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時廻奇譚 〜あなたに捧ぐ、恋物語〜  作者: 日ノ宮九条
第十章 始まりの「分岐点」
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第109話 通じあう心


【土方歳三】


「……」



『土方さんは何にもわかってない!あなたのさっきの言葉が、平助君を、そして何よりも、山南さんを傷つけたってことをっ!!』



『土方さんは、私のために、そしてあの2人のために、悪役をかってくれました。けど、それがあの2人を傷つけたんだってことを、土方さんは知っておかなくちゃいけないんです!私に覚悟を決めさせることというのは、私に人を斬らせること、つまり、私に人殺しを強いることです。そして、それをさせたのは土方さんでした。その役目を、土方さんは他の誰にもさせたく無かったんですよね?そんな、汚れ役を、近藤さんをはじめ、山南さんにも、させたく無かったんですよね?山南さんは、優しいから。そしてそれを悟らせないために、あんな風にそっけない態度をとった』



『でもっ!!その行為がっ!!山南さんを傷つけました!ーーー土方さんが、自分の心を隠すから!!きっと、山南さんは今、悩んでいるはずです。『土方さんの冷たい言動を止められ無かった私に、価値はあるのか』って!!』



『わかるでしょ!?山南さんは、そういう人でしょ!?でも、山南さんはそれを誰にも言わないんですっ!!土方さんを、貶めたくないから!!ーーーほんと、あなたたちは馬鹿ですよっ!!お互いを傷つけないようにって行動して、結局自分自身とお互い傷つけ合ってるっ!!自分の独りよがりな行動に、これっぽっちも気づかない!』



『だから、これは私からのお願いです。ちゃんと、今日、2人で話してください。すれ違いは、早めに解消しないと、どんどんこじれて行っちゃうんです』



ーーーああ。



『そんなことないっ!!それどころか、今こそ必要なんです!!私の前いたところでの友人が言ってました。「仲間というのは、喧嘩して、すれ違いあって、お互い傷つけあって、それでも最後に自分の意見をぶつけ合うことで、形になるものだ」って』



『逃げないでください、土方さん』


『向き合うことから、逃げないでください』


『それが、私の願いです』



「……ーーーーーー」


ーーー瑞希の言葉を心の中で反芻し、俺はさっきから何回目かもわからない煙管の煙を吐き出した。


ーーー俺は。


新選組の副長として、そして近藤さんのためにも、「鬼」にならなきゃならない。


ーーーたとえ、他人になんと言われようとも。


ーーーなんと思われようとも。


だが。


「俺の言葉が、山南さんを、傷つけたーーーーーーー」


そんなこと、あいつに言われるまで、想像すらしなかった。


ーーーいや。


心のどこかでは、気がついていたのかもしれない。


それでも俺は、諦めで、覆い隠そうとしていた。


「……どうすっかな……」



『向き合うことから、逃げないでください』



「っ、たく……」


ーーーなんて目ぇして言いやがるんだよ。


あんなーーーーーーーーー。


「チッ……あんな顔されたら……」


ーーー思い出されるのは、瑞希の今にも泣きそうな、だが目線をそらさない、真っ直ぐな瞳ーーーー。


「はぁ……」


ーーー俺も甘くなったもんだよ。


ーーーあんなガキの言葉にほだされるなんて。


ーーー「鬼」になるのをやめるつもりはない。


だが、それが仲間のためにならないのならば、俺の「鬼」は、「仮面」で止めておく必要がある。


そうすれば、もしもの時に、それを脱ぐことができるから……。


「……山南さんとこ、行ってみるか」


もし、あいつの言っていたことが本当ならば。


ーーーまだ、間に合うのならば。



ーーー山南さんは、俺を許すのだろうかーーーーーーーーーーーーー。



********************



【山南敬介】


ーーー今頃、瑞希君はどうしているだろうか?


「傷ついているに決まっている……」


ーーー私が、行かせてしまったから。


「っ……」


私は、なんて無力な人間なのだろうか。


人一人救えないなどーーーーーーーーー。


ーーーーーーーその時だった。



「……山南さん、起きてるか?」

「っ!?」


ーーーこの声は……土方君……?


