第124話 桜散る
【斎藤一】
「み、瑞希……!?」
「うみゅ……」
「っ!!」
ーーー瑞希の小さな体躯が胸の中で上下する。
その顔は、安心しきったように和やかで幸せそうだった。
「っ……」
ーーーあの後。
荷物を持ってやってきた瑞希を部屋へ出迎え、簡単な夕食を済ませた後、疲れていたのか瑞希は俺が敷いていた布団に倒れこむように入って眠ってしまった。
ーーーそこまではよかった。
の、だが。
「なぜ、こんなことに……」
ーーー今現在、瑞希は俺の布団の中にいた。
その理由は、断じて俺が無理やり抱き寄せたからではない。
ーーー寝ぼけた瑞希が自らはいってきたのだ。
しかも。
「……離れない……」
一体、どこにそんな力があるのか、瑞希の手は俺の着物をきつくつかんで離さない。
「くっ……」
ーーー男のソレとは違う、女子らしい甘い香りが鼻をかすめた。
その上、寝乱れたせいか、胸元は今にも開きそうだった。
「修行か、これは……」
ーーーまったく、無防備にもほどがある。
男の布団に自ら入ってくるなど……。
「……」
ーーー相変わらず瑞希は穏やかな寝顔で眠っている。
いつもは好奇心旺盛に開かれている澄んだ瞳は閉じられていて、その寝顔は起きている時以上にあどけなく、幼い。
「う、ん……」
「っ!!」
ーーーああ、まったく。
なんて声を出すのだ。
寝顔は幼いというのに、時折漏らす吐息は女のソレだった。
「はぁ……」
ーーー今夜は眠れそうにないな。
だが、これも悪くはない。
今、この時だけは。
こいつを独占することができるのだから。
「瑞希……」
お前は、未来から来たと言っていた。
ならば、お前はいつか、元の時代に帰ってしまうのだろうか?
「瑞希。お前は、元の時代に帰りたいか……?」
お前は、元の場所へと帰れば人を斬らないで済む。
ーーーその方が、お前にとっては幸せなのではないかーーーーーー?
瑞希がいなくなるのは悲しい。
だが。
それがお前の望みだと言うのならば。
それがお前の幸せだと言うのならば。
その時は。
俺は黙ってこいつを送り出してやろうーーーーーーーーー。
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【桜庭瑞希】
ーーーあれ?
ここはどこだろう……?
空から、桜の花びらが散ってくる。
そんな中で、私は地面に仰向けになって空を見上げていた。
起き上がろうにも、体が動かない。
ただ、散ってくる桜を見上げることしかできないのだ。
ーーーここは、一体どこなのだろうか?
ーーーと、そこへ。
タタタタタッ!
ーーー慌ただしい足音が聞こえる。
どうやら、その音の主はこちらへ向かってきているようだった。
ひらり
ひらり
ーーー桜が降りしきる私の視界に現れたのは。
「……!!」
ーーーハル……?
ーーー純白の髪は今よりも長くて、おおよそ腰まであるせいか、今よりも中性的さが目立って女の子のように見える。
ーーーこちらを見下ろす紫色の瞳は大きく見開かれていて、なぜか大粒の涙が浮かんでいた。
「……!!……!!」
桜の花びらと一緒に、大粒の雫が落ちてきた。
ハルは何かを叫んでいるようだったが、それは私には聞こえない。
ーーーどうしてハルは泣いてるの?
どうしてーーーーーーー?
ーーー悲痛に歪められたその表情に、胸がぎゅっと締め付けられるような痛みを感じた。
ーーー泣かないで。
ーーーお願いだから。
ーーーそんな顔しないで。
言いたいのに、言葉が出ない。
私はどうしたらいいんだろう?
ーーー泣いているハルを見上げているうちに、堪え難い眠気が襲ってくる。
ーーー眠りたくない。
ハルが泣いてるんだから。
慰めてあげたい。
そう強く願う。
ーーーそれなのに。
なすすべもなく、落ちていく。
私の意識が、暗闇へと、落ちていく。
ーーーそして、私の意識が落ちる直前。
ーーーーーー私の頬を、熱いものが伝ったーーーーーーーー。
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「……な」
ーーー誰かの声が聞こえる。
ーーー幼い子供をあやすような、そんな声。
「……泣くな、瑞希」
ーーー意識が覚醒していく。
目を開くと、そこには心配そうな表情で私の顔を覗き込む一がいた。
「……はじ、め……?」
ーーー彼の顔を見上げた時、初めて私は自身の瞳から流れ出る涙に気がついた。
「わたし……泣いて……?」
ーーーなにか、悲しい夢を見ていたような、そんな気がする。
内容は思い出せないけれど、とても悲しい夢。
「怖い夢でも、見たのか?」
「ううん、違う……すごく、悲しい夢……。内容は忘れちゃったのに、悲しい夢だってことは覚えているんだ……」
「……そうか」
一はほのかな微笑を浮かべ、私の頭をゆっくりと撫でた。
なぜだろうか。
それだけで、ほんわりと胸があったかくなっていく気がする。
一の優しい手つきに、私はされるがままに身を委ねた。
「……瑞希」
「……?」
「お前は、元の時代に戻りたいか?」
「え……
?」
ーーー頭を撫でながら、一がそんなことを言ってくる。
昨夜の総司のように、何かを恐れるような、すがるような瞳だった。
「……私は……」
ーーー元の時代に。
「戻りたくない、よ」
「!!」
「まだ、私には……やることがあるから」
みんなを助ける。
新選組の仲間を救う。
ーーーまだ、帰るわけにはいかない。
「……苦しくはないか?」
「苦しい……?」
「お前がいた時代は、平和なのだろう?ここにいれば、お前は命の危険にさらされるかもしれない。人の命を奪うことだってある。それでも、それでもお前は……」
「……苦しくなんか、ないよ」
「!」
「みんながいるから」
ーーーみんなが、笑顔でいられること。
それが私の願いだから。
「私は、この時代に来てよかったって思ってるよ。みんなに会えたこと、新選組に入ったこと、すべて」
「……」
「だから、私は帰らないよ。……だからね、一……」
「……?」
ーーー頭がぼんやりとする。
ふわふわとした眠気が、私の脳を支配する。
けれど私は。
なんとか笑みを浮かべていった。
「……絶対……に、守る、よ。一のことも、みんなのことも……
」
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ーーーーー翌日、朝。
私がふと、目をさますと、すでに外は明るくなっていた。
「ふわぁ……」
自分の布団から起き上がり、グッと伸びをする。
ーーー昨日の夜、何かがあった気がするんだけど、思い出せない。
「……起きたのか、瑞希」
「あ、一!!おはようっ!」
すでに身支度を整えた一が少し眠そうな目でこちらを振り返った。
「あれ?一、昨日はあまり眠れなかったの?」
「……いや。そういうわけではない……」
「ふーん?」
なんか歯切れが悪いと思うのは気のせいかな?
「俺は外で待っているから、お前は身支度をしろ」
「あ、うん!ありがと!」
さーてと!
今日は大阪滞在の最終日だ!
今日こそはゆっくりと大阪見物でもできるといいな!
そんな期待を胸に、私は急いで身支度を整えるのだった。




