第151話 一の冗談
「俺が……他の奴のところへ行くなと言ったら……お前は、どうする? 」
「っ!! 」
……一瞬、何を言われたのかわからず、硬直し、私は一を惚けた顔で見返した。
ーーー「他の奴のところへ行くな」って……。
どうして一がそんなこと……。
まるで、どこかの少女漫画での……。
「っ、そ、それ、は……」
ーーーど、どういう意味なんだろう?
直接聞いてみればいいのに、声が固まったように出ない。
こ、この場合はどう答えればいいのーーー!?
「そこまで悩むな、瑞希」
「え……」
「今のは冗談だ」
「じょ、冗談……? 」
「ああ。……予想外に混乱させてしまったようで、すまなかった。今のは忘れてくれ」
「う……わ、わかった……」
冗談……。
その割には、冗談を言ってる感じはしなかった気が……。
「安心しろ、瑞希。俺はお前の行動を縛ったりなどしない。今から藤堂のところへ行くのだろう? あいつのところへも見舞いに行ってやれ」
「う、うん……えっと、それじゃあ……その、また来るからっ! 」
「……ああ。いつでも来い」
ーーーそう言ってまた優しい目で微笑む一から半ば逃げるようにして、私は痺れかけた足を奮い立たせながらその部屋を後にする。
「っ……」
ーーーけれど、一の部屋から数歩進んだところで、さっきの彼の問い、その時の顔、そしてそれよりも前の熱っぽい視線が頭の中でリフレインし、思わず足を止める。
「……一って、あんな顔もするんだ……」
普段私に見せる顔とも少し何かが違う表情。
そして、さっきかけられたあの問い。
それは、私の心を激しく動揺させるには十分すぎるものだった。
********************
【斎藤一】
「……瑞希」
ーーーもし、さっきの問いに、瑞希がすぐに答えを述べていたら。
拒否ではなく、それを了解してくれたら。
俺は一体どうしていただろうか。
「……今は、これでいい」
すこしずつでも瑞希の心へ、俺自身の存在が刻み込まれるのならば。
「……足音が、止まったな」
ーーーもし、それが、彼女の動揺によるものだったら。
そう、期待してしまうのは自惚れなのだろうかーーーーーーーーーーーーーー。
********************
【桜庭瑞希】
「さて、と。あとは平助君のところだよね」
ペチペチと自分の頬を両手で叩き、なんとか無理矢理に動揺を振り切る。
いまから平助君のところに行くんだから、動揺してるところ見られたら確実にその理由を問われるだろう。
ーーーそれだけは絶対に避けなければならないと。
平助君の部屋は、新選組幹部の中では珍しく、一人部屋じゃなくて、新八君と左之らと、3人で相部屋にしているはずだ。
その理由はこの前、新八君に聞いた話によると、元々3人は別々の個室だったらしいのだが、ある時、新八君が平助君の部屋の壁に穴を開けてしまったらしく、直すまでの間、平助君は新八君の隣にある左之の部屋に泊まることになった(新八君の部屋は汚すぎて2人も寝られなかったらしい)。
しかし、平助君と左之、この2人の間で喧嘩が絶えず、一計を案じ、2人の仲介役として、新八君も同じ部屋で暮らすことになったのだという。
結局、3人じゃあ部屋も狭いし、だったらもういっそ左之と新八君の部屋を一つの大部屋にしてーーーもともとその2つの部屋は襖で区切っただけのものだったーーー3人で相部屋、ということにし、壁に穴の空いた平助君の部屋は穴の空いたまま物置にすることで壁の修理代をケチ……節約することにしたんだとか。
その話を聞いた時、いやいや、新八君、一体何をどうしたら壁に穴があくんだよと聞き返すと、
「いや、刀の手入れを平助の部屋でやってたら手が滑って刀を壁に投げちまったんだよ」
ーーーその結果勢い余って突き刺さり、壁に穴があいたんだよ。いやぁ、あの時は土方さんにしこたま説教されたぜ。
そう言って新八君は清々しい笑みを浮かべたんだったけ。
ーーーそんな、前に聞いた話を思い出して緩みそうになる顔をムニッと手で伸ばしながら3人の部屋へと足を早める。
ーーーと。
「あ」
前方の曲がり角。
そこを曲がれば目的地にたどり着く、というところで浅葱色の羽織を羽織った2人ーーー新八君と、そしてーーー。
「げっ」
こちらに気づいて手を振りながら近づいてくる新八君の後ろに見えた人影に、私は思わずそんな声を漏らした。




