第109話 通じあう心
【土方歳三】
「……」
『土方さんは何にもわかってない!あなたのさっきの言葉が、平助君を、そして何よりも、山南さんを傷つけたってことをっ!!』
『土方さんは、私のために、そしてあの2人のために、悪役をかってくれました。けど、それがあの2人を傷つけたんだってことを、土方さんは知っておかなくちゃいけないんです!私に覚悟を決めさせることというのは、私に人を斬らせること、つまり、私に人殺しを強いることです。そして、それをさせたのは土方さんでした。その役目を、土方さんは他の誰にもさせたく無かったんですよね?そんな、汚れ役を、近藤さんをはじめ、山南さんにも、させたく無かったんですよね?山南さんは、優しいから。そしてそれを悟らせないために、あんな風にそっけない態度をとった』
『でもっ!!その行為がっ!!山南さんを傷つけました!ーーー土方さんが、自分の心を隠すから!!きっと、山南さんは今、悩んでいるはずです。『土方さんの冷たい言動を止められ無かった私に、価値はあるのか』って!!』
『わかるでしょ!?山南さんは、そういう人でしょ!?でも、山南さんはそれを誰にも言わないんですっ!!土方さんを、貶めたくないから!!ーーーほんと、あなたたちは馬鹿ですよっ!!お互いを傷つけないようにって行動して、結局自分自身とお互い傷つけ合ってるっ!!自分の独りよがりな行動に、これっぽっちも気づかない!』
『だから、これは私からのお願いです。ちゃんと、今日、2人で話してください。すれ違いは、早めに解消しないと、どんどんこじれて行っちゃうんです』
ーーーああ。
『そんなことないっ!!それどころか、今こそ必要なんです!!私の前いたところでの友人が言ってました。「仲間というのは、喧嘩して、すれ違いあって、お互い傷つけあって、それでも最後に自分の意見をぶつけ合うことで、形になるものだ」って』
『逃げないでください、土方さん』
『向き合うことから、逃げないでください』
『それが、私の願いです』
「……ーーーーーー」
ーーー瑞希の言葉を心の中で反芻し、俺はさっきから何回目かもわからない煙管の煙を吐き出した。
ーーー俺は。
新選組の副長として、そして近藤さんのためにも、「鬼」にならなきゃならない。
ーーーたとえ、他人になんと言われようとも。
ーーーなんと思われようとも。
だが。
「俺の言葉が、山南さんを、傷つけたーーーーーーー」
そんなこと、あいつに言われるまで、想像すらしなかった。
ーーーいや。
心のどこかでは、気がついていたのかもしれない。
それでも俺は、諦めで、覆い隠そうとしていた。
「……どうすっかな……」
『向き合うことから、逃げないでください』
「っ、たく……」
ーーーなんて目ぇして言いやがるんだよ。
あんなーーーーーーーーー。
「チッ……あんな顔されたら……」
ーーー思い出されるのは、瑞希の今にも泣きそうな、だが目線をそらさない、真っ直ぐな瞳ーーーー。
「はぁ……」
ーーー俺も甘くなったもんだよ。
ーーーあんなガキの言葉にほだされるなんて。
ーーー「鬼」になるのをやめるつもりはない。
だが、それが仲間のためにならないのならば、俺の「鬼」は、「仮面」で止めておく必要がある。
そうすれば、もしもの時に、それを脱ぐことができるから……。
「……山南さんとこ、行ってみるか」
もし、あいつの言っていたことが本当ならば。
ーーーまだ、間に合うのならば。
ーーー山南さんは、俺を許すのだろうかーーーーーーーーーーーーー。
********************
【山南敬介】
ーーー今頃、瑞希君はどうしているだろうか?
「傷ついているに決まっている……」
ーーー私が、行かせてしまったから。
「っ……」
私は、なんて無力な人間なのだろうか。
人一人救えないなどーーーーーーーーー。
ーーーーーーーその時だった。
「……山南さん、起きてるか?」
「っ!?」
ーーーこの声は……土方君……?
