第112話 部屋割り戦争
【桜庭瑞希】
「つ、ついたーーーーー」
その日の夕方、やっとの事で大阪にある宿に到着した頃には私の足は鉄の棒のようになっていた。
「おい、瑞希」
「んぇ?ああ、土方さん」
「なに妙な返事してやがんだ?」
「い、いやぁ、すいません。それで、私にどのような御用で?」
今のところ、土方さんを怒らせるようなことはしてないはずだぞ?
「お前の部屋についてだ」
「部屋?なんの?」
「テメーは馬鹿か。んなもん宿の部屋に決まってんだろ馬鹿野郎!!」
「ああっ!!土方さん、馬鹿って二回も言ったぁ!!」
「うるせぇっ!!」
「うぎゃん!!」
ひ、ひどい。
成長点に拳振り落とすなんて。
背が縮んだらどうしてくれるんだ!!
「ったく……ごちゃごちゃ言っていやがると他の平隊士と同じ大部屋に雑魚寝させんぞ」
「え、別にいいですよ、私」
大部屋で雑魚寝。
なんか、修学旅行みたいで面白そう。
他の平隊士と仲良くなるチャンスじゃん。
「……お前……本当に女か?」
「失礼な!一応これでも女ですよ!」
色気もないし出るところも出てないけどねっ!!
あ、目から塩水出てきそう。
「あのなぁ。仮にも女を、平隊士と雑魚寝させるわけにはいかねぇんだよ。近藤さんに言われてるしな」
「私は別にいいのに……」
「俺らがよくねぇんだよ!もし、大部屋に放り込んで女だってばれてみろ!女に飢えたやつらならお前みたいなガキでもやることやるやつがいるかもしれねーだろうが! 」
「うっ……」
それは心底ご遠慮願いたい。
「とにかくだ。そもそも、お前は一応副長助勤扱いだからな。部屋割りは……」
「ええっ!?私、副長助勤なんですか!?」
聞き捨てならない発言に、身を乗り出すようにして土方さんの言葉を遮る。
「おい、人の話を遮るんじゃねぇ。……ああそうだ。ってか、副長助勤にしとかないと1人部屋にできねぇだろうが。小鳥遊は近藤さん直属ってことにしてあるから問題ねーけどな」
「そ、そうだったんですか……」
私が副長助勤……。
初めて知ったぞ、それ。
「話を戻すぞ?」
「あ、はい」
「今日から泊まる宿での話だ。1人部屋を取ることができなかったからな。だからお前は俺と同……」
「ちょっと待った!」
ーーーまたもや入った横槍のせいで土方さんの言葉が遮られる。
土方さんの額に青筋が浮くのも気にせずに声を挟んだのは沖田さんだった。
「テメェ、総司ぃ……!!」
「土方さん」
土方さんの怒りがこもった眼差しも深い眉間のシワもものともしない沖田さんは満面の笑顔で私の前に立ちふさがった。
「土方さん、瑞希ちゃんを自分と同室にするつもりなんですよねぇ?」
「ええっ!?」
「ちっ……」
私と土方さんが同室!?
マジで!?
「僕は反対だなぁ。だって土方さん、女子に節操ないから♪」
……………………。
沖田さん……。
語尾に「♪」つけてるし、笑顔だけどよく見ると目が笑ってないからね。
怖いよ!?
「そんなガキに手を出すほど俺は趣味悪くねぇよ」
「いーや、信用なりませんね。いくら瑞希ちゃんがお子様でも、一応女子ですから」
おい。
あんたらなんなんだよ。
ガキだのお子様だの一応女子だの、私を馬鹿にしてんのかよ。
いい加減私も泣くぞ?
「じゃあ、誰と同室にするってんだよ?」
「それなら僕がなりますよ」
「はいっ!?ちょっと、沖田さんっ!?」
なんでそうなる!?
あれ!?
でもそっちの方が節操なしの土方さんと同室になるよりマシか!?
「まぁそれでかまわ……」
「待て」
「!!は、一!?」
後ろからかかった声に、驚いて振り返るとそこには私を見下ろす一がいた。
私の叫び声に、なぜか沖田さんがピクリと反応する。
「……『一』……?」
ーーーなにかをつぶやいていた気がするのは気のせいだろうか?
……まぁいいか。
「どうしたの、一?」
ーーーまた、沖田さんの肩がピクリと震える。
なんでだ?
