第131話 “ 金毛九尾 ”
私が総司とともに巡察から戻ると、寝込んでいるハルを除く幹部全員が急遽局長室に召集された。
その理由はもちろん、件の殺人事件についてだ。
実際に見てきた私や総司はともかく、土方さんまでそのことを把握していたので、その情報収集能力には感嘆する。
集められた皆に、総司と土方さんが詳しい概要を説明すると、一様に強張った表情を見せた。
事が事だけに、皆緊張しているのだろう。
そんな、いつになく張り詰めた空気の中、上座に座っていた近藤さんがおもむろに口を開く。
「……現場に落ちていた、狐の面、か。これは、やはり、『あいつ』の仕業なのだろうか」
「『あいつ』……? 」
近藤さんの言葉に、土方さんが眉根を寄せて首をかしげた。
「歳も知っているだろう? 30年ほど前、江戸を騒がせた辻斬りの事を」
「30年前……。……まさかっ!? 」
ありえない、というように、土方さんの瞳が見開かれる。
私は意味がわからず、他のメンバーの顔を見やったが、皆同じように首をかしげている。
だが、その中で、山南さんだけは青ざめた顔で土方さんたちを見つめていた。
「あの、山南さん。その辻斬りって、一体なんなんですか? 」
おそらくその正体を知っているのであろう山南さんにそう尋ねてみると、彼は私に視線を移して言った。
「……瑞希君たちは知らないのも無理はないね。まだ生まれていなかったのだから。その辻斬りというのは、30年前、突然現れた、自らを『金毛九尾』と名乗る人斬りの事だよ」
「人斬り……」
「けれど、そんな人斬りにもかかわらず、『金毛九尾』は町人の人気を一身に集めていた」
「え? 」
ーーー人気?
人斬りが?
「それはどうしてですか? 」
「……『金毛九尾』が、『悪を裁く』人斬りだったから……だよ」
「悪を裁く……? 」
「……その話聞いた事があります」
「平助君? 」
突然、口を開いた平助君へ、皆の視線が集中する。
彼は記憶を辿るように目を細めながら言った。
「『金毛九尾』は、役人に賄賂を渡して私腹を肥やしていた商人や、町人に不逞を働いていた浪士など、ありとあらゆる悪を正義をもって裁く。その上、『金毛九尾』を追っていた強者揃いの奉行所の武士30人をほんの一瞬で壊滅させるほどの剣術の腕だとか。結局、奉行所は『金毛九尾』を捕らえる事ができず、そのうえ、『金毛九尾』の方もたった2年で姿を消したそうです」
「おいおい、まじかよ……」
「武士30人を一瞬で、ねぇ……」
「ケッ……何が正義だよ。んなもん、ただの自己満足で正義の味方気取りの頭がイカれた野郎じゃねぇか」
苦々しい表情でため息をつく新八君や原田さんに反し、土方さんは吐き捨てるような強い語調でそう言い捨てた。
「だいたい、そんな『正義の味方』が今回みてぇな悲惨な殺し方するかよ」
「……そうだね。確かに、殺されたのは評判の悪い浪士たちだったようだが、それにしてはひどすぎる」
同調して、山南さんは顔を伏せ、黙祷を捧げるかのようにそう言った。
「とにかく、だ。今回の事件の犯人が再び現れた“ 金毛九尾 ”にしろ、そうじゃないにしろ、私たちにできる事はただ一つ。この京の治安を精一杯守ることだろう」
「ああ、近藤さんの言うとおりだ」
ーーー確かに、そうだ。
事件の捜査は私たちの仕事じゃない。
ーーーけれど。
正義の人斬り、「金毛九尾」。
ーーー何故だろうか?
