第150話 罰
【桜庭瑞希】
「……一、起きてる? 」
総司の部屋から退散(?)してきた私は一の部屋の前で足を止め、そう、室内へと声をかけた。
「……!! 瑞希か……!? 」
「うん。入るよ? 」
一の驚いた声に肯定を返し、襖を開ける。
「って、一っ!? 」
ーーーと、部屋を開けた瞬間、目に飛び込んできた光景ーーー身を起こそうとしている一に、私は慌てて彼の名前を呼びながら走り寄った。
「ちょっと!! まだ傷が塞がってないんだから起きちゃだめだよっ! 」
この時代に、縫合なんてものはない。
折角なんとか血が止まったのにむやみに動けばすぐに傷口が開いて出血するのだ。
「ほら、ちゃんと横に……」
ーーーグイッ
「!! 」
ーーーまさかの既視感。
一の腕が伸びてきたと思った瞬間には彼の腕の中にいた。
ーーーえ、え、え?
えーと、コレハドウイウコトデスカ?
一は総司や左之みたいにからかいでこんなことする人じゃないのに、いったいどうしたのかーーーと言いかけ、私は一の腕がわずかに震えていることに気がついた。
「一? 」
「……かった」
「……? 」
「無事で、よかった」
「あ……」
絞り出すような言葉が耳元で聞こえ、何かを確認するように、ギュッと腕へ力が込めらる。
それは苦しいくらいに強い力だった。
「……一……」
布越しに伝わってくる彼の体温は、予想外に冷え切っていて、腕の中にすっぽりと埋まっているにもかかわらず、抱きしめられている、というよりは縋り付かれているような気がした。
「……ここで目が覚めた時、真っ先にお前の顔が浮かんだ。あの後、どうなったのかと」
「……」
「……最悪の想像までした。お前が……奴の手にかかってしまったのではないか……」
腕に力を込めたまま、一は一言一言噛みしめるように、続けていった。
「すぐに、土方さんからお前の無事を聞かされた。……だが、それでもその想像が消えることはなかった……。お前がいなくなってしまったのではないか?俺が不甲斐ないせいで、もしものことがあったら……?そんな考えばかりが駆け抜けていった」
ーーーゆっくりと、腕の力が抜けていく。
そこで初めて、私は彼の顔を見られたのだが、その表情は伏せられているせいでわからない。
けれど、ギュッと血が滲みそうなほど握り締められた拳から、一の感情はすぐに感じ取ることができた。
ーーー芙蓉の言った通りだ。
きっと。
一は自分を責めているんだ。
ーーーそんな彼に、私がやるべきことはたったひとつしかない。
そうでしょ、芙蓉?
「私は、ちゃんと生きてるよ」
手を伸ばし、硬い拳に手を重ねると、ピクリ、とその拳はわずかに震えた。
「ほら、こうやってちゃんと触れられる。私はちゃんと、生きてる」
ーーーだから。
「だからね、一は自分のこと、許してあげてね」
「……それ、は……」
そこで初めて、前髪の隙間から一の瞳が覗く。
その瞳には驚きが浮かんでいた。
けれど、それは次の瞬間には苦しげなものに変わっていた。
「……それは、できない。事実、俺は奴に敗北し、お前を危険な目に合わせ、あまつさえ怪我までさせた」
悲しみと怒りがないまぜになったような視線が、私の包帯が巻かれた左腕に注がれる。
ーーーこの傷は、一のせいでも、誰のせいでもない。
そのことをわかってほしい。
だけれど、今の一にそう言ったところで、納得してくれるだろうか?
……だったら、私は。
「一」
一の名前を呼びながら私は膝立ちになって彼と視線を合わせ、いつもひとつに束ねられているが、今は顔を隠すようになっている髪をそっと触って払いのけて言った。
「一が、私のことで、自分に責任を感じているのなら。一が後悔しているなら。ーーーだったら、私が『罰』をあげる」
ーーーこの幕末に来て、初めて人を斬った日、私はハルに言われた。
罰を求め、その罰を得ることによって、その罪を清算することは間違っていると。
だけどさ、ハル。
こういう時は、それでも良いよね?
