第138話 後悔
【桜庭瑞希】
ーーー目の前から一瞬も気の抜けない敵がいなくなったせいで体から力が抜け、膝が砕けそうになるのを、私はなんとかこらえながら、もはやピクリとも動かず、気を失った三人の元へ駆け寄る。
「……っ!! 」
三人とも、重症といっても過言ではない状態で、深い傷口からとめどなく赤黒い液体が流れ出ている。
かろうじて、浅く、弱々しいながらも息をしていたことが唯一の救いだが、それすらも、刻一刻と弱くなっていくように感じる。
「っ……」
悲鳴をこらえ、唇を強く噛み締めながら、なんとかみんなの傷の止血を試みるものの、三人に手は回らない上に、簡単な応急処置しか知らない私では焼け石に水だった。
じわりじわりとこぼれ落ちる血が、まるで、みんなの体から生きている証の熱を奪っていっているように思えて、視界がぐにゃりと歪んでぼやけた。
「……っ、……っ、ご、めん……なさい」
私は、みんなが傷だらけになっていくのを見ていながら、なにもできなかった。
「援軍」を呼びに行くという約束すら果たすことができなかった。
ーーー怖かったのだ。
自分がいない間にみんなが死んでしまったらと、そう思ったら動くことができなかった。
みんなの死を背負うかもしれないことが、怖かったのだ。
ーーーそれは、ここに残ったところで同じだというのに。
「ごめん、ね」
そう、謝罪を繰り返しながら、私は自身の弱さを呪った。
早く援軍を呼んでいれば、こんなにみんながボロボロになることもなかったかもしれない。
ーーー私がもっとちゃんとしていれば。
ーーー「金毛九尾」なんかの言葉に惑わされなければ。
「止まんないっ……止まんないよぉ……っ!! 」
私はなんて役立たずなのだろう。
ーーーこのまま、みんなが死んでしまったら。
「いや、だ……嫌だ、よ……」
ぼやける視界を何度も袖口で拭いながら私はただ、ひたすらに傷口を抑え続けた。
「このままじゃ」
ーーーこのまま血が止まらなければ。
いや、止まったとしても、こんな、11月の寒空の下に薄着のままいれば、どうなるかぐらい、私でもわかる。
はやく、屯所に帰って誰かを呼ばないと。
けれど、今、私が手を離して仕舞えば、それもまた、三人の命を縮めることになる。
「……どうしたらいいの? 」
どうしたら、みんなを救えるの?
「……おね、がいっ!! 誰でも、いいから……!! 」
ーーー助けて!!
「ーーーーーーーー瑞希っ!! 」
「あ……」
ーーー声が、聞こえた。
「「瑞希っ!! 」」
声の方を振り返る。
ぼやけて歪んでしまったせいで、その姿は捉えられなかったものの、その息を切らせた声音で、それが一体誰なのかがわかった。
「しんぱち、くん。はらだ、さん。ひじかた、さん……」
息を切らせながら駆けつけてきた三人の名前を呼んだ瞬間、私の中で何かが切れる音がした。
********************
【土方歳三】
「小鳥遊っ!? お前どうしたんだっ!? 」
いつになっても帰ってこない瑞希らを探しに行くため、幹部連中を集めていた俺は、自室で倒れている小鳥遊を発見した。
胸元を抑え、顔を苦痛に歪めている様は、明らかに平常な状態じゃない。
だが、奴は俺の姿わみとめると、「瑞希たちが危ない」と言ってきた。
ーーーなんでこいつがそんなことが分かったのか。
占いだかなんだか知らんが、今はそんなことを聞ける状況じゃない。
そう考えていた時、小鳥遊が苦悶の声をあげ
、咳き込み始めた。
「何かあったのかい、土方君!? 」
騒ぎを聞きつけたらしい山南さんと、遅れて左之が駆けつけ、激しく咳き込む小鳥遊を見て息を呑んだ。
「ハル!? 」君!? 」
慌てて小鳥遊の背後に回った山南さんが、落ち着かせるように背をさすりながら声をかけるものの、苦痛のせいで聞こえていないのか、余裕がないのか、それに対する返事はなかった。
「ゲホゲホッ、か、ふ」
「「「なっ!! 」」」
ーーー鈍い音を立て、吐き出される大量の血に、その場が凍りつく。
「クソッ……!! 小鳥遊、しっかりしろっ!! 」
ーーーこの状態は体調が悪い、じゃあ済まされねぇぞ!?