私たちが、そんな無敗の人斬りと近いうち、剣を交えることになるような気がするのは。
それは、ただの勘でしかない。
けれど、私の心の中でざわざわと揺れる嫌な予感が消え去ることはなかった。
********************
【蘆屋道満】
「……久しぶりに異界から出たわ」
ーーー懐かしい京の街並み。
そんな、人気のない夜の京を「ある場所」へ向かうために進んでいく。
目的はもちろん、昨日の夜起こった殺人事件の現場。
「……ここね」
ーーー30年前、江戸にて「正義を斬る」人斬りとして名を馳せ、町人の人気を博し、わずか2年で姿を消した「金毛九尾」。
その存在は謎に包まれていて、誰も姿を見たものはいない。
なぜなら、それらの人々は皆、死んでいるから。
「金毛九尾」は、善人を殺すことはない。
けれど、同時に、「金毛九尾」は悪人に対して、「慈悲」のかけらも見せず、残虐な方法で死に至らしめる。
そして、今、その「金毛九尾」が再び現れたと言われている。
ーーーけれど、問題はそこではない。
「今までの時象に、『金毛九尾』という存在は、少なくとも、京に存在しなかった。」
そんな存在が、今、ここにいるわけがない。
けれど。
もし、そんなものがいるとしたら。
「桜庭瑞希の歴史改変による影響……か」
あるいは、桜庭瑞希か晴明か、どちらかどちらかの行動に起因する可能性が高い。
「……とにかく、今のうちに調べないと」
今、妖力が事実上暴走状態にある晴明には、その力を自らの内に押しとどめることで精一杯なはず。
そんな彼が、私の存在に気がつくことはないだろう。
「……」
現場は、死体こそ片付けられているものの、地面に染み込んだ血糊は真新しく、生々しい。
「……手掛は、とくになし、ね」
予想はしていたが、そこには「金毛九尾」の正体に迫れるようなものは何も残ってはいない。
せめて、「金毛九尾」の血なり物なりが残っていればそこから辿ることもできた。
ーーー晴明ならば、ここに来ただけで、「金毛九尾」の居場所を突きとめられたかもしれないけれど、私にはそんな力はない。
「……とんだ無駄足だったわ」
ーーーため息をつき、異界の扉を開こうとした、その時だった。
「っ……!? 」
背後から感じた、鋭い殺気に、反射的にその場を飛び退く。
ーーー振り返り、後ろを振り返ると、私が元いた場所には深々とクナイが刺さっていた。
「……随分な挨拶だこと」
そう、内心の動揺を押し隠して私は殺気を振りまくその人物を見据えた。
「ーーーへぇ? 今のを避けるんだ? おねぇさん、凄いね」
ーーー笑いを含んだその声は予想以上に幼い、少年のものだった。
ーーー月明かりに照らされて闇夜に浮かび上がった純白の水干姿。
顔にはつり目の狐面が付けられており、そこからチラリと見える髪は漆黒だった。
「……あなた、『金毛九尾』?」
「単刀直入だね、おねぇさん。そうだよ? ボクがみんなの正義の味方、『金毛九尾』だよ☆」
「……ありえないわ。『金毛九尾』は30年前からいた人斬り。せいぜい10歳そこらのあなたが『金毛九尾』なわけがない。大方、二代目、といったところかしら」
ーーー私の推理に、「金毛九尾」は楽しげな笑いを漏らした。
それは、明らかにこちらを嘲笑する笑いだった。
「お馬鹿なおねぇさん。ボクは二代目なんかじゃないよ? 正真正銘の、『金毛九尾』」
「だから、それはありえな……」
「その理由なら、おねぇさんが説明できるんじゃない? 」
「……」
ーーーそれは、予想していなかったことではなかった。
ーーー残虐非道な人斬り、「金毛九尾」。
その、「金毛九尾」という呼び名は、かの中国の大妖怪、「九尾の狐」の名を、指している。
「……そう」
ーーー私は、目を細め、「金毛九尾」の「気」の流れに目を凝らした。
「……っ……なるほど、そういうこと」
ーーー相手の「正体」を「視た」私は。
「……っ、乱桜っ!!」
ーーーそう、叫んだ。




