第134話 幼き残虐
走り出した三人を追いかけ、走る。
ただでさえ電灯もなく、暗い夜道だというのに、さらにその奥、私が今進んでいる路地は月明かりすら通さず、足元も見えないほどに暗い。
そんな、暗闇に紛れそうになる三人の黒袴を必死で追っていた私の耳に、遠くから、歌声のようなものが聞こえてきた。
それは三人にも同じく聞こえたようで、彼らが耳をすませている気配があったので、私も感覚を研ぎ澄ませ、その歌声へ耳を傾けた。
「通りゃんせ 通りゃんせ♪ 」
その歌声は、予想外に幼い。
「ここはどこの 細道じゃ♪ 」
ーーーそれは、まるで。
「天神様の 細道じゃ♪ 」
ーーー子供がみんな一緒になって遊んでいる時のような。
「ちっと通して くだしゃんせ♪ 」
ーーー無邪気な声。
「御用のない者 通しゃせん♪ 」
幼い歌声は、今の状況を忘れさせるほど、朗らかな、楽しげなものだった。
「……なんなの、これ」
その歌声に、総司が顔をしかめて言った。
総司だけでなく、平助君や一もその歌がこの状況下で聞こえる不自然さに困惑げな表情を浮かべている。
そんな中でも、歌は続いていた。
「この子の七つの お祝いに♪ 」
ーーーと、細い路地から開けた場所が現れた。
……そして。
「その場所」へたどり着いた時、真っ先に鼻についたのは刺すように濃密な鉄錆の匂いだった。
「っ!! 」
見渡す限りの、赤。
華開く、赤。
「なに、これ」
ーーーそんな、一色に染まった世界の真ん中に、小さな人影がこちらへ背を向けて立っていた。
「お札を納めに 参ります♪ 」
その人影の手には、赤く染まった一振りの刀。
そして、その人影が身につけているものは、真っ白な水干であるにもかかわらず、返り血一つ、浴びていない。
ーーーその時、私たちの中からは、「今日は偵察だけ」という土方さんの言葉は遠く彼方へと飛んでいた。
「行きは良い良い 帰りは怖い♪ 」
どこかで聞いたことがあるフレーズがこだまし、見計らったかのようにその人影がこちらを振り返った。
「怖いながらも♪ 」
ーーー顔を覆う、つり目の狐面。
「通りゃんせ 通りゃんせ♪ 」
歌が止み、人影はまっすぐにこちらへ顔を向けた。
その瞬間、背筋がザワッと泡立つのを感じた。
ーーーそれは、本能的な危機感。
こいつは危険だ。
関わってはいけない。
そう、私の本能が警鐘を鳴らしていた。
「あはっ♪ 」
ーーー歌声同様、幼い、おそらくは10に届くか届かないかほどの少年の声が、この場にそぐわない笑い声をあげた。
「お客様が来ちゃったね。けど、もう僕の演舞はおしまいだよ? 」
「……それはつまり、これをやったのは自分だという自白ととっても良いと? 」
強張った声音で問う一の言葉に、幼い少年はクスクス笑いながらコクリと頷いた。
「うん、そうだよ♪ これをやったのは間違いなくボクだね♪ 」
ただただ呆然としている私はともかく、三人の剣豪の殺気を浴びているにもかかわらず、まるでそれが何でもないかのような態度で少年は続けた。
「それにしても驚いたなぁ。余計なのが三人ついて来ちゃったけど、瑞希おにぃさんの方から来てくれるなんて! 」
「え……」
「っ、どうして君が瑞希君のこと知ってるのっ!? 」
総司の焦りを含んだ声が裏路地に響き渡る。
「ふふっ、さぁ、どうしてだろうねぇ? ボクが教える義理はないかなぁ♪ 」
「……そう」
ーーースッ、と、総司の周りの温度が一瞬で冷え渡る。
「……一応聞いておくよ、君」
「なぁに? 」
「君は、今巷を騒がせてる『金毛九尾』? 」
ーーー少年が右手で狐面をずらし、その隙間から大きく子を描く口が見えた。
「そうだよ。ボクこそが『金毛九尾』。正真正銘、30年前の『金毛九尾』さ!! 」
「馬鹿なっ!! 30年前など、あなたは生きていないはずですっ!! 」
平助君の驚愕に満ちた声音で叫ぶ。
が、「金毛九尾」を名乗る少年は相変わらず楽しげな笑みを浮かべて言った。
「ボクは嘘なんか言ってないよ? 信じる信じないはそっちの自由だもの」
「それじゃあ君を捕縛して根掘り葉掘り聞きだすまでだよっ!! 」
ーーー言葉と同時に刀を抜き、総司、一、平助君の三人は「金毛九尾」へ向けて走り出したーーーーーーーーーーーーー。