「部屋の件……おれと同室にならないか?」
「え?一と?」
「ああ。嫌か?」
「いやいや、全然嫌じゃないけど……」
「だったら……」
「……ちょっと一君?なに勝手に話を進めてるのかな?」
ーーーゾッとするほど冷ややかな声が響き、そろりと声の方を向くと……。
「ヒッ……!!」
ーーーそこには怒った時の土方さんを超える大魔王が降臨していた。
しかも超笑顔、ただし目は氷のような、である。
「勝手に進めているわけではない。俺はちゃんと瑞希に了承をとっている」
「そういう意味じゃないんだけど?」
「ならどういう意味だと言うんだ?」
「……わかっているくせに……」
「おい、お前らいい加減に……」
「「土方さんは少し黙ってて」ください」
「……………………………」
無言で私の方を振り返る土方さん。
ーーーいや、そんな死んだ魚みたいな目で見られても困るんだけど。
かわいそうだとは思うけどさ。
沖田さんたちは土方さんを黙らせた後もなにやら言い争いを続けている。
「……瑞希」
「なんですか、土方さん」
「……お前がなんとかしろ……」
「ええぇ?そんな、無理ですよ。土方さんこそ上司でしょ?なんとかしてくださいよ」
「……」
スッと視線をそらし、遠い目で彼方を見つめる土方さんは完全に燃え尽きていた。
「ちょっ、現実逃避しないでくださいよ土方さ……」
「瑞希君っ!!」「瑞希」
「は、はい!?」
土方さんに追いすがろうとするものの、それを沖田さん一ペアに大声で名前を呼ばれ、私は思わず姿勢を正した。
「君は」「お前は」
「「どっちを選ぶ!?」」
「ヒッ……」
む、無理。
沖田さんは目が笑ってなくて、選ばなかったら後が怖いし、一は一で無表情だけどものすごく真剣なのがわかって断りずらいっ……!!
どっちを選んでも面倒くさいことになるのが目に見えてるよっ!?
だいたいなんでそんな、数日の宿の部屋割りでこんなことになるの!?
私と同じに部屋になるとなんか利点でもあるのか?
「ほら、どっちなの?」
「お前が決めてくれ」
「い、いや……」
ど、どうする!?
どうする私!?
「ーーーーお二人とも」
「彼が困っているよ」
「「「!!」」」
ーーー緊迫した空気の中、救世主ーーーもとい、困ったような笑みを浮かべた晴明君とニコニコした笑顔の山南さんが降臨した。
「山南さん……」
「小鳥遊……」
「二人とも、選択を強いるのはよくないよ。現に、瑞希君も困っている」
「「……………………」」
山南さんが優しい口調で諭すようにそう言う。
その一言に、二人とも我に帰ったのか、気まずげな表情で押し黙った。
「お二人は、瑞希さんと同室になりたいのですよね?ならば、二人とも、2日交代にすれば良いではありませんか」
「2日交代……?」
「はい」
晴明君は頷き、ゆるりと視線を山南さんに向けた。
「確か、大阪に滞在するのは4泊の予定でしたね?」
「ああ、そうだよ。……小鳥遊君の言うとおりだ。二人とも、1日目、つまり、今夜と明日の夜、明後日とその次の日の夜、瑞希君と同じ部屋になればいいんじゃないかな?」
ーーー晴明君と山南さんの提案に、二人は顔を見合わせ、納得したように頷いた。
「わかりました。そうしますよ」
「……心得ました」
「それでは、そのように。……瑞希君も、人気者で困ってしまうね。君はそれでいいかな?」
こちらを振り返った山南さんが楽しげな笑みを浮かべ、そんなことを言う。
ーーーこれは山南さん、完全に楽しんでるな。
うん間違いない。
「はぁ……いいですよ、それで」
断ったらもっと厄介なことになるし。
「……やっと決まったか」
現実に戻ってきた土方さんが疲れたようにそう言うのに頷き返し、沖田さんたちの方を向く。
「それじゃあ、今日は私、沖田さんと一緒に泊まります。よろしくお願いしますね、沖田さん」
「!!わかったよ」
こちらからの指名に、沖田さんが一瞬驚いたように目を見開き、その後嬉しそうな笑みを浮かべて頷いた。
反対に、一はなぜか悲しげに瞳を揺らす。
「ほう……?最初の二日間は沖田君か。ところで、なぜ最初が沖田君なんだい?」
「あれ、わからないんですか、山南さん?」
「え?」
山南さんだけでなく、晴明君や土方さんまでもが不思議そうにこちらを見下ろしてくる。
あれ、みんなわかってなかったのか?
順番を決めた理由なんて、そんなの……。
「だって、沖田さんの方が最初じゃないですか」
「沖田君の方が、最初?それはどういう意味だい?」
「『沖田』の最初の文字の『お』と、『齋藤』の最初の文字、『さ』。五十音順で並べると『お』の方が先じゃないですか。だから沖田さんのところに最初に泊まることにしたんです」
五十音順は出席番号決める時もよく使うからね!
これでいろいろ揉めないですむ!
「「「「「……」」」」」
ーーーん?
「あれ?」
なんでみんな固まってるんだ?
いや、正確には山南さんと晴明君は沖田さんと一に同情するような視線を送っているのだが、無言なのは同じ。
はて、私はなんか変なことを言っただろうか?
「……申し訳ないが瑞希君」
「はい? なんですか、山南さん? 」
「その、『五十音順』というのは、平仮名の順番のことを言っているのかな? 」
「え、そうですけど……」
ーーーって、あ!
そっか!
この時代にはまだ五十音順はないんだった!!
今は……なんていうんだ!?
「……まぁ、んなことだろうとは思ったが……その、なんつーか……哀れだな……」
ーーーと、石化からいち早く逃れた土方さんが、まるで今のみんなの心中を代弁するかのようにそんなことをつぶやいた。
ーーーうーん?
私、何かした?
瑞希、無自覚炸裂。
二人が本当にかわいそうなことになりました(笑)