だって、一は何も悪くないんだから。
悪くないのに、自分を責める。
その気持ちはきっと、本人が納得しない限り、絶対に消えない。
私の時は、私自身に罪があったから、「過去の清算」はただ、罪を忘れたいだけのものだったけれど。
でも、一は逆に、何も悪くない、何の罪もないのにもかかわらず、仮想の「罪」を自分自身で忘れないようにしようとしている。
ーーーだったら。
きっと、今、私がしようとしていることは正しいはずだ。
「罰……? 」
「うん」
驚きと、何かに期待するような色の瞳が私を見つめ返す。
それをすべて、しっかりと受け止めつつ、私はにっこりと笑いかけて考えていた言葉を告げた。
「一への罰は、一つ、ちゃんとその怪我を治すこと。二つ、治ったら私や総司、平助君たちと猛稽古すること。三つ、みんなで稽古して、今よりもずっとずっと強くなって、次は必ず金毛九尾に勝つこと。この3つ。この罰を受けたら、一はちゃんと、その後悔と自分を責める気持ちをきっぱりと捨てるんだよ? 」
「!! 」
私が告げた罰の内容に、一が今度こそ目を見開いて息を呑んだ。
「それ、は……罰ではないだろう、瑞希?そんなことでは、俺は……」
「そんなことないよ、一。……私たちがあいつに勝つには、きっとすっごくきつい訓練になるんだから」
金毛九尾は強い。
全く歯が立たないくらいに強い。
だから、あいつに勝つには本当に厳しい訓練をしないと、きっと勝てないどころか今回の二の舞、いや、今度はそれ以上のことになる。
「それにね、一。私、言ったでしょ? 」
「……? 」
「必ず金毛九尾に勝つ、って」
「!! 」
ーーーだから、これはちゃんと「罰」なんだよ。
「必ず、だから。今度は絶対に、必ずあいつに勝つんだよ。みんなで頑張って、必ず昨日の『借り』を返してあげないとね。だから……今度負けたら、許さないよ、一? 」
総司がよくするいたずらっ子の笑みを一へ向け、そう言葉をしめる。
ーーー私の思いが、一に届くことを祈りながら。
「っ……お前は……本当に……」
一が、まるで毒気を抜かれたように、うっすらとした微笑を浮かべた。
「……約束しよう。次は、必ず、お前のために勝利する、と」
……え、えっと、私のため、というか……みんなのため、だよ? 」
「……いや、瑞希、お前のためだ」
「え? 」
ーーー言葉と同時に、一の掌がぽん、と優しく置かれる。
「俺は、瑞希のために勝ちたいんだ」
「っ……! 」
ーーー口元に浮かんだ優しい笑み。
そして何よりも、真摯な、ほんのわずかに熱を孕んだ瞳ーーー。
「あ、う……えっと、一? 」
「……なんだ? 」
「う……そ、その、私っ、そろそろ、戻るね? えっと、その……これ以上邪魔しちゃ傷にさわるし」
「……藤堂のところへいくのか? 」
「えっ!? 」
ど、どうして……。
「お前のことだ。自分の部屋から近い方から回っているのだろう? 」
「……そ、その通りです……」
スッと目をそらしながらこくりと頷く。
うう……一には何もかもお見通しって感じがする……。
「なぁ、瑞希」
「……? 」
名前を呼ばれ、反射的に一の方へ顔を向けると、穴でもあきそうな視線が頭上から降ってくる。
「もし……」
「も、もし? 」
「俺が……他の奴のところへ行くなと言ったら……お前は、どうする? 」
ーーーその、予想外な一の言葉に、私は彼を見上げたまま硬直した。




