第116話 半妖の忠告
【沖田総司】
「芦屋……道満……?」
「ええ、そうよ」
「……それで?君は一体、何者?ただの人間じゃないよね。物の怪?」
少女……芦屋道満はクスリと笑みを浮かべた。
「物の怪、ね。言い得て妙だわ。私は、半分は物の怪の血が流れている半妖だから。……他に聞きたいことは?」
「いやに素直に答えるんだね。まぁいいや。……それじゃあ、ここはどこ?」
ーーーここは、明らかに僕がいたところじゃない、別の世界だよね?
「……ここは、現と夢の狭間。私が作り出した『異界』と呼ばれるものよ。……この術式だけは、晴明にも負けない自信があるわ」
「っ!!彼を知っているの!?」
「ええ。もちろん。晴明……安倍晴明のことも、もちろん、桜庭瑞希のことも、ね」
「!!」
ーーーこの子は……。
まさか……。
「安心して。あの二人をあなたの時代に呼んだのは私じゃないわ」
「……それ、信じられるとでも?」
「信じる信じないはあなた次第。私はあくまで真実を語る」
「だったら……君はあの2人をこっちに送り込んだ人を知っている?」
「……それは、わからないわ。もしかしたら、という予想はあるけれど、もし、それが本当ならば、私にはどうすることもできない。でもね、沖田総司」
少女の金の瞳が、こちらを射抜くように向く。
「私なら、あの2人を元の時代に戻せるわ」
「っ!?」
ーーー瑞希ちゃんが、いなくなる?
「っ、させないっ!!」
「安心しなさい。しないわ。そもそも、元の時代に戻るのは、晴明にだってできるのよ」
「え?」
彼にも、できる?
「けれど、おそらく、彼は私の存在に気づいている。そして、私が一体何のためにここにいるかを探っているはずよ。その目的がわからない以上、彼は動かない。彼もまた、時廻りの代償を知っているから。……その代償を払うことは、彼にはできない」
「代償……?」
「それはあなたが知る必要はないわ。命に関わるものではない、とでも覚えておけばいい。それよりも、私がここにあなたを呼んだ理由、知りたいんじゃないの?沖田総司?」
芦屋道満は目を細め、一歩踏み出して言った。
「ある事件を、とめてほしいの」
「……事件?」
「そうよ。……今、あなたたちは大阪にいるわね?」
「そうだけど……まさか!? 」
「ええ、そう。桜庭瑞希は忘れているようだけど」
「明日、とある事件が起こる。そこで、あなたたちの仲間……山南敬助が大怪我を負う」
「!!」
山南さんが……大怪我……!?
「私の願いはただ一つ。その事件を阻止して」
「そ、そりゃあ、もちろん阻止するけど……それを伝えればいいわけだよね?」
「いいえ、違うわ。それを伝えたら、桜庭瑞希に私の存在を知られることになる。そうなったら、彼女は私を探して、もしくは晴明の力を使って現代に戻ろうとするはずよ。あなたはそれでいいの?」
「っ!!でも他にどうすればいいのさ?」
「おそらく、晴明が、山南敬助に不穏な影は見ているはず。これから何かが起こるかもしれないとね。けれど、晴明に、直接私の存在を知らせることは許さないわ。今は、まだ彼に見つかるわけにはいかないから」
「……君は一体何を……」
「……いずれ、わかるわ。ただ、今言えるのは、私が『新選組』を救おうとしているということだけ。これ以上は教えられない。……とにかく、これから晴明が桜庭瑞希に対してなんらかの行動に出るはず。そうして何かの片鱗があれば、必ずその事件を思い出すはず。だからあなたは山南敬助を護衛して。……もし、桜庭瑞希が思い出さなければ、多少強引な手を使ってもいいわ。どんな手を使ってでも、必ず事件を阻止して」
「……どうして、そこまで……」
新選組を助けて、君に何の得がある?
僕の問いかけに、金の瞳が悲しみに揺れた。
「……助けたい人がいるから。ただ、それだけよ」
「それは……ひょっとして……君はその人を……」
「……。そろそろ時間よ。これ以上は術を行使すれば、晴明に気付かれてしまうから」
「事件が起こるのは明日の夕方。起こる場所は『岩城升屋』。沖田総司。あなたを今から元の場所へ戻す。……必ず、事件を阻止して」
「私はあなたに術をかける。あなたが、私の存在を人に話せないように」
「さぁ、あなたを元に場所に返すわ」
ーーー刹那、頭が猛烈に痛み出す。
「っ!!」
ズキン
ズキン
「くっ、あっ」
「……ご……め、な……い」
ーーー意識を失う前。
最後の瞬間、遠くで少女の掠れた声が聞こえた気がした。
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「っ!!」
ズキン、という頭の痛みに、さっきと同じように意識が覚醒していく。
「……戻って、きた……?」
場所は、さっきまでいた宿の廊下。
おそらく、周りの様子からして、時間はそれほど経っていないのだろう。
「……芦屋道満……」
悲しい目をした、幼い少女。
「岩城升屋、か」
その場所で、山南さんが怪我をする。
なぜか、あの少女は新選組を助けるといった。
だが……。
「彼女の『本当の目的』は、なんだろうね……?」
『助けたい人がいる』
あれはたぶん、彼女の……。
「部屋に、戻ろう」
明日は、あの少女の言葉が本当ならば、長い1日になる。
「瑞希ちゃん……」
ごめん、瑞希ちゃん。
僕は、今はまだ、君を手放したくない。
せめて、僕の「想い」を、君が理解できるようになるまでは。
だから僕は。
ーーー口をつぐむことにするよ。




