第111話 大阪へ、警備に
【桜庭瑞希】
「大阪ぁ!?」
ーーー局長室に、そんな素っ頓狂な声が響く。
その声の主はもちろん、私だ。
局長室、つまるところの近藤さんの部屋には、私の他に、近藤さんはもちろん、土方さんまでもが揃っていた。
「それ、何しに行くんですか?またお金貰いに行くとか?」
ほら、新選組は万年金欠だから。
そんな私の疑問に対し、鬼さん……げふんげふん、土方さんが眉を吊り上げて怒鳴りつけてきた。
「馬鹿野郎!なわけあるかっ!!しかも金は貰うんじゃねぇ、借りてんだよ!!」
「返すあてないじゃん」
「うるせぇ!いつかは返すんだよ!!」
ーーー嘘つけ!
これもう絶対返さないフラグ立ってるよ!
「今回の大阪行きは、徳川家茂公の警護に名誉なことにも、新選組が抜擢されたからなんだよ、桜庭君」
にらみ合う私たちをとりなすように、上座に座った近藤さんが上機嫌にそう言った。
「へぇ……。それで、私も行くメンバ……一員に含まれてるってことですよね? 話の流れからして」
「そういうことだ」
腕組みしながらそう、偉そうに頷く土鬼さん。
なんでこの人はいちいち偉そーなのかね。
「ところで出発はいつですか?」
「明日だ」
「あ、明日ぁ!?」
どうしてこう、いつもいつも直前になって言ってくるんだよ、土方さんの馬鹿っ!!
「ちなみに今回大阪行きに同行してもらうのはおめーと近藤さんと俺以外に、小鳥遊、斎藤、総司、山南さんだ」
ーーーということは原田さんたちはお留守番ってことか。
「んじゃあ明日の準備、ちゃんと今日中にしておけよ?」
「はーい」
かくして私の大阪行きが決まった。
ーーーそして、翌日。
「あーーーつかれた……」
早朝、屯所に残すメンバーの見送りで送り出された私たち新選組一行は警護先である大阪へ向けて出発した。
……のだが。
「疲れるの早すぎだよ、瑞希ちゃん」
「沖田さん〜だって、私がいた時代じゃあこんなに歩かないから〜」
電車と新幹線と車が恋しいよ。
「そういえば……今回の警護、なんで晴明君も指名されたんだろう?晴明君は実践向きじゃないよね?」
ふと、疑問に思ったことを、沖田さんとは反対の、右隣を歩く晴明君にそう問いかけてみる。
今日の晴明君は、髪と瞳の色が目立つからという理由で傘をかぶっていて、腰には念のために刀をさしていた。
「確かに、言われてみればそうだよね。なんでだろ?」
沖田さんも、同じことを思い立ったのか不思議そうに首をかしげた。
「……それは僕も疑問だったことなんです」
「ああ、やっぱり?」
「はい」
晴明君は賛同するように頷き、紫の瞳を先頭を歩く近藤さんへと走らせた。
「近藤さんが一体何を思って僕を警護の人員に加えたのか……。彼は僕の陰陽師としての力を知らないはずですし。……もっとも、ただ単に、人数合わせで呼ばれたという可能性は否めませんけど」
「それにしたって別の人でもいいわけだよね」
ーーーうーん。
近藤さんに、何か考えでもあるのだろうか?
「じゃあ、後で僕がその辺のこと、近藤さんに聞いておくよ」
「ああそうですね。直接聞いちゃうのが一番です」
ーーーそうすればすべての謎は解けるだろう。
「ところでさ、瑞希ちゃん」
「はい?」
「……今回の警護、何も起こらないんだよね?」
沖田さんが急に声を潜め、周りに聞こえない声でそう囁く。
その言葉に反射的に頷きかけ、ふと、感じた「違和感」に首をかしげた。
「……瑞希ちゃん?」
「あ……はい、起こらない……はずです。少なくとも、警備の最中は。けど、その……。なんか違和感があるんですよね……」
「違和感?」
「はい。なにかを、忘れているような……」
「ちょっと。しっかりしてよ、瑞希ちゃん」
そんなこと言われたって。
わからないものはわからん。
「とりあえず、瑞希さんの記憶にはっきりと残っていなということは、大事件ではないのでしょう」
苦笑を浮かべた晴明君がそうフォローを入れてくれる。
「うん、それは間違いないよ。誰かが死ぬとかは絶対ないから安心して。警備中に襲われるとかもないはずだよ」
ーーーでもなんだろう?
この、何かを忘れているかのような違和感は?
そんな「違和感」の正体を探ってみるが、結局、大阪に着く頃になってもその「違和感」が晴れることはなかった。
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【???】
ーーーついに、はじまった。
桜庭瑞希はまだ「あのこと」に気がついていない。
ーーーはやく、気づかせなければ。
仕方ない。
沖田総司に接触して「あのこと」に気付かせるしか方法はない。
接触するのは明後日、将軍とやらの警備が終わった日の夜ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。




