第126話 勧誘
ーーー甘味処の前で私とぶつかった人物。
それはーーーーーーーーーーーーー。
「や、山崎さんっ!?」
「あなたは……桜庭さん」
ーーーくっきり二重の、特徴的な濃い緑の瞳が見開かれる。
彼ーーー山崎さんは驚いた顔を一転、心配げな様子で私の顔を覗き込んだ。
「すみません。怪我はないですか?」
「あ、はい!全然大丈夫です!こちらこそ飛び出してきて、すみませんでした!」
もう一度ぺこりと頭を下げ、そう口早に言うと山崎さんは何を思ったのか、クスリと小さな笑みを漏らした。
「それにしても……まさかこんなところで出会うとは。今はお一人ですか?」
「あ、いや……」
言いかけ、そういえば、と後ろを振り返ると……。
……。
おお。
「……」
土方さん……。
大変怒っていらっしゃるようで……。
「……おい」
「は、はいぃっ!?」
「……誰だ、その男は」
「そ、それは……」
ーーー土方さんのこと、忘れてしゃべっちゃったせいか、ものすごーく不機嫌になってるぅっ!!
うう、どうしよう……。
山崎さんと出会った時の「あの事件」のことは土方さんには秘密にしているのだ。
だからいうわけにはいかないのに……。
「私と桜庭さんはちょっとした知り合いですよ。一度、江戸でお会いしたことがあって。……申し遅れました、私は大阪で医者のようなことをしている、山崎丞といいます。以後、お見知りおきを」
ーーー押し黙った私を見て、事情を察したのか山崎さんがそんなフォローを入れてくれる。
「医者……?ふん、まぁいい。俺は土方歳三。瑞希の、いわば上司だ」
「……ということは、新選組の方なのですね?」
「……ああ。というか瑞希、テメーはこいつに自分が新選組隊士だっつーこと言ったのかよ」
「え、あ、はい。な、成り行きで……」
「成り行きだぁ!?ったく、お前ってやつは……!!」
怒りと呆れを足して割ったような顔の土方さんにポカリと拳骨を落とされる。
「あう……」
じ、地味に痛い……。
土方さんの鬼……。
「……瑞希、お前、今失礼なこと考えてるだろ」
「ええっ!?なんでわかったんですか!?」
「やっぱりかよっ!?」
「ぎゃん!」
ーーー無慈悲にも、もう一発降ってくる拳骨。
これはさっきよりも痛かった。
「はははっ。仲がいいんですね、あなた方は」
ーーーそんな私たちを見た山崎さんが、笑い声を漏らしながらそんなことを言う。
「そんなんじゃないですっ!!」ねぇっ!!」
「はははははっ」
ーーー笑われてしまった。
土方さんなんかは眉間に深〜いマリアナ海溝ができている。
いや、サクラダファミリアの屋根かな?
ほら、あれ、なんかギザギザしてるじゃん。
「……瑞希、お前、また失礼なこと考えてるだろ?」
「ふん!今回はその手には乗りませんよっ!!そうやすやすと『失礼なこと考えてます』なんていうわけないじゃないですか」
「……じゃあやっぱり考えてたんだな?」
「ええもちろんっ!!……あ」
「なに堂々と頷いてんだよ馬鹿野郎っ!!」
「ふぎゃん!!」
額に青筋を浮かべた土方さんの鉄拳が振るい落とされる。
ーーーおおう。
これぞ北欧神話に出てくるトールの「ミョルニル」。
破壊力半端ないわ。
ーーーと、その時だった。
ガシャン!
「おいっ!!なにしてくれてんだっ!!俺の着物にかかったろうがっ!!」
「す、すんまへん」
「すみませんで済むかよっ!!」
!!
ーーー今の声……。
甘味処から聞こえる!?
