第129話 悪戯はほどほどに
【桜庭瑞希】
「う、ん……」
ーーー朝……?
「ふわぁ……」
眠……。
「あ、そうだ……」
ハルはどうなった?
チラリと視線を隣に走らせる。
ーーーどうやら、まだ眠っているようだ。
ーーー熱、下がったかな……?
そっと気配を立てないように立ち上がり、そばへ寄ってみる。
「ん……瑞希、さん? 」
「あ。ご、ごめん。起こしちゃった? 」
「いえ……」
ぼんやりと開かれた紫色の瞳は力なく、弱々しい。
「熱は……まだあるみたいだね……」
額に触れてみると、まだかなり熱かった。
「……この体調不良は、どちらかというと、疲労と妖力に関わること、なので……。少し、長引くかも、しれません……」
「そっか……」
単なる風邪じゃないなら、薬でも治らないし。
「ーーーハル、あと、多分瑞希もいるよね? 入るよ」
「あ、原田さん」
と、そこへ、ちょうどのタイミングでやってきた原田さんは、横になったままのハルと私を交互に見比べ、意地悪い笑みを浮かべた。
「なんだか、まるで瑞希が彼のところへ、夜這いしてきたみたいだね」
「よ、夜這っ!? 馬鹿言わないでください原田さんっ!! 」
突然何を言いだすんだ、あんたは!!
「ははっ。冗談だ。それより、ハルは……まだ、よくなってないみたいだね」
「……すみません」
「謝る必要はないよ。さて、と。瑞希はちょっと外に出ていてくれるかい? 」
「は? なんでですか? 」
なぜに私が退出させられる?
が、私の疑問に、原田さんはさっき同様、悪戯めいた表情で目を細めた。
「おや? これは知らなかったな」
「な、なにをですか」
「よもや、瑞希が男の着替えを覗く趣味があったとはね」
「……は? 」
ーーー着替え?
ーーー覗く?
「っ!!」
ーーーそれらのキーワードから、今から原田さんがなにをしようとしているのかを理解した私はバッと立ち上がり、原田さんを睨みつけた。
「そ、そういうことならそうと言ってくださいっ!!」
「ぷっ、ははははは!! 瑞希、顔がタコみたいになってるよ!! 」
「誰のせいだと思ってんですかっ!! ええ、わかりましたよっ!! 私はさっさと外に退散しますっ!! 」
「うんうん。よろしくね❤︎ 」
ーーー憎たらしいことこの上ない笑顔だね、本当に!!
最後にそんな原田さんの無駄に整ったいじめっ子の笑顔を睨み、私は一旦自分の部屋へ戻って着替えを済ませた。
「な、なにをしてるんですか、左之っ!? 」
ーーーと、隣の部屋から、甲高い怒鳴り声が聞こえてきた。
「ん?この声は……平助君?」
ーーー聞こえたのは隣からだけど……。
ハルの部屋、だよね?
何かあったのかな?
様子を見に、慌てて廊下へ出てみると、なぜか顔をさっきの私のように真っ赤にした平助君と、笑いを堪えるかのような表情の原田さんが向かい合っていた。
「平助君? どうかしたの? あと原田さんは終わりました? 」
「み、瑞希……」
「ふふっ、ああ、終わったよ。少し疲れてしまったようだから、今は眠っているけどね」
「そうですか……」
風邪ではない特殊な体調不良出会ったとしても、疲労も原因のうちだから、寝れば良くなるよね。
「それで。どうして平助君は顔を真っ赤にしてるの?」
「っ!!そ、それは……」
「ふふ、はははっ!! そりゃあねぇ、瑞希……」
「さ、左之っ!! 」
「俺が、ハルを襲っていると勘違いして自爆したんだよ」
「はぁ?」
襲ってる?
まさか……。
「な、原田さんっ!? まさか、ハルのこと襲ったんですか!? 具合悪くて抵抗できないハルを!? み、見損ないましたよっ!! 」
「って、なんでそうなるの、瑞希!?俺はただ、着替えを手伝っただけだよ!?それを平助が勘違いしただけだから!! 俺、そんなに信用されていないのかい!? 」
「そりゃあだって、原田さんは土方さん以上の節操なしですもん」
「いやいや、いくらなんでも抵抗できない子を襲ったりしないよ!? それに、俺を土方さんみたいななりふりかまわない女たらしと一緒にしないでくれるか……」
「……誰がなりふりかまわない女たらしだって?」
「「「あ」」」
こ・の・こ・え・は。
ーーーハッとして振り返る原田さんの視線の先にーーーーーーーーーーーーー。
ーーー大魔王様がいらっしゃいました。
ーーーそれはそれは怖ぁい顔をした大魔王様がいらっしゃいました。
ーーー鬼だの悪魔だのといったものでさえ尻尾を巻いて逃げそうな憤怒の表情で立っていました。
「ひじ、かた、さん……」
普段は飄々とした態度の原田さんでさえ、顔を恐怖に引きつらせて金魚みたいに口をパクパクさせている。
そんな原田さんを冷え切った眼差しで氷漬けにしたのち、土方さんの視線がこちらを向く。
「瑞希」
「は、はいっ!! 」
「小鳥遊の様子はどうだ? 」
「へっ!? あ、えっと、まだ熱が下がってないようなので、今はそこで寝てます」
「……そうか」
土方さんは小さく頷き、開け放たれた襖の奥を確認するように一瞥してから、今度は私と平助君を交互に見比べて言った。
「瑞希と平助は先に朝飯食いに行ってろ」
「「は、はい」」
「それじゃあ俺も……」
「左之は残れ」
「…………」
ーーー原田さん、ドンマイ。
やっぱり逃げられなかったね。
「……原田さん、頑張って生きてください」
去り際、そう耳元で囁き、平助君と伴っていつも朝ご飯を食べる部屋へと歩き出す。
ーーー最後にチラッとみた原田さんの背中は今までにないほどの悲壮感が漂っていたーーーーーーーーーーーーーー。




