第140話 「身代わり」
【桜庭瑞希】
私が、あの「金毛九尾」との戦いの後、覚えているのは土方さんにすがりついて泣きじゃくったところまでで。
ーーー気が付いた時には、左腕の治療をされて、布団の上に横たえられていた。
「あ……れ……? 」
「ーーー起きたか」
「!! 土方、さん」
外の縁側に通じる襖の柱に寄りかかってたっていた土方さんが、目覚めた私を一瞥して言う。
「……っ、あ、皆はっ!? 」
「安心しろ。意識は戻ってねーが、総司たちはとりあえず無事だ」
「っ……よかっ、た……」
思わず緩みそうになる涙腺をこらえ、唇を噛みしめる。
しかし、ほっと息をついた私へ、土方さんは苦々しい顔でこう告げた。
「確かに、あいつらは無事だ」
「え? 」
「……小鳥遊が倒れた。しかも、大量の血を吐いてな」
「っ!? 」
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「ハル……っ」
土方さんの告白を受け、私は急いで布団をはねのけると土方さんの制止を無視して部屋を飛び出した。
「ハルっ!! 」
勢いよく襖を開く。
そこには、
「!! 瑞希君……」
ーーー驚いたように目を見開いた山南さんと、
「っ!! 」
布団に横たえられたハルがいた。
「っ、山南さんっ、ハルは!? 」
「……土方君から聞いたんだね。今は、このとおりだよ」
チラリとハルの方を見やり、山南さんはそう、沈痛な面持ちで言った。
「っ……」
枕元に近寄りその顔を覗き込む。
ーーーその整った顔は血の気が失せて青白く、布団を上下する呼吸も、恐ろしく浅い。
けれど、その血の気の失せた体は、今までにないほど熱く発熱していた。
「なん、で、こんなことに……。それに、血を吐いたって……。まさか、ひどい病気……? 」
「いや、そうではないようだよ。……医師も、原因がわからないと。ただわかるのは、このまま熱が下がらなければ、このまま目覚めないこともある、ということだけでね……」
「そんな……」
山南さんは言葉を濁していたが、このまま目覚めないということは、ハルの命の灯火が消えることを指しているのだと、私でも察するこもができる。
胸を掴まれたような痛みをこらえ、私はギュッと両こぶしを握り締めた。
「……おい、瑞希」
ーーーと、いつの間にか追いついていた土方さんがそう、真剣な声音で私の名前を呼んだ。
「お前に、一つ聞きたいことがある」
「……はい」
「小鳥遊は意識を失う前、お前たち四人が危ない、と言っていた」
「え? 」
ーーーどういう、こと?
どうして……今は術を使えないはずのハルが、私たちの状況を知ったの?
一体どうやって……?
「一つ聞きたいことがある。小鳥遊はいったい何も……って、お前、人の話を……」
ーーーあ。
そうだ。
一つだけ、方法があるじゃないか。
屯所を出る時に、総司経由で渡された「身代わり」の人型が!!
「おい、瑞希……」
きっとそうだ!!
ハルにならあの人型が使われたってことがわかるはずだ。
……そういえば、前の岩城升屋の時も思ったけど。
あの人型の「身代わり」、持ってる人が受けた傷を肩代わりしてくれるっていうけど。
その受けた傷はどこに行くんだろう?
「まさ、か……」
「おい? 」
「土方さんっ!! 」
「な、なんだ!? 」
ーーー脳裏に閃いた一つの「可能性」に、私はガバリと顔を上げ、土方さんに詰め寄った。
「ハルがっ、ハルが倒れた時、突然血を吐いたんですかっ!? 」
「は? ……いや、違うが……」
「その時の状況、詳しく教えてくださいっ!! 」
突然、身を乗り出して言う私に、土方さんは面食らったようだったが、真剣さが伝わったのか、ハルが喀血する前の様子を語ってくれた。
「……それじゃあ、その前までも苦しそうで、その後ひときわ苦しみ出して、血を吐いた? 」
「ああ。だが、それがどうかしたのか? 」
「……やっぱり」
ーーーやっぱり、そうだったんだ。
土方さんが来る前から苦しそうだったのは、きっと、「身代わり」がほぼ同時に3つまとめて使われたから。
そして、最後の打撃はきっと……。
「っ……」
なぜ、気がつかなかったんだろう。
岩城升屋の時、「身代わり」を使うことになった山南さんは、その使った反動で意識を失ったし、その次の日まで、その時のダメージが残っていた。
けれど。
今回は違った。
「身代わり」を使用した後でも、総司たちも、そして私も問題なく動けていた。
ならば、私たちが受けるべき苦痛はどこに行ったのだろうか。
そんなの、考えられるのは一つしかない。
「身代わり」の人型。
それはつまり、誰かが人型を持つ者の身代わりにならなければならないということ。
そして、それを請け負う相手は、もちろんーーーーーーーーー。
ーーーーー ハルだ。
「身代わり」を使用しても、使用した私たちに一切の打撃がなかったということは、その全てが術者であるハルへ行ったということになる。
「身代わり」が請け負うのは「致命傷か、それに準じる打撃」だ。
そんなものを、短時間で四人分、しかも、元から体調が優れない時に受ければどうなるか。
「……そんなの、耐えられるわけがない」
疑いようもない。
ハルがここまで弱った原因は、私たちが使った「身代わり」だ。
ーーーもし、私がちゃんと屯所へ援軍を呼びに行っていたら。
少なくとも、最後に私が使ったーーーハルにとどめを刺した最後の「身代わり」ならば、阻止できたかもしれない。
「おい、瑞希……? 」
「……土方さん、山南さん」
「な、なんだ? 」
「今、私がここにいても仕方ないですね。……部屋に、戻ります」
「あ、ああ」
ーーー一刻も早く、私は一人になりたかった。
このまま土方さんたちの前にいたら、止められなくなりそうだから。
そうして私は、何か言いたげな土方さんたちを残し、その場を逃げるように立ち去った。




