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時廻奇譚 〜あなたに捧ぐ、恋物語〜  作者: 日ノ宮九条
第十章 始まりの「分岐点」
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第122話 ハル

「ところで、だけどさ」


一に私と晴明君の秘密を知らせ、受け入れてもらえた喜びを噛み締めていた時、それを見守っていた総司がふと、こんなことを言い始めた。


「瑞希ちゃんが未来人で、晴明君が過去の人間だってこと、一君にはバレちゃったわけだけどさ、これから先、いろんな人にバレると色々面倒じゃない?いつか話すにしてもさ」

「そりゃあ……そうだよね」


色々大パニックになるだろう、それ。


「そもそもが、晴明君の正体が、『安倍晴明』だってバレた原因は、瑞希ちゃんが彼を『晴明君』って呼んじゃったことにあるでしょ?僕の時もそうだったし」

「う……そうだけど……」


事情を知ってる総司や晴明君自身の前だけ呼ぼうと思っても、いざ緊急事態になった時うっかり呼んでしまう可能性は否めない。


現に、これが原因で二度秘密がバレているわけだから。


「だからさ、彼には本名のバレない、だけどみんなの前で呼んでも不自然にならないような愛称とかをつければいいんじゃない?」

「ああ!それ、いい考えかも!」

「確かに、それは名案です」

「だが、いったいどんな呼び名にすれば良いのだ?」


ーーーうーん。


「皆の前で呼んでも違和感がない、呼び名……」


ーーー晴明、晴明、せいめい……「晴れ」と「明るい」……「晴れ」……はれ……はる……。


「あっ、『ハル』!!」

「っ!?」

「「!!」」


突然そう叫んだ私に、三人分の視線が突き刺さる。


「ねぇ、『ハル』っていうのはどうかな!?『晴明』の最初の一文字って、『ハル』とも呼べるし!それに『ハル』は『春』とも書けるじゃない?晴明君、春みたいだから、ぴったりかなぁって……晴明君?」


自身のひらめきに、興奮気味にまくしたてていた私は、呆然とした表情でこちらを凝視する晴明君の視線に気づき、言葉を一旦区切ってその視線の意味を問いかけた。


私の気のせいなのかもしれないが、晴明君の顔は少し青ざめているようにも見える。


「そんな顔をしてどうかした? もしかして、『ハル』って名前、嫌だった? 」

「え……」


ーーー珍しく、激しい動揺をあらわにしている様子の晴明君は視線を彷徨わせたのち、ふるふると首を振った。


「い、いえ、そ、んなことは……ただ、少し驚いた、だけです」

「驚いた? 」

「……はい」


晴明君は未だ動揺の残る顔で小さく頷き、視線を下に落として言った。


「……平安で、僕のことをあなたと同じような理由でそう呼んだ人がいたので……」

「え、そうなの? 」


ーーーすごい偶然。


時代は違えど人の感性は変わらない、みたいな?


「ふーん、『ハル』、か。それなら確かに、本名を悟られる心配はないだろうし、あだ名としても問題なさそうだね。たまにはいいこと言うじゃん、瑞希ちゃん」

「たまには、は余計だよっ総司っ!! 」


ーーーどうしてあんたはいつもいつも褒め言葉じゃ終わらないのかな!?


「『ハル』……。いい名だな」

「えへへ。でしょ? それじゃあ晴明君のこれからの呼び名は『ハル』でいい? 」

「いいんじゃない?」

「ああ」

「それじゃあ……晴明君は? 」


ーーー三人の視線が、今度は晴明君(当の本人)に集まる。


「……ええ、構いませんよ」


ーーー晴明君は淡い笑みを浮かべてコクリと頷いた。


けれど。


その笑みの中に、深い悲しみがあるような、そんな気がしたのだったーーーーーーーーーーーーー。



********************



【安倍晴明】


「……」



『ハル』



「っ……」


ーーーまさか、瑞希さんからその名前で呼ばれるとは思ってもみませんでした。


「ハル」。


ーーーその名をはじめて呼んだのは、「あなた」でしたね。


ーーーすべて包み込む優しい笑顔で、「あなた」は僕をそう呼んだ。



『「晴明」だから、「ハル」ってどう?ほら、あなたって、春みたいに優しくて、温かいから』



ーーー「あなた」の言葉に、一体僕がどれだけ救われてきたか。


僕はただ、「あなた」が笑ってくれるだけで、「あなた」のそばに居られるだけで、幸せでした。


「……それなのに」


ーーー「あなた」は、もう、いない。


「あなた」は、遠くに逝ってしまった。


僕に、「あの約束」だけを残して。



「……()……」



ーーーあなたに、会いたい。


ーーー葵。



『ハルは優しい人だね。私は、そんなハルが大好きだよ』



ーーー僕にとっても。


あなたは、僕の最も大切な人でした。


「っ、う……」


ーーー目からこぼれ落ちたものが、畳を濡らしていく。


全身の力が抜けて、あてがわれた部屋の真ん中に座り込む。


「……あお、いっ……!!」


ーーー僕はあなたを、僕のすべてをかけて愛していました。


あなたと共にいた時間が、何よりも幸福でした。


「……会い、たい……」


ーーーほんの一瞬でもいい。


ーーー一瞬きほどの時間でもいい。


「……あなたの、顔が、見たい……」


ーーー笑った顔も。


ーーー怒った顔も。


ーーー泣きそうな顔も。


全部、心から愛していましたーーーーーーーーーーー。



ーーーあの日、あの絶望の夜から。


ーーー何度、思ったことでしょう?



ーーーたとえこの命を代償にしても。


ーーーあなたを生き返らせる。


ーーーその方法は、確かにあった(・・・)



けれど。



それは、あなたとの「最期の約束」に背くことになります。


ーーーあなたとの約束を、僕がどうして背くことができるでしょうか?


ーーーあなたの最期の願いを、違えることなど、できましょうか?


「……あなたはひどい人です……」


ーーーあなたは、すべてをわかっていたのですね。


僕が、あなたの死で、何をしようとするかも。


だから、あんな約束を託した。


ーーーそうすれば、僕があなたをこの世に戻す方法を断つことになると、知っていながら。


「葵……」


ーーー幸せは、失ってからはじめて、それが「幸せ」だったことに気がつく。



葵。


僕は、あなたとの約束を守り続けます。


それでも。


「その時」が来たら。


ーーーそのときは。


笑顔で、出迎えてくれますか?


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