ーーーどうして、ここにーーーーーーーーーーーーー。
「……山南さん?」
「っ!お、起きているよ、土方君……」
「……そうか。ちょっと失礼するぞ」
「え……」
ーーー返事を待たずに開かれる襖。
その奥には、何故か緊張したような面持ちの土方君が立っていた。
「入るぜ、山南さん」
「……ええ。それは、構いませんが……なぜ、ここへ?」
土方君は私の問いに軽く頷き、私の正面に腰を下ろし、そしてーーーーーー。
「なっ……!?」
ーーーーーーーーーー私へ向かって頭を下げた。
「ひ、土方く……!?」
「すまねぇ!!」
「!!」
な、なにをーーーーーーーーー。
「い、いったい、なにを……」
「ーーーーーー俺が、あんたを傷つけたんだと」
「!!」
「……あのガキ……瑞希に、さっき言われた。……いろいろと、気付かされた。いや、違うな。俺ははなっから気づいていたのを、気づかないふりをしていたんだよ」
「それは……」
「今から言うことは、あんたにとっちゃあ、言い訳にしかなんねぇかもしれねぇ。だが、それでも言っておかなきゃならないことがある」
「!」
「……俺は、今日、瑞希に人を斬らせた」
「っ……!!」
「人を斬る可能性が高いと知ってて送り出した」
「……」
ーーーやはり……。
土方君……。
君は、彼の気持ちを考えてなど、いなかったのかーーーー?
けれど。
その後の土方君の言葉は、私にとって、予想だにしていなかったことだった。
「ーーーすまねぇ、山南さん。今回のは、俺の独断だった」
「え……?」
「あんたにも、相談するべきだった。ーーーーーーーー俺だけで、本当は十分だって思ったんだけどな。あいつに、人を斬らせるなんて真似をするのは、俺だけで」
「……そっ、それは……!!」
ーーーーーーまさか。
君はーーーーーーーー。
「俺は、あいつの覚悟を知りたかった。人を斬る覚悟。あいつに、それがあるのかを。ーーーだから俺は独断で、あいつに試験を課した。それを、あんたに伝えていなかった。すまねぇ、山南さん。これは、俺が勝手にしたことだ。だから、近藤さんも知れねぇんだ。本当に悪かった」
「っーーーーーーー」
ーーーそう、か。
土方君、君はーーーーーーーーーー。
自らを「鬼」にしてーーーーーーー。
私や、近藤さんのためにーーーーーーー。
それを、瑞希君はわかっていたからこそ、土方君に従ったーーーーーー。
「ーーーーーー顔を上げてくれ、土方君」
「!!山南さん……」
「謝らなければならないのは、私の方なのだから」
「!それは……」
「ーーーー私の方こそ、すまなかった。君にばかり汚れ役を押し付けてしまった。その上、そんな君に気付かずに勘違いするなど…………自分の行いが恥ずかしいよ」
思わず、苦笑がこぼれ落ちた私を見てか、土方君はどこかホッとしたような、そんな表情を浮かべた。
ーーーいったい、私は何故気付かなかったのか。
土方君の、「本心」に。
ーーー私も、まだまだ修行が足りないようだ……。
「さて、と。土方君」
「なんだ、山南さん?」
ーーー私はちらりと、開けっ放しの戸の外……空の頂上で光り輝く月を見やって言った。
「どうせだ。一杯、やるかい?」
「!!……そうだな」
私の誘いに、土方君はニヤリと笑い、同じようにその月を見上げた。
「……君が謝りに来たのも、瑞希君の影響かな?」
「……ああ。まぁ、な」
「ははは。彼にはどうも、かなわないなぁ。『鬼の副長』にすら、その仮面を取らせてしまう」
ーーー本当に、真っ直ぐな子だね、あの子は。
「それじゃあ、私は台所で酒を取ってくるよ」
「ああ」
ーーー私たちが、こうしていられるのも、すべては彼のおかげだね。
ーーーあの子は、いつも、迷った時、正しい道へと私たちを導いてくれる。
いつか、私も、彼に何かを返してあげることができるだろうか?
誰よりも真っ直ぐで、そして、誰よりも強い、君に。




