第130話 惨殺事件
【桜庭瑞希】
「うーん、久しぶりの巡察だなぁ〜」
「そうだね」
朝食後。私は総司とともに巡察へ行くことになった。
昨日から体調を崩しているハルのことは、本人の希望もあって、今はゆっくりと療養することになった。
そもそも、今回の体調不良は一般的な風邪ではないため、医者は役に立たない。
本人曰く、ゆっくり休むこと以外、治療法はないのだそう。
もっとも、このことは私と総司、そして一しか知らないことではあるのだが。
「……ねぇ、瑞希ちゃん。なにかな、あれ? 」
「え? あれ? 」
「うん」
頷き、総司は斜め右前……店と店の間の路地ーーーにできた人だかりを指差して首をかしげた。
「何かあったのかな? 」
「……みたいだね」
「辻斬りでもあったのかなぁ? 」
「げっ。嫌なこと言わないでよ、総司」
「まぁとにかく、だよ。行ってみようか」
「ええっ!? 」
私としてはものすごーく嫌な予感がするから行きたくないんだけど。
気乗りしない私の内心を知ってか知らずか、総司は嬉々とした表情で人だかりへと近づいていく。
そんな総司を、ちょうど振り返った子供連れの、30歳くらいの女の人が見て、驚いたように目を見開いたのち、顔を真っ青にして後ずさった。
その恐怖に染まった視線は総司が身にまとっている浅葱色の段だら模様に注がれていた。
「み、壬生狼……!!」
「……」
呻くようにつぶやかれたその言葉に、総司がピクリと眉根をあげる。
そんな総司を見て、女の人はますます顔を青ざめさせた。
「っ、そ、総司っ!! 怖がらせちゃダメだよっ!? 」
「……ふん。別に、怖がらせてるつもりなんてないよ」
不機嫌そうに眉根を寄せ、プイッとそっぽを向く総司。
私は慌てて怯えている女の人に頭を下げた。
「すみませんっ!! 怖がらせてしまって……」
「っ!! 」
ーーーが、彼女はますます顔を引きつらせ、逃げるように子供の手を強引に引いて走り去っていった。
「……失礼な女。まるで、僕たちが化け物か何かだとでも思ってるみたいだね」
「……仕方ないよ新選組、評判悪いから」
ーーー「新選組は京で評判が悪かった」。
それは、私の時代でも言われていたことだ。
だから、私自身、それなりに覚悟はしていたが、こうも完全に拒否されるとなんだか辛い。
平隊士の中には、確かに、酔って色々とやらかす人もいたし、芹沢さんがやらかしたせいで、新選組の評判は最悪である。
ーーーそれに、もともと京の人たちは長州贔屓なところがあるし。
ーーーそういうところも、少しでもいいから変えていきたい、と思うのは、欲張りすぎなのだろうか?
「おい……壬生狼だぜ」
「本当だ……目を合わせたら斬られるかもしれねぇ」
ーーーさっきの私たちのやりとりが集まっていた人たちの注意を引いてしまったのか、私と総司が着ている浅葱色の隊服を見ながら、皆、口々にそんなことを言い合っている。
「……くっだらな。言いたいことがあるならはっきり言えばいいのに」
「……普通言えないでしょ」
「ま、どうでもいいや。ーーーねぇ君達。こんなところに集まって何してるんですか? 」
ーーー退屈げに言い捨てた総司は続けて恐怖の目で見つめてくる集まった人たちへ向け、そう、貼り付けたような冷笑と冷えきった口調で言い放った。
その瞬間、しん、と静まり返る人々。
「……僕は質問しているんですけどね。まぁいいや。答える気がないなら自分で確かめるから、ちょっとよけてくれますか?」
ーーーその顔に浮かんだ笑みは、元が整っているだけに完璧だが、ゾクリとするほどに冷ややかだった。
そんな総司の明らかに喧嘩を売っている言葉に、しかし、誰も反抗の意志は見せず、モーセの十戒もかくやというように、人混みが左右に割れていく。
当の総司はそれを冷たく一瞥し、さも当然のように、スタスタと空いた道を歩いていく。
「……うわぁ。普通に通ってるし」
「なにしてるの、瑞希ちゃん。早く来なよ」