ーーーどうして、ここにーーーーーーーーーーーーー。


「……山南さん?」

「っ!お、起きているよ、土方君……」

「……そうか。ちょっと失礼するぞ」

「え……」


ーーー返事を待たずに開かれる襖。


その奥には、何故か緊張したような面持ちの土方君が立っていた。


「入るぜ、山南さん」

「……ええ。それは、構いませんが……なぜ、ここへ?」


土方君は私の問いに軽く頷き、私の正面に腰を下ろし、そしてーーーーーー。


「なっ……!?」


ーーーーーーーーーー私へ向かって頭を下げた。


「ひ、土方く……!?」

「すまねぇ!!」

「!!」


な、なにをーーーーーーーーー。


「い、いったい、なにを……」

「ーーーーーー俺が、あんたを傷つけたんだと」

「!!」

「……あのガキ……瑞希に、さっき言われた。……いろいろと、気付かされた。いや、違うな。俺ははなっから気づいていたのを、気づかないふりをしていたんだよ」

「それは……」

「今から言うことは、あんたにとっちゃあ、言い訳にしかなんねぇかもしれねぇ。だが、それでも言っておかなきゃならないことがある」

「!」

「……俺は、今日、瑞希に人を斬らせた」

「っ……!!」

「人を斬る可能性が高いと知ってて送り出した」

「……」


ーーーやはり……。


土方君……。


君は、彼の気持ちを考えてなど、いなかったのかーーーー?


けれど。


その後の土方君の言葉は、私にとって、予想だにしていなかったことだった。


「ーーーすまねぇ、山南さん。今回のは、俺の独断だった」

「え……?」

「あんたにも、相談するべきだった。ーーーーーーーー俺だけで、本当は十分だって思ったんだけどな。あいつに、人を斬らせるなんて真似をするのは、俺だけで」

「……そっ、それは……!!」


ーーーーーーまさか。


君はーーーーーーーー。


「俺は、あいつの覚悟を知りたかった。人を斬る覚悟。あいつに、それがあるのかを。ーーーだから俺は独断で、あいつに試験を課した。それを、あんたに伝えていなかった。すまねぇ、山南さん。これは、俺が勝手にしたことだ。だから、近藤さんも知れねぇんだ。本当に悪かった」

「っーーーーーーー」


ーーーそう、か。


土方君、君はーーーーーーーーーー。


自らを「鬼」にしてーーーーーーー。


私や、近藤さんのためにーーーーーーー。


それを、瑞希君はわかっていたからこそ、土方君に従ったーーーーーー。



「ーーーーーー顔を上げてくれ、土方君」

「!!山南さん……」

「謝らなければならないのは、私の方なのだから」

「!それは……」

「ーーーー私の方こそ、すまなかった。君にばかり汚れ役を押し付けてしまった。その上、そんな君に気付かずに勘違いするなど…………自分の行いが恥ずかしいよ」


思わず、苦笑がこぼれ落ちた私を見てか、土方君はどこかホッとしたような、そんな表情を浮かべた。


ーーーいったい、私は何故気付かなかったのか。


土方君の、「本心」に。


ーーー私も、まだまだ修行が足りないようだ……。


「さて、と。土方君」

「なんだ、山南さん?」


ーーー私はちらりと、開けっ放しの戸の外……空の頂上で光り輝く月を見やって言った。


「どうせだ。一杯、やるかい?」

「!!……そうだな」


私の誘いに、土方君はニヤリと笑い、同じようにその月を見上げた。


「……君が謝りに来たのも、瑞希君の影響かな?」

「……ああ。まぁ、な」

「ははは。彼にはどうも、かなわないなぁ。『鬼の副長』にすら、その仮面を取らせてしまう」


ーーー本当に、真っ直ぐな子だね、あの子は。


「それじゃあ、私は台所で酒を取ってくるよ」

「ああ」


ーーー私たちが、こうしていられるのも、すべては彼のおかげだね。


ーーーあの子は、いつも、迷った時、正しい道へと私たちを導いてくれる。


いつか、私も、彼に何かを返してあげることができるだろうか?


誰よりも真っ直ぐで、そして、誰よりも強い、君に。


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