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時廻奇譚 〜あなたに捧ぐ、恋物語〜  作者: 日ノ宮九条
第十章 始まりの「分岐点」
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第118話 岩城升屋事件(1)

【桜庭瑞希】


「……ん!」


む……。


「……ずき……ちゃ…ん!」


う、ん……?


「……瑞希ちゃんっ!!」

「ぐほっ!!」


ーーー安らぎの、なんとも言えないまどろみの中、いきなりお腹に肘鉄を食らった私はうめき声とともに勢いよく飛び起きた。


「な、総司っ!?なにすんのさ!?」

「君が呼んでも起きないから悪いんでしょ」


なにその俺様発言。


でもいまの総司、ものすごーくこわーい笑顔だからツッコむのはやめておこう。


その方が身のためである。


「はぁ……朝からひどい目にあっ……」

「おはようございます、瑞希さん」

「えっ!?晴明君!?どうしてこんな朝早く!?」


晴明君までいたなんて!!


いったいなにがあったんだ!?


「……あの、瑞希さん」

「ん?なに?」

「いまの時間帯は、少なくとも、『朝早く』とは言えないのですが」

「へ?」


困ったような晴明君の発言に、慌てて開いた戸の外を見上げると、太陽はすでに空高く上がっていた。


「うわ、寝過ごした!?」

「だから言ったじゃん。……まったく。こっちが真剣に考えてるのに、1人だけ幸せそうに眠っちゃって……」

「真剣に考えてる……?」

「とにかく!早く着替えて支度しなよ!いつまでそんな格好でいるの?」

「あ、は、はいっ!!」



********************



ーーー身支度を終え、一度外へ出てもらった2人を中に呼ぶと、2人はなぜか真剣な表情で部屋へと入ってきた。


「単刀直入に聞くよ、瑞希ちゃん」

「え、あ、うん?」


??なんだろう??


「今日あたりに、本当になにもなかった?」

「なにもって……」


何かが起こるのかってこと?


「いや、なかったはず、だけど……どうして今になってそんなこと?」

「……『失せ物の相』がでているんですよ。……山南さんに」

「え……山南さん……?」



ーーーーーーーピシリ



ーーーその瞬間、頭の中で、何かが割れるような音が響き。


「あ……」


ーーーどうして。


「ああああああああああああああああああああああっ!!!!!」

「「!!」」


ーーーどうして忘れていたのか。


「っ、総司っ!!いま、私たち大阪に来てるんだよね!?徳川なにがしさんの護衛でっ!!」

「そうだよ。何か思い出したの?」

「……うん。詳しい日にちまではわかってないことなんだけど……」


ーーーいったいなぜいままで忘れてたのか。


いま思えば、あの時……。


山南さんを見た時の違和感……。


あれはきっと……。


「……岩城升屋事件って言われてるんだけど、夕方、『岩城升屋』ってお店で、不逞浪士が押し入る事件が起きて、それで土方さんと山南さんがその制圧に向かって、それで……」

「それで?」

「……山南さんが、左腕を大怪我するんだ」

「「っ!!」」


剣士として重要な「腕を怪我する」という単語に、同時に息を呑む2人。


ーーーこの事件を説明するならば。


「……ねぇ2人とも」


ーーー言わなければならない「歴史」がある。


「……少し後のことを言うよ?」

「「……」」

「……山南さんはね……一年と少し後に……死んじゃうんだ」

「なっ!?」

「!!」

「原因は、新選組からの脱走。ほら、土方さんが、作った局中法度ってあったでしょ……?あれで、脱走したら切腹って。それで山南さん、死んじゃうんだよ。……それで、その原因のうちのひとつが、『岩城升屋事件』なんだよ」

「原因って、まさか……」


ーーーそう。


「そのまさかだよ、総司。山南さんは、この事件で刀が持てなくなるんだ」

「そ……んな」

「……っ、だからこそっ、前もって気づいとかなきゃならなかったのにっ!!」


ーーーなんでそんな重大なことを忘れてたんだよっ!!


「……とにかく、すぐに山南さんの元へ向かいましょう。今からでも遅くはないはずです」

「ほら、いつまでそんな泣きそうな顔してるの?事件が起こるのは夕方なんでしょ?だったらまだ間に合うんだから。はやく行くよ!」

「……晴明君……総司……」


そうだ。


今泣いてる場合なんかじゃない。


「そう、だね。……うん!行こう!!」


ーーー絶対に、山南さんを助けなきゃ!!


ーーーーーーーーーけれど。



********************



「ーーー山南さんっ!!入りますよっ!!」


そう、大声で呼びかけ、山南さんが止まっている部屋の戸を勢いよく開く、が。


「い、ない……?なんで……」


ーーーいったい、どこに……?


まさかーーーーーー。


「瑞希?それに、沖田と小鳥遊……?」

「!!一!!」


ーーー隣の部屋から出てきた一が息急き切って来た私たちを見比べ、不思議そうに首をかしげた。


「どうしたんだ?山南さんならいないぞ?」

「っ!?」

「……一君、山南さんがどこに行ったか知ってる?」

「ああ。確か、岩城……なんとかという呉服屋で不逞浪士が暴れてるらしくてな。それで土方さんと山南さんが呼ばれたようだぞ」

「「!!」」

「え……」


ーーー岩、城?


「まぁ、2人ならすぐに戻ってくるだろうからそれまで待……瑞希っ!?」

「そん……な……おそ……かった……の……?」

「お、おい、瑞希!?なんで泣いているんだ!?」

「瑞希ちゃんっ!!」


ーーー絶望感と自分への怒りが私の胸を満たしていく。


「そ……じ……」


ぽろ


ぽろ


「ごめ……なさ……おそ、かった……」

「っ、瑞希さんのせいでは………」

「ち……がう……。わたし……わすれてた……から。わ、たしがっ!!大事なこと、忘れてたからぁっ!!」


ーーー私のせいだ。


私が……。


「……瑞希」

「……はじ、め……?」


頭の上から降ってきた、静かな声に顔を上げる。


そこには幼子をあやすような顔をした一がいた。


「……俺には、状況がよくわからないが……その様子だと、土方さんたちになにかあるんだな?」

「う……ん。さん、なんさん……が、怪我、しちゃう……」

「!……そうか。ならば急ごう」

「え……?」

「土方さんたちが出たのはほんの少し前だ。いまならば間に合うかもしれない」

「!!ほん……と……?」


ーーーまだ、間に合うの?


「ああ。間に合うんじゃない。間に合わせるんだ」

「あ……」


ーーーぽんぽん、と、一の手が優しく頭に触れる。


なぜかはわからないけれど、一がそうして触れるたび、私の中の絶望が消えていくのを感じた。


「……話はまとまったね?」

「!!総司……」

「それでは、参りましょうか」

「晴明君……!!」


ーーーああ。


そうだ。


私は、まだ諦めちゃいけないんだ。


「さぁ、山南さんたちを助けに行くよっ、瑞希ちゃん!!」

「はいっ!!」


ーーー待っていてください、山南さんっ!!


必ず、あなたを救ってみせますからっ!!


ーーーそう、決意を再確認し、私たちは宿を飛び出したーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。


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