第142話 忘れていたこと
「それで、あなたはどんな悩み事があるのかな? 」
ーーー巫女服姿の少女……芙蓉さんは飄々とした笑顔を浮かべてそう言った。
「悩み事? いや、それよりも、ここはいったいどこなんですか? 」
「ん? ああ、まだそれを言ってなかったねぇ。……ここはね、ズバリ、あなたの夢の中なんだよ」
「私の、夢? 」
「そうそう。つまり、妾はあなた自身でもあるってこと。だからね、敬語とかもいらないし、普通に芙蓉って呼んでいいよ〜」
芙蓉さんが、私自身?
つまり、芙蓉さ……芙蓉は私が無意識に生み出した人ってことか!?
っていうか、やっぱり、薄々そうかなとは思ってたけどここ、夢なんだ……。
「でも、それじゃあこの屋敷は? 」
「ん?それは、まぁ、なんとなーくで雰囲気作ったんじゃない? 」
「そんなアバウトな」
「ま、これ夢だしね。基本なんでもありだよ」
あ、うん。
なんか、芙蓉が私の作り出した人だってこと、ちょっと信じられたかもしれない。
この人の性格、微妙に私と似てるわ。
「で? あなた、何か悩みがあるんでしょ? 」
「え、どうして? 」
「わざわざ夢の中でまで誰かと会いたいと願ったからこそ妾はここにいるんだよ? そんな人なら大体は自分の話を誰かに聞いて欲しいからじゃないかな? 」
「それは……」
ーーー私が、聞いて欲しいこと……。
「ほら、話してごらんよ。妾はあなたの、いわば半身。何も恥ずかしがることも遠慮することもないんだから」
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「ーーーなるほどね。それで、あなたは自分を責めてるんだ? 」
「……うん。私さえ、もっとしっかりしていれば、皆をあんな目に遭わせないで済んだかもしれない。それに、ハルのことも、全然気づかなかった。……あんな術が、なんの代償もなしにできるわけないことぐらい、想像できたはずなのに」
「あんな術、ね。……変わってないなぁ」
「え? 」
「……いや、なんでもないよ。ただ、あなたはその仲間のことが大好きなんだね」
「うん。皆は、私の大切な仲間だよ」
ーーーだからこそ、皆がボロボロになったのが辛い。
「……あなたは、一つ、大切なことを忘れているよ」
「え? 」
「なんだと思う? 」
急な芙蓉の言葉に、私は顔を上げて彼女の顔を見返した。
「……わからない」
「ま、やっぱりそうだろうね」
芙蓉は私の返答に苦笑を浮かべると言った。
「あなたは、その仲間の皆を大切に思ってるんでしょ? 」
「……うん」
「それはさ、皆も同じなんじゃないかな? 」
「え? 」
ーーー皆も、同じ?
「そう。つまり、あなたの仲間も、あなた自身のことを大切に思ってるってことだよ」
「!! 」
「だってそうでしょ?じゃなきゃ、そんなボロボロになってまであなたを守ろうとなんかしないし、体調不良押してまであなたを助けようとなんて思わないよ」
「あ……」
「それとね、今、あなたの中にある後悔、多分それ、あなただけが持ってるものじゃないと思うよ」
「っ!! 」
「きっと、他の皆も思ってるんじゃないかな。『あの時自分がこうしていれば』って。そうすればあなたが怖い思いをしないで済んだのにって。あなたの話から察するに、皆、そういう人たちなんじゃない? 」
「っ……そう、かもしれない」
ーーー芙蓉に言われるまで気づかなかった。
……皆も同じように自分の行動をどこかで後悔しているかもしれないということを。
私の仲間は、皆、結局優しいから。
「もうすでに起きてしまったことはどうやったって取り返せない。だけどさ、これから起こることなら、変えられる。人はその失敗から、後悔から、先に進める強さを持っている。妾はそう信じてる。だから、あなたもきっと、心の中ではわかってたはずだよ」
「強さ……」
「そう。あなたの仲間は、あなたを守って頑張った。だけどそのことで、あなたを傷つけたと知ったら、彼らもまた、深く後悔することになる。それじゃあやりきれないし、誰も幸せになれない」
「でも、そこであなたがその後悔を断ち切って、笑顔を見せてあげたら? これからどうしたらいいか、未来に向けて歩き出したと知ったら? そうしたら、きっと皆も、また一歩進めるんじゃないかな」
「だからそんな、あなた自身も皆もが成長できる場所をみすみす逃してしまうのはもったいないことだと、妾は思うよ」
芙蓉はそう言うと、トンッと軽やかに地を蹴って立ち上がった。
「人間は、みんなが思っているよりも強い生き物だよ。悩み、時に後悔して、でも、最後にはちゃんと前に進める。妾は、そんな風に信じてる。だから、妾の半身であるあなたも、きっと、それを信じているはず」
「芙蓉……」
ーーー人の、強さ。
確かに、私はそれを信じてる。
だからこそ、私はこの時代に来て、仲間を守るために人を斬ると、そう、覚悟を決めた。
……芙蓉のいうとおりだ。
後悔してるのは、私だけじゃない。
なぜ、そんな単純なことを忘れていたんだろう?
「っ、う……」
視界がぼやけて、芙蓉の顔が見えなくなる。
それが、涙のせいだと気づいていたけれど、なぜ、それがこぼれたのかはわからなかった。
「……泣くのは、ここで最後だよ」
ーーー芙蓉の、心地のいい声音が耳をかすめる。
「う、ん」
泣くのも、後悔するのも、ここで最後だ。
私がそんな顔してたら、総司たちを傷つける。
皆は私を守ってくれた。
だったら、せめて、今度は私が皆の「心」を守ろう。
過去を見てばかりの「後悔」から。
「……そろそろ時間だよ。あなたの仲間が待ってる。これから、もう二度と後悔しないためにも、ちゃんと笑顔を見せてあげないとね」
「……っ、うん」
ーーー頭の上に、なにか、優しいものが触れる。
涙をぬぐって顔を上げると、そこには優しい微笑を浮かべた芙蓉がいた。
「……もし、また何かを迷ったら。その時はまたここにおいで。妾はいつでもあなたのそばにいる」
「……っ、ん」
「だからね……
泣かないで、瑞希。笑ってよ」
ーーーそんな顔をしていたら、幸せが逃げちゃうよ。
「さぁ、目覚めの時間だよ」
ーーー声が遠くなる。
視界が、世界が、ゆっくりと、けれど確実に白く染まってゆく。
「……妾の……を、よろしくね」
ーーー最後に。
そんな、芙蓉の言葉が聞こえたような、そんな気がした。
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