
「え? 」
ーーー敬語?
ああ、そうか。新八君は今朝のこと知らないから、私が左之に敬語をなくすように言われたこと、知らないもんね。
内心、納得して頷く私に、新八君はなぜか少し嬉しそうな様子で続けて言った。
「あいつ、なーんか今朝から機嫌がいいからなんかあったんだとは思ってたけどさ、多分、お前があいつに敬語使わなくなったからなんだろうな」
「ええっ!? 」
いや、そんなことくらいで喜ぶものなの?
「ほら、お前、最近他の幹部のこと、下の名前で呼んでるし、敬語もなくしてるだろ? 案外、左之、自分だけ他人行儀なの気にしてたんだと思うぜ? 」
「そ、そうだったんだ……」
そんなつもりはなかったんだけど、言われてみれば、まぁ、土方さんや山南さんはいいとして、左之だけ他人行儀、って見えたのかもしれない。
「本当、お前って人気者だよなぁ。まぁ、お前ってちっさいし、女顔だし、なんかほっとけないんだよなぁ。なんか子犬みたいで」
「お、女顔……」
ーーーまさか、バレたのか!?
……だいたい、子犬みたいでほっとけないってなんだよ?
「ああ、すまんすまん。男が女顔って言われても嬉しくねぇよな」
「むー。私は犬じゃないもん」
「ははっ、悪かったって!つーか、そっちかよ! ……っと、いけね。これ以上遅れたら本気でまずい。じゃあな、瑞希! 」
「はいはい、早く行かないと土方さんの雷が放電されるよー」
「うわぁ、それは笑えねぇ……あ、そうだ、瑞希」
新八君はクルリと身を翻しながら、爽やかスマイルを浮かべた顔だけこっちに向けて付け足すように言った。
「俺のことも、左之のように呼び捨てでいいぜ! ついでに平助もそう呼んでやれよ、きっとあいつ、喜ぶぜ! 」
「!! 」
「俺たち、もう親友だろ? だから気軽に呼べよな、瑞希!! 」
「 !! ……っ、うんっ!! 」
疾風の如く廊下を駆け抜けていく浅葱色の背中へ、私は声を張り上げて叫んだ。
「巡察、怪我しないでよね、新八!! 」
ーーーその声が彼へ届いたのは彼の姿が過度に消える寸前だったが。
それでもほんの一瞬たけ彼がこちらを振り向いて、私の言葉に応えるように右手を上げてくれたことに、私は小さいけれど、確かに幸福を感じたのだったーーーーーーーーーーーーー。