「土方君っ! 君は原田君と永倉君を連れて瑞希君たちの元へ向かいなさい! ハル君の方は私が見ている! 」
「っ、山南さん……」
ーーー確かに、今はどっちも緊急事態だ。
だが、小鳥遊の方は、人数がいたところでどうこうできる問題じゃねぇ。
対して瑞希の方はもしもに備えて人数がいる。
「……ああ、わかった! 小鳥遊のことは山南さん、頼んだ! 左之、新八、行くぞ!! 」
「「はいっ!! 」」
ーーーああくそっ、なんで俺はこんなに焦っているっ!?
それもこれも瑞希が……!!
ったく、総司のやつも、今日は偵察だけだって言っただろーがっ!!
「……あの馬鹿どもっ! 帰ったら説教だっ!! 」」
ーーー何があったかしらねぇが、とりあえず生きてろよ、お前ら!!
死んでやがったら許さねぇぞ!!
********************
「……クソッ」
あいつら一体どこに行ったっ!?
探しても探しても見つからねぇ。
「どこだっ、瑞希っ!? 総司っ!?平助っ!?齋藤っ!? 返事をしやがれっ!! 」
ーーー早く見つけなきゃならねぇってのに……!
ーーーーーーーーヒラリ
「なに……? 」
視界の端を、金色の何かが横切る。
「……蝶、だと? 」
ーーーこんな時間に、蝶、しかも、見たこともないような、黄金の蝶。
それは、まるで目を留めた俺を誘うように身を翻し、動き始めた。
「……なんだよ、あれ」
ーーー明らかに怪しい。
怪しいことこの上ない。
だが……。
「……俺はあれを知っている」
ーーーどこか、懐かしい。
あれを見たのは、一体いつのことだったか。
「ああくそっ、一か八かだ! 新八、左之っ!! 」
「見つかりましたか、土方さん!? 」
「いや、違うが見つかるかもしれねぇ! 行くぞ!! 」
「「ええっ!? 」」
訳がわからない、というような顔をした2人を無視し、その金の蝶を追っていく。
ーーーそいつは細い路地へと迷いなく進んでいき、そしてーーー。
「っ!! 」
ーーー見つけた。
そいつは赤に染まった地面の上にすわって何かを叫んでいる。
その手の先で、ピクリとも動かない、血塗れの総司たちを見た瞬間、血の気が引くのを感じながら、俺は叫んだ。
「ーーーーーーーー瑞希っ!! 」
俺の声に、そいつは肩をびくりと震わせ、振り返った。
ーーーその目には、大粒の涙がたまっていた。
「「瑞希っ!!」」
遅れてきた2人の声が、重なって響き渡る。
「しんぱち、くん。はらだ、さん。ひじかた、さん……」
弱々しい、呆然とした声が漏れ、その顔がぎゅっと歪んだ。
「う、わぁあああああああっ!! み、みんながっ!! 死んじゃうっ!! 私の、せいでっ……」
「瑞希っ!! 」
かつてないほど取り乱し、悲痛な声音で泣き叫ぶ様は、まるで親を目の前で殺された幼子のようで、俺は思わず瑞希を抱き寄せた。
「泣くなっ、瑞希」
「うっ、ひぐっ、ふぇ……」
「もう、泣くな」
隣で唖然としている新八と左之を目で促し総司たちのとりあえずの無事を確認しつつ、俺は腕の中で、すがりつくようにして泣きじゃくる瑞希をあやし続けた。
ーーーたとえ、自身が人を斬ることになっても涙ひとつ見せなかったこいつが、こうまで動揺しているのは初めてのような気がする。
いつも、無邪気な笑みを浮かべている顔が、今は悲痛に歪んでいる。
その理由が、仲間を傷つけられたことなのか、それで自分を責めているからなのかはわからない。
ただ、その時俺の中に湧き上がったのは、こいつを泣かせた奴へのまぎれもない怒りだった。
どうも^ ^
日ノ宮九条です。
突然ですが。
最近は3日おきに更新を続けていましたが、来月からは1週間おきの更新になります。
来年1年間、作者が受験生になるためにほとんど書くことができませんので、現在、せめて月3で更新できるように書きためています。
1月からその次の年の3月くらいまで月3、毎月5がつく日に更新となる予定ですのでよろしくお願いします。




