第15話 口が達者な沖田さん
【桜庭瑞希】
ーーー夢を見た。
ーーー1人の少女が、大きな、その少女が豆粒に見えるほどに大きな木を見上げている。
ーーー顔も、服装も、その少女がどんな人物なのかは全くわからない。
けれど、なぜか、その少女が、何かの覚悟を決めたかのような表情で大木を見つめているのだということがわかった。
ーーー知らないはずの少女。
ーーー何もわからない少女。
ーーーそれなのに。
「懐かしい」と感じるのはなぜだろう?
まるで、幼い子供が母親に抱かれていた記憶を思い出した時のような、既視感。
ーーー私はなぜ、この少女を知っているーーーーーーー?
ーーー少女の肩がピクリとはね、その顔がこちらを振り向く。
けれど。
その少女の顔を見るよりも先に。
ーーー私の意識は静かに浮上していった。
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………………。
………庭さん。
誰かの声が、聞こえる。
外が明るい。
「桜庭さん」
「う……ん……?」
「……そのようなところで眠っては、風邪をひいてしまいますよ……?」
「あ……晴明君」
意識が覚醒する。
ーーー布団に横たわっている晴明君と目があった。
「あれ……?私……?」
ーーーなんか、不思議な夢を見た気がするけど……?
もう覚えてないや。
ところで。
私はどうしてこんなところで寝てるんだろう?
タイムスリップしたっていうのが、夢じゃないことぐらいはわかってるし、そもそもそんな淡い期待はしていなかったからいいとして、どうして私はここで寝ていたんだろうか?
確か、昨日、沖田さんとの取引に応じて、そしてそのあとは晴明君が眠るまでそばにいて……そしたら土方さんが部屋を用意したからそこで寝ろって言って……。
……。
ひょっとして、そのまま寝ちゃった?
……畳の上に寝っ転がって?
「あっ!そうだ!!晴明君、体調はっ!?」
慌てて起き上がった私の様子に、晴明君がクスリと小さな笑いをこぼす。
「……落ち着いてください、桜庭さん。それから、今の僕は『晴明』ではなく、『桔梗』ですよ」
「あ、ごめん、そうだった」
私は馬鹿か。
昨日もそれで沖田さんには私たちのことバレちゃったのに。
……進歩がない。
「それで、体調はどう?」
「……昨日よりも良好ですよ」
にっこりと微笑みを浮かべる晴明君。
とはいえ、確かにその顔色は昨日よりはいいものの、その紫の瞳は未だ、熱っぽく潤んでいる。少し寝乱れて胸元が開いているせいもあってか、妙な色気があり、それにちょっとドキッとしたことは言わないでおく。
まったく、これだから美形は困る。
できるだけ晴明君の顔を直視しないようにしながら彼の額に触れるとまだ高い熱がじんわりと手のひらに伝わってくるのを感じた。
「うーん。まだ熱があるよ。とりあえず、今日1日は寝てないとダメかな」
「そう……ですね」
コクリと頷き、紫の瞳を静かに閉じる。
しばらくすると、穏やかな寝息が聞こえてきた。
晴明君の寝顔を何気なしに見つめる。
何度見てもやっぱり綺麗だなぁ。
ほんと、こうしてみるとまるで女の子みたいだ。
長い睫毛といい、華奢な体つきといい、しかも、肌の色は雪のように白くてすべすべ。
羨ましいですよ、ほんとに。
ここまで綺麗な顔立ちの人は、男女問わず見たことがない。
確かに、土方さんや沖田さんもかなりの美形だが、個人的な好みという面でも、晴明君の顔立ちが整っているというのは疑いようもないことである。
私はその幻想的な容姿に、思わず見とれてしまった。
「……君、何ひとの寝顔見つめてるの?ちょっと気持ち悪いよ?」
……そう、後ろから近づいてきたドS男の気配に気づかないほどに。
「どわぁっ!!」
慌てて後ろを振り返ると、涼やかに整った顔に、まるで不審者でも見るような視線をにじませた沖田さんが障子に寄りかかるようにして立っていた。
「うわぁ……色気も何もない声……」
「う、うるっさいですねぇ!!気配殺して後ろに立たないでくださいよっ!!」
「別に、僕は気配殺してたつもりないけど?君が鈍いんじゃないかな♪」
……イラッ。
やっぱこいつ、嫌いだっ!!
「まぁ、晴明君は確かに綺麗な顔してるけどねぇ」
そう言って眠っている晴明君の顔を覗き込む沖田さん。
「え、沖田さんってソッチの趣味が?」
さっきの仕返しとばかりに満面の笑みでそう聞いてやる。
「まさか。僕は率直な感想を述べたまでだよ。それなのにそんなこと言うなんて、瑞希ちゃんって見かけによらず妄想力豊かだね♪」
「うぐっ」
こ、このドSがっ!!
朝っぱらからほんとに嫌味な奴っ!!
「……なにしにきたんですか?」
あんたは私をからかいにきたのかと言外に匂わせ、睨みつける。
が、私の眼光でひるむ沖田さんではなく、クスクスと人を馬鹿にし腐った笑みを浮かべる。
「もちろん、監視だよ★」
「……」
んなこったろうと思ったよ!!
だけどせめてお見舞いに来たとか言えよ沖田っ!!
正直なんだか嫌味なのかわかんないよ!!
「ああ、安心しなよ。昨日のことは土方さんに報告してないから。僕は約束は違えないからね♪」
「……あっそうですか」
「反応薄いなぁ。ああそうそう。一応忠告しておくけど、土方さんの前で間違っても彼のこと、『晴明君』って呼ばないように……というか、もう呼ばないほうがいいよ。君、それで僕にバレちゃったもんね!」
「うっ……」
あ、朝、思いっきり晴明君って叫んじゃいましたとは言えないっ!!
というか、人の傷口を的確に抉るなっ!!
「あ、ひょっとしてまたやっちゃったの?」
「うぐっ!!」
私の反応に、薄笑いを浮かべた沖田さんが畳み掛けるように言ってくる。
その笑みは完全に真っ黒だ。
「う、うるさいっ!!冷やかしに来たなら帰れっ!!」
思わず敬語を忘れて怒鳴りつける。
「いや、帰れと言われても、そもそもここ、僕の部屋だけど?」
「……」
ああ……。
死にたい……。