そう思い、急いで振り返ると、甘味処の表に出ている客席で、見るからに荒っぽい感じの浪士三人組がお店の女の子をそう怒鳴りつけていた。
「べ、弁償はしますんで、許してください」
「これは気に入ってたんだぞ!?弁償で済むわけねぇだろ!……お前、結構上玉じゃねぇか。お詫びに俺らの相手、してくれるよなぁ?」
「ヒッ……」
下卑た笑みを浮かべた男たちはそんなことをのたまうとおびえた様子の女の子にの腕をぐいっと引いた。
ーーーなんなんだよ、あいつらっ!?
あんな可愛くて優しそうな女の子に寄ってたかってーーーーーッ!!
私はああいうのが一番腹たつんだよっ!!
そう頭の中で思った瞬間、私は女の子と男たちの間に体を滑り込ませていた。
「なにやってるんだよ、あんたたちっ!?」
「あぁ?なんだこのガキ?」
「お前らみたいな下衆に名乗る名前はないよ!」
「んだと!?」
私はよく総司が他人を嘲笑する時の笑みをお手本に、男たちを嘲笑って言った。
「着物ごときで弁償とか、バッカじゃないの?こーんなくたびれた着物がお気に入りとか、あんたの感性おかしいんじゃない?趣味悪ぅー!!」
「こ、このガキッ!?」
「やろうってんのか、あ!?てめーみたいなチビガキ、締めることなんざわけねぇんだぞ!?」
「チビ……っ!?よしその喧嘩かったぁ!!」
ーーーだーれがチビだっ!!
ああそうだよっ!!
どーせ私は中一に成長止まったよ!
悪いかっ!?
「っておい馬鹿野郎っ!テメェが喧嘩買ってどうすんだよ!?私闘は禁止だっての!!」
そんなやる気上等の私に、土方さんが慌ててストップをかける。
「なんでですかっ!?うられた喧嘩はかうのが常識ですっ!!」
「そうだな、それは正しい……って、違う!!色々間違ってるだろっ!?」
「なんでさっ!?土方さんの石頭っ!!下手な俳句ばっかり作ってる下手の横好きっ!!」
「よっしゃあその喧嘩かったぁ!!!」
「うぎゃあああああ!?」
「……お二人とも」
「へ?」「あ?」
「終わりましたよ」
「「は?」」
ーーーいきなり抜刀した土方さんの刀に応戦してレイピアを抜いて受け止めた私はそんな山崎さんのなんとも言えない呆れを含んだ声に、我に返ってさっきの浪士たちの方を見ると……。
「あ、あれ?」
ーーー全員気絶してる?
「お前がやったのか?」
「はい」
唖然とした土方さんの問いに、笑顔で頷く山崎さん。
その手には刀の鞘が握られていた。
「……お前、医者のくせに武術の心得があんのかよ?」
「ええ。まぁ」
「そうか……」
ため息をつき、土方さんは私とのつばぜり合いを止めて刀を収める。
「お前……山崎って、言ったな?」
「ええ、そうですが……?」
「……新選組にはいらねぇか?」
「え?」
「あ、それいいですね!!」
山崎さんはいつかは新選組に入るはずだったんだし!
その時期に関しては色々な説があってわかんなかったんだけど、今だったんだ……。
「どうだ、山崎?」
「…………」
そんな真剣な言葉に、山崎さんはじっと土方さんを見つめた。
「……少し、考えさせてください」
慎重な、言葉を選ぶような口調で山崎さんは言った。
「今年中に結論を出します。入隊を決めたら、私から連絡する、というのでも構いませんか?」
「……わかった」
山崎さんの提案に、土方さんはしばし考えるようなそぶりを見せた後、納得した顔で頷いた。
「それでは、桜庭さん、土方さん、私はこれから仕事がありますので、これで失礼いたします」
「あ、はいっ!!山崎さん!」
「はい?」
「また会いましょうねっ!!」
「!!」
「……ふん」
山崎さんは、必ず新選組に入隊する。
それを知っている私はそう、笑顔で手を振りながら言った。
ーーーそんな私を、山崎さんは目を見開いて、土方さんは呆れたように見返した。
ーーーその後、私たちは山崎さんを見送り、日もだいぶ傾いてきたので宿に戻ることとなった。
「山崎さんに会えてよかったなぁ。土方さんも、山崎さんのこと気に入ってくれたみたいだし!」
「ふん。俺が気に入ったのはあいつ自身じゃなくて、あいつの技だ」
「またまたぁ〜土方さんはいっつもそういうことを言う!だから友達できないんですよ?」
「んだとゴラッ!?」
「もうその手はくわないっての!!」
拳を振り上げた土方さんの横をするりと抜け、全力で逃げ出す。
「あっテメェ、まちやがれっ!!」
「やなこった!!」
待てって言われて待つやつなんていないし!
