第120話 岩城升屋事件(3)
「いやぁあああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!」
ーーー私自身の悲鳴とともに、山南さんに向けて、刀が振り下ろされたーーーーーーーーーーーーー。
ーーーーーーパリーーーーーンーーーーーー。
ーーーふわり。
「え……?」
ーーー山南さんへ、刀が振り下ろされた刹那。
ーーー何かが割れるような音が聞こえ。
それと同時に、私の側を、「誰か」がーーー私がその人物を認識するよりもはやくーーー勢いよく駆け抜けた。
そして。
ーーーその人物は。
目にも留まらぬ速さで「影」に接近し。
ーーー右手に持った刀を振るった。
ーーーーーーーーースパン
ーーーーーーーーーズシャ
ーーー紅が舞い。
重くて丸い何かが地面へと落ちたーーーーーーーーーーーーー。
「え……?」
ーーーその人物は。
「う、そ……」
舞い落ちる紅をわずかに体をずらして避け……。
「あ……」
ーーーーーーその冷えた紫の瞳をこちらへ向けたーーーーーーーーーーー。
ーーー私は、その瞳を、そしてその圧倒的な剣技を「恐ろしい」と感じるよりもーーーーーーーーーーーーー。
ーーーーー美しいと、思った。
「……せい、めい、君……?」
ーーーなんで。
「晴明君……?」
「……はい」
「うそ……。晴明君……刀……使えたの……?」
ーーー私は、床に落ちたそれーーーさっきの「影」の、頭だったそれーーーを信じられない思いで見下ろした。
ーーーこんな。
こんな綺麗に、首を一撃で切り落とすなんてーーーーーーーーーーー。
「……今まで、黙っていてすみませんでした。……けれど、その話は今は後です」
「!!っ!!山南さんっ!!」
ーーーハッと我にかえり、身をこわばらせて山南さんの方へ駆け寄る。
「っ、しっかりしてください、山南さんっ!!」
ーーー床に倒れ伏した山南さんにすがりつき、叫ぶ。
「ーーーそんなっ!!間に合わなかったの!?そんな、そんなーーーーーーー!!」
「……安心してください、瑞希さん」
「え……?」
「彼はどこにも傷を負っていませんよ」
「っ!?」
ハッとして山南さんのーーー歴史では怪我をするはずの左腕を見下ろした。
が。
「……傷が……ない……?」
ーーー山南さんは気を失ってはいるものの、怪我はかすり傷以外見当たらなかった。
「……どう、して……?確かに、あの刀は振り下ろされた……。晴明君でも、間に合わなかったはずなのに……」
「その理由はこれですよ」
「!!これは……?」
微笑んだ晴明君が、床に落ちていた「何か」を拾い、こちらに差し出してくる。
ーーーそれは、人のような形をした、けれど左腕が千切れた一枚の紙切れだった。
「これは『人形』と呼ばれるものです。……念のため、山南さんに付けておいて正解でした」
「……これ、人の形してるけど……左腕が破れてるよね?それって、もしかして……」
「ご想像の通り、これは山南さんの『身代わり』です。これを持つ者は命の危機を感じた時、一度だけ、その受けた傷を肩代わりさせることができます。昨日、山南さんに『失せ物の相』が見えた時、念のためと思って付けておいたのが功を奏しました。これを見る限り、やはり山南さんは本来であれば、左腕に重症を負っていたようです」
「そう、なんだ……」
ーーーそれじゃあ、私たち、そんなに急いでここに来なくてもよかったってこと?
が、晴明君は私の心でも読んだかのように、ゆっくりと首を振った。
「……この『人形』は、山南さんのように、陰陽師ではない者が使用するとその衝撃で今のように気を失う可能性が高い。一人の時にそうなれば、山南さんの命はないでしょう。これでは一度の危機しか救えませんから。ですので、瑞希さんが懸命にここへ駆けつけたことにはちゃんと意味がありますよ」
ーーーそう言って微笑む晴明君の目はさっきの一瞬のような冷ややかさは消え、穏やかに細められていた。
「ーーー瑞希ちゃんっ!!」
「ーーー瑞希っ!!」
ーーーと、後方から、何やら焦った様子で私の名前を呼ぶ声が喧騒の終結した店内に響き渡った。
「あ、総司!一!」
振り向き、軽く手を振ると、彼らは安堵した表情を浮かべかけ、が、私の腕の中で意識を失った山南さんを見て息を呑んだ。
「ああ、大丈夫だよ、二人とも。気を失ってるだけだから」
「!!そう……よかった……」
「無事だったか……よかったな」
ホッと息を吐く2人の後ろから、遅れて土方さんも到着する。
倒れた山南さんをみて、一瞬血相を変えた土方さんを、苦笑を浮かべた晴明君が「人形」のことははぶいて事情を説明し、諌める。
「……そうか。まぁ、無事だったならいい。俺が山南さん運ぶから、てめーらは先に帰ってろ」
冷静さを失いかけたのを恥じるかのようにそっぽを向いてそう命じた土方さんに、私たちはお互い、顔を見合わせて小さく吹きだしつつ、血まみれの服を町人たちにあまり見られないよう人通りの少ない道を選びつつ宿へと帰還したーーーーーーーーーーーーーーー。
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【芦屋道満】
「……期待通りの成果ね、桜庭瑞希」
ーーーやはり、あなたは……。
ーーーこれで、私の「目的」への道は開かれた。
この事件は、いわば、「始まりの分岐点」。
ーーーあの人を、救えるかどうかの分かれ道なのよーーーーーーーーーーーー。