「う……わかったよ……」
総司のさも当然と言わんばかりの言葉に、私は渋々、皆の戦々恐々とした視線が突き刺さる中をいたたまれない気分で通り抜けた。
ーーーと、先導を切って進んでいた総司がある一点を見つめて立ち止まった。
「ねぇ、なんかあった、総……っ!? 」
そう言いかけ、私は目の前の光景に、今まで気になって仕方がなかった視線のことも忘れて言葉を失った。
「なに、これ……」
ーーーこの時代に来て、残念ながら見慣れてしまったソレによって真っ赤に染まった路地。
そこには、もはや肉塊と化したモノが地面に転がっていた。
ーーー私は一瞬、それが一体何なのかわからず、一歩踏み出し、が、足先に何かが触れたので、目線を足元に向けて。
「っ!! 」
そこに転がっていた、人間の腕らしきものに、声にならない悲鳴をあげた。
「なんなのっ、これっ……!! 」
私はその非日常的すぎる事態が飲み込めず、半ばパニックを起こしながらそう叫んだ。
「……人の残骸、おそらく人数は3人、ってところか」
そんな私に対し、総司はあくまで冷静にそんな風に分析した。
「しかも、こいつら、多分浪士だね」
「え……? 」
「ほら。そこに刀が落ちている。かろうじて残ってる着物からして、多分浪士か何かだと思うよ」
「刀……? 」
「あそこだよ」
確かに、総司が指差した方向には、鞘の抜かれた抜き身の刀が二本と、鞘に収まったままの刀が一本、それぞれ落ちていた。
「って、鞘に収まったまま……? 」
それって、つまりーーー?
「つまり、少なくとも1人は、刀を抜く間も無く殺されたってことだよ」
「!! それじゃあ、犯人はそれなりの手練れだったってこと? 」
「まぁそうなるだろうね。その後の2人は刀を抜いてるし、それでも彼らは斬られたんみたいだから。例えば、僕や、瑞希ちゃんならできないことはないでしょ? 」
「……できないことは、ないよ」
ーーーとはいえ、無闇に人を殺すなんてことはしないが。
「……それよりさ、瑞希ちゃん」
「え、まだ何かあるの? 」
付け足すような口調の総司の顔を見上げると、呆れかえった視線が降ってくる。
「……まさか、君、それに気づいてないの? 」
「へ、それ? 」
総司は私の問いには答えず、無言である一箇所、見たくない光景の奥へ視線を向けた。
その視線をたどった先には……。
「……狐の、お面……? 」
それは、お祭りの時や京都のお土産屋で見かけるような、つり上がった目が特徴の血に濡れた狐のお面だった。
「どうしてこんなところに……? 」
「それがわからないから問題だって言ってるんでしょ」
再び、総司の呆れを通り越して小馬鹿にした言葉が突き刺さってきた。
「とにかく、そろそろ騒ぎに気付いた奉行所が来るだろうし、僕たちは一旦屯所に帰ってこのことを土方さんたちに報告しよう。話はそれからだよ」
「う、うん……」
ーーー一体何の理由があったのかはわからないが、見るも無残にバラバラにされた3人の浪士。
現場に残された、狐のお面。
ーーーそういえば、狐といえば……。
『僕の母、葛の葉は「天狐」と呼ばれる高位の妖でした』
ーーーハルの母親もまた、「狐」の妖。
もちろん、今回の事件にハルが関わっているなんてこれっぽっちも思っていない。
おそらく犯行が行われたであろう昨日の夜は、ハルはずっと私の側にいたのだから。
けれど……。
なぜだろう?
こうまで、その「狐」もいう言葉に引っかかるのは。
ーーー私をこの時代に飛ばした時にいたのも、真っ白な「狐」だった。
はたして、それらは本当に偶然なのだろうか?
「瑞希ちゃん? なにしてるの? 早く戻るよ」
「!! あ、うん! 今行く!! 」
訝しげな総司の呼びかけに、ハッとして思考を中断する。
ーーーとりあえず今は屯所に戻ろう。
それから考えても遅くはないはずだ。
そう、自分を納得させ、私は総司の後を追いかけた。




