第133話 偵察
【桜庭瑞希】
「さ、寒っ」
時刻は大体夜の10時頃。
といっても、時計なんてものはこの時代にはないからあくまで体感だが。
「11月になって急に冷え込みましたから。僕の羽織、使いますか? 」
吹き付ける冷たい北風に身をすくませた私に、平助君が自身の羽織を指して言った。
今日は偵察が主な役目なので、全員、いつも巡察に使っている夜めにも目立つ浅葱色の羽織ではなく、黒の羽織と袴を身につけている。
「いやいや、そんな、悪いからいいよ。平助君だって寒いでしょ? 」
平助君は毎度だが、私のことをよく気遣ってくれる。
もともと優しいから、世話焼きなのかもしれないから、多分みんなに対してもそうなんだろう。
平助君はいいお父さんになりそうだ。
ちなみに、屯所を出発する前に総司がハルからもらってきたという、岩城升屋で山南さんを救った「身代わり」の人型はそれぞれが懐にちゃんとしまっている。
本当の事情は話せない平助君には「お守りのようなものだ」と言って渡したのだが、それを聞いた彼は、
「それならば、瑞希が2つ持っていてください」
と言ってきた。
「いやいや、もしもの時に『金毛九尾』と対決しなくちゃいけないのは平助君たちなんだし、私はみんなより危険な仕事じゃないから大丈夫だよ」
「でも……」
「大丈夫だよ! 安心して、平助君。確かに、私は平助君たちよりも弱いかもしれないけど、それでも無抵抗にやられる程ヤワじゃないんだから」
「い、いや、そういう心配をしているわけじゃ……」
「え? 」
それじゃあなんで私に「身代わり」を渡そうとするんだ?
そう思った私が問い返すと、平助君はなぜか顔を赤く染めて視線を逸らした。
「……平助、瑞希君には直接言わないと多分わかってもらえないと思うよ」
「……俺もそう思う」
そんな平助君へ、どうしたことか、総司と一の2人が憐れみの眼差しを送っていた。
はて、直接言わないと、とはどういうことだったのだろうか。
その理由は2人に聞いてみたが、なんとも言えない表情を返されるだけだった。
ーーー解せぬ。
「……ところで、偵察って言っても、京は広いよね? どこをどう探せばいいんだろう? 」
そういえば、私たちは当然ながら、「金毛九尾」がどこに出没するかを知らない。
当然と言えば当然だ。
「金毛九尾」は悪人を斬るとはいえ、そのターゲットはまちまち、ある時は不逞浪士、またある時は悪徳商人、というように、どうやってターゲットを決めているかも定かではないのだ。
「というか、『金毛九尾』ってほんと、どうやってターゲッ……標的を決めてるんだろう? 不逞浪士ったって、まさか町の噂とかだけで斬ってるわけじゃないよね? 」
「確かに、瑞希の言うことにも一理ありますね……。それがわからないことには、『金毛九尾』を見つけることすら困難かもしれないです。総司と一は何かいい案、思いつきますか? 」
「うーん、そうだなぁ……」
「む……」
平助君の問いに、2人も同じ疑問抱いたらしく、首を傾げて考えるそぶりを見せた。
「……『金毛九尾』なりに、標的を町の噂から絞り、調査して決めるのではないか? 」
ーーーと、先に一がそんな結論を出してくる。
「となると、『金毛九尾』は偵察にも優れてるってことになるよね、一君」
「なに? 」
「だってそうでしょ? 不逞浪士はともかく、悪徳商人とかは、屋敷に忍び込むなりしないと確信をつかめないじゃない」
「「!! 」」
総司の言葉に、私以外の2人がハッとしたように息を呑んだ。
「ん? 『金毛九尾』が偵察が得意かもしれないってことはわかったけどさ、そうだとして、何か問題があるの? 」
2人がそうまでして動揺している理由がわからない私はぐっと眉間に皺を寄せて首を横に傾けた。
が、そんな私へ降ってきたのは総司の呆れた視線だった。
「はぁ……ほんっとに、鈍いね、君は」
「なっ……」
「『金毛九尾』が偵察が得意ってことはつまり、『金毛九尾』に僕たちの偵察がバレる可能性があるってことだよ」
「あ!! 」
「偵察っていうのは、気配を消して行うもの。それを消すのがうまいやつは、それを察知するのもうまいのが普通。そうなれば、僕らが覗き見してるのがバレてしまう可能性が高くなるってことだよ」
「そ、そうか……!! 」
そうなったら、きっと……。
総司たちは『金毛九尾』と戦わざる得なくなる……!!
「そんな心配そうな顔をしないでください、瑞希。僕らはそうそう簡単にやられるほど弱くないですから」
「平助君……」
内心が顔に出ていたのか、平助君は私を励ますかのように言った。
「ま、戦うことになったら、その時はその時、全力で捕縛するだけだよ」
「……沖田の言うとおりだ」
「……そう、だね」
平助君も、総司も、一も、 私よりもずっと強い。
この三人が力を合わせて戦うのだから、そうそう負けるなんてことにはならないだろう。
「さて! それじゃあ話もまとまったことだし、今度はこっちの方に……」
ーーー瞬間、総司と一、そしてほんの一瞬遅れて平助君が表情を硬くした。
「え? 」
な、なに?
「……血の匂いがする」
ポツリとつぶやかれた一の言葉に、私は思わずビクリと肩を震わせた。
「血……? 」
ーーー誰の?
「……こっちだよ! 」
そう言って、総司が右横の路地を指差し、それを受け、三人が一斉に走り出す。
「え、あ、ちょっと!! 」
未だ状況が飲み込めていない私は、わからないながらも、それが異常事態だということだけは理解する。
「ま、待って、みんなっ!! 」
ーーーそう叫び、私は慌てて三人を追うべく、右横の路地へ身を躍らせた。