でもこれ、なんか既視感。
ーーー頭でそんなことを考えながら、私は全力で土方さんから逃げ出した。
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「はあっ、はあっ……」
ーーーな、なんとか撒けた、か?
まったく、土方さんのしつこさといったら!
なんてしぶといんだ……。
「っと、土方さんに見つからないうちに、早く宿に帰らないと」
ーーーそう独り言を漏らし、方向転換して走り出した瞬間。
「っ!!」
「あっ!!」
ーーー私は横道から飛び出してきた人物とまたもや衝突した。
が、今回は私がコケることはなく、代わりに相手の方が尻餅をついてしまった。
ーーー地面に転がったのは、10に届くか届かないかの年頃の幼い少年だった。
「ご、ごめんっ!!怪我はないっ!?」
慌ててその小さな体躯を助け起こし、顔を覗き込む。
「……ううん、大丈夫だよ、おにぃさん」
ーーー少年はそう、にっこりと笑っていい、とんっ、と軽やかに立ち上がる。
ーーー無邪気な笑みを浮かべたその顔は人懐っこく、幼いながらも端正に整っていて、サラサラの黒髪は腰まで伸び、それは低い位置で一つに束ねられている。
「本当に、ごめんね」
「ふふっ、大丈夫だよ。心配してくれてありがとお。それじゃあボク、もう行くね。バイバイ、おにぃさん♪」
ーーー少年はそう言ってパタパタと手を振りながら走り去っていった。
「可愛い子だったなぁ……」
弟にしたいタイプだよね、あれは。
「!!見つけたぞ、瑞希ぃっ!!」
「げっ」
ーーーうわ、土方さんだっ!!
見つかっちゃった!!
よし、逃げるが勝ちだっ!!
「ま〜ち〜や〜が〜れぇええええええええええええええええ!!!!!」
「ぜぇーーーーーーったい嫌!!」
かくしてリアル鬼ごっこ第2弾が幕を開くこととなったのだったーーーーーーーーーーーーーーー。
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【???】
「……ふん、ふん♪」
今日はいいことあったな♪
道で優しいおにぃさんに会えた♪
いや、違うね。
おにぃさんじゃなくて、おねぇさんだから。
「 通りゃんせ 通りゃんせ♪」
「ここはどこの 細道じゃ♪」
「天神様の 細道じゃ♪」
「ちっと通して くだしゃんせ♪」
「御用のないもの 通しゃせん♪」
「この子の七つの お祝いに♪」
「お札を納めに 参ります♪」
「行きはよいよい 帰りは怖い♪」
「怖いながらも♪」
「通りゃんせ 通りゃんせ……♪」
今話で第10章は完結です。
あ、嘘です。
次回の小話で終わりです、はい。
第10章、終わりにて。
新しい【???】が登場しました。
この【???】は一体何者なのか。
これは次章までのお楽しみです(笑)
みなさん、お分かりになられているかと思いますが、次章はこの【???】とのお話になります。
おそらく、第十一章は今章とは印象がガラリと変わって歴史、というよりはミステリーのような展開になると思いますので、よろしくお願いします^_^
ではでは。




