第127話 帰還
【桜庭瑞希】
山崎さんと晴れて再会した翌日。
私たちは早朝、宿を出て京都へと帰還することになり、屯所へ着いたのは夕方頃だった。
「あ〜疲れた〜」
例のごとく歩き疲れた私は部屋に着いた瞬間ペソッと畳の上へ寝転んだ。
屯所待機組だった平助君たちとさっき会って話をしたところによると、私たちがいない間、結構巡察忙しかったらしい。
まぁ、人数減ってたからシフトが回らなかったんだろうね。
「おーい、瑞希〜。いるかぁーーーー? 」
「あ、新八君! いるよ! 」
と、部屋でダラダラしていた私の元へ、居残り組の一人である新八君がやってきた。
「そろそろ飯の時間だから行こうぜ」
「あれ、もうそんな時間? 了解! 今行く」
いつの間にか帰ってから結構時間が経ってしまっていたようで、慌てて乱れた着物を整えて部屋を出る。
呼びに来た新八君、そして途中でてあった平助君、原田さんたちとともにいつもの通り食事をする部屋へ向かうと、そこにはすでに幹部のほとんどが集まっていた。
「遅いぞ、お前たち」
「ひ、土方さん……。食事の時まで眉間にしわ寄せないでくださいよ……」
「あぁ? 」
「……いえ、なんでもないです」
……あんたはいちいち眼垂れるのやめてくれません?
「ん?あれ?ハルは?」
ーーーそこに、いつもいるはずのハルの姿が見当たらない。
「ハル?誰のことだい? それ? 」
「あ、そっか。原田さんたちは知らないんだった。ハルっていうのは、桔梗君の渾名だよ。向こうで総司たちと考えたの」
首をかしげた原田さんたちと待機組にそう説明すると、3人はなぜか「総司」という言葉にピクリと肩を震わせた。
当の総司はなぜか勝ち誇ったような笑みを原田さんたちに向けている。
「……名前呼ぶようになったんだ」
「??? 何か言いましたか、原田さん? 」
「……いや、なんでもない。それはそうと桔梗、いや、ハルのことだったね? 」
「ああ、はい。ハルはどうしたんですか? 」
呼ぶのを忘れたってことはないだろうし。
いつも一緒に食べるのに、なんでいないんだろう?
「さっき、俺と平助で誘ったんだけど……食欲がないからいらないって言われたんだよねぇ」
「えっ……? 」
「あまり、顔色も良くなかったですから、体調が悪いのかもしれません」
心配げな表情の平助君がそう補足する。
「そんな……」
「色々と大阪では忙しかったから、疲れが出てしまったのかもしれないね。彼は少々病弱体質みたいだから」
「えっ!? そうなんですか、山南さん!? 」
「本人曰く、そうみたいだよ」
「そ、そうだったんだ……」
そんなこと、全然知らなかった。
「ハル……大丈夫かな……?」
「そんなに心配なら、メシ食ってから様子見に行こうぜ、瑞希」
「そうですね。それがいいです」
「じゃあ行ってみようか」
新八君の出した名案に、皆同意するように頷く。
「って、おい、左之はともかく、平助と新八は夜の巡察だろーが!! 」
「あっ!! 」
「忘れてた!! 」
「あ、じゃねぇ!! 」
ーーーそんな会話から、最初であった時は「近寄りがたい」とか言われていたハルがみんなに受け入れられてるんだなと痛感し、なんとなく温かい気持ちになったのだった。
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「と、いうわけで来たんだけど……迷惑だったかな?」
ーーー場所は変わり、ハルの部屋にて。
食事を終えた私、原田さん、山南さんの3人は部屋で休んでいるハルのところを訪れた。
ちなみに、同じくあの場にいた総司と一は「あまり大勢で押しかけては負担になるから」と来るのを遠慮したのだった。
「えっ、と……いえ、迷惑なんて、そんな……」
布団の上で身を起こしたハルが驚いたように紫の瞳を見開き、小さく首を横に振った。
「押しかけたようで申し訳ない。それで、体調の方はどうだい?」
苦笑を浮かべた山南さんの問いに、ハルは淡い笑みを浮かべて言った。
「……少し横になったらよくなりました。心配をおかけして申し訳ありません」
「そう、かい?それならいいが……」
困ったように、山南さんが私の方を振り返る。
なんとなくその意図を察した私はじいっとハルの顔を覗き込んだ。
「あ、あの、瑞希さん……?」
「……やーっぱり嘘だ」
「え」
ーーーその顔を覗き込んで彼の本当の体調を看破した私はムッと唇を尖らし、ハルを睨み上げた。
「本当は起きてるのも辛いんでしょ? 」
「っ!!」
ビクリ、と肩が跳ねる。
その反応を見た原田さんが肩をすくめて首を振った。
「どうやら図星、みたいだねぇ」
「う……」
決まり悪げに逸らされる紫の瞳が、私の言葉を確かに肯定していた。
「まったく!! これだから君は!! 辛いなら辛いってはっきり言う!! ほら、早く横になりなさいっ!! 」
そう強い口調で言って目を丸くしているハルを強制的に横にならせる。
ーーーその時触れた彼の体は私が思っていた以上に熱かった。
そのことが、私の怒りスイッチをポチりと推し進めた。
「み、瑞希さんっ……!?」
「病人は寝る! これ常識!! わかった!? 」
「は、はいぃ……」
ーーーなんか、ハルが怯えたように涙目になっているのは気のせいだろうか?
「うわ、すっごい剣幕……」
「ははははは。瑞希君、ハル君の母親みたいだね」
そんな、原田さんの弱冠引き気味の言葉と山南さんの苦笑混じりの言葉を聞き流しつつ、私はハルの看病を開始した。
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【蘆屋道満】
「……晴明?」
晴明の「気」が、弱くなった。
「……妖力の暴走……」
大きすぎる力が、彼の体内で暴走することによって引き起こる体調不良。
彼の体質は、私じゃ変えられない。
私もまた、彼と同じ半妖の身。
けれど、私と彼とでは、混じった妖の血の「格」が違う。
私のは、色に惑った愚かな下級妖の血。
それ故に、大した妖力は受け継がなかった。
けれど。
晴明は違う。
その身に引くのは神にも近いと言われる天狐の血。
その莫大な妖力と、そしてあの縛り。
晴明を、人間どものいい「道具」とするために「あいつら」がつけた契約の縛り。
「あいつら」は、「あの事件」の責任を全て晴明に押し付けて、そのくせ晴明が持つその大きな力を惜しんだ結果、晴明に付けられた胸糞悪い契約の楔。
それは、ただでさえ自らの力によって弱った晴明の体を強く蝕む。
ーーーそれでも、その処置はまだマシな方。
もし、「あいつら」が、「あの事件」の真実を知ったら晴明に何をしていたか。
考えただけでゾッとするわ。
ーーー晴明は何も悪くないのに。
「あいつら」なら、確実に、今よりもひどい処置をしたはず。
ーーーそれがわかっていたから、「彼ら」はあの時の選択をせざる得なかった。
それが、「彼ら」の贖罪であり、また、彼らの「主」を守るための唯一の手段だから。
たとえ、そのことが、「主」を傷つけることになったとしても。




