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時廻奇譚 〜あなたに捧ぐ、恋物語〜  作者: 日ノ宮九条
第十章 始まりの「分岐点」
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第108話 すれ違う優しさ

【桜庭瑞希】


「……瑞希です」

「入れ」


ーーー血塗れの着物を脱いで部屋の隅に起き、急いで着替えて土方さんの部屋へと向かいってそう呼びかける。


中で、土方さんは何か書き物をしていたようで、私の入室に筆を置き、こちらを振り返った。


「そこに座れ」

「はい」


頷き、私は言われた通り、土方さんの目の前に正座して向き合う。


土方さんはこちらを無表情に見つめ、口を開いた。


「瑞希」

「はい」

「お前、人を斬ったな」

「……はい」


ーーー尋ねる、というよりは、確認するような確信のこもった言葉に、小さくうなずき返す。


ーーーそうだ。


私は、人を斬った。


ーーー人を、殺めた。


けれど、私は。


「でも、後悔はしてません。あのまま私が彼らを斬らなければ、平助君が斬られていたかもしれないから」


ーーー自分の甘さで、大切な人を失うのはまっぴらだ。


「土方さんは、私が潰れると思いましたか?私が、もう一度人を斬って、それで今度こそ潰れると。それとも、覚悟ができずに斬らないかもしれないと?」


そう言い、じっと土方さんの目を見上げる。


土方さんはスッと目を細め、私を見返してきた。


「いや。お前なら斬ると思っていた。だからこそ平助と2人で夜の巡察に行かせた」

「!!」


ーーーそれは、つまり?


私を、ある意味で、信じてくれた、ということ?


「お前は、これからも人を斬る。今夜はその覚悟があるか、もう一度確認しただけだ」

「それで、私は合格ですよね?」


ーーーそう、挑戦的に微笑んでやると、土方さんはフン、と、軽く鼻を鳴らし、口元にほんの少しだけ笑みを浮かべた。


「まあ、合格にしておいてやる」

「ありがとうございます。ところで土方さん」

「なんだ?」

「……私の巡察、昼ばっかりにしたのは土方さんですよね?」

「……」

「心配、してくれてたんですよね?」

「……」

「……私が、人を斬らないようにって」

「……ふん。たまたまだ。現に、今日俺はお前に夜の巡察をあてがった」

「へぇ、たまたま、ですか」


そう言って私がくすくす笑いを浮かべると、土方さんは不機嫌そうに眉根を寄せてそっぽを向いた。


ーーーやっぱり。


土方さんはツンデレだ。


「私は、もう迷いません。私は、仲間を守るために、人を斬ります。もう、後悔なんてしない。私は決めました。私は、人を斬って、仲間を守って、全部、ひっくるめて全てを受け入れます。……自分の罪を、忘れたりもしません。それが、私が奪った命に対する、唯一の償いですから」

「……そうか」


私の言葉に、土方さんは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに満足そうな笑みを浮かべ、頷いた。


ーーー土方さん。


あなたは優しい人だ。


ーーー「新選組の鬼」。


土方さんは未来でそう、呼ばれている。


けれど。


私はそれは違うと思うんだ。


ーーー土方さんは、優しいから。


だからこそ。


自分が(・・・)鬼になろうとする。


ーーー自分が悪者になって。


少しでも、仲間の心が軽くなるように。


自ら汚れ役をかう。


ーーーけれど。


ーーーーーーーー私の脳裏に、さっきの()の顔が浮かび上がった。



「土方さん」

「……なんだ?」

「さっきの、玄関でのことですけど」

「……」

「ああやって、自分だけを『悪者』に見せるようなことはやめてください」

「……見せたわけじゃねぇ。俺は元からーーー」

「ーーー嘘です」

「!!」

「人を斬って帰ってきた私のこと、何も考えてないようなあの態度が、土方さんの本心じゃない、演技だってことくらい、わかってます」

「……そんなんじゃねぇよ」


ーーー眉間にしわを寄せ、殺気立った目でこちらを睨む土方さん。


それでも私はこの先に続けたい言葉を止める気は無い。


ーーーだって、これは土方さんのためでもあり、「彼」のためでもあるのだから。


「あれじゃあ、土方さんが誤解されちゃいます」

「……それで、いいだろうが。俺はかまわない。だれかが鬼にならなきゃならねぇんだ。それが、俺の役目だろうが」


ーーー違う。


ーーー私が言いたいのは、そういうことじゃない。


「違うんですっ!!」

「!!」


ーーー言わなくちゃいけない。


これは、後々すごく大切になるんだ。


ーーー私が、変えたい歴史のうちの一つ。


「山南敬介の脱走、そして切腹」。


その歴史を変えるためには。


ーーー私は、新選組のみんなを救うために前に進むと決めたのだから。


「土方さんは何にもわかってない!あなたのさっきの言葉が、平助君を、そして何よりも、山南さんを傷つけたってことをっ!!」

「!?」

「土方さんは、私のために、そしてあの2人のために、悪役をかってくれました。けど、それがあの2人を傷つけたんだってことを、土方さんは知っておかなくちゃいけないんです!私に覚悟を決めさせることというのは、私に人を斬らせること、つまり、私に人殺しを強いることです。そして、それをさせたのは土方さんでした。その役目を、土方さんは他の誰にもさせたく無かったんですよね?そんな、汚れ役を、近藤さんをはじめ、山南さんにも、させたく無かったんですよね?山南さんは、優しいから。そしてそれを悟らせないために、あんな風にそっけない態度をとった」


ーーーそれが、土方さんなりの「優しさ」だったから。


「でもっ!!その行為がっ!!山南さんを傷つけました!ーーー土方さんが、自分の心を隠すから!!きっと、山南さんは今、悩んでいるはずです。『土方さんの冷たい言動を止められ無かった私に、価値はあるのか』って!!」

「!!」

「わかるでしょ!?山南さんは、そういう人でしょ!?でも、山南さんはそれを誰にも言わないんですっ!!土方さんを、貶めたくないから!!ーーーほんと、あなたたちは馬鹿ですよっ!!お互いを傷つけないようにって行動して、結局自分自身とお互いを傷つけ合ってるっ!!自分の独りよがりな行動に、これっぽっちも気づかない!」


ーーーどちらも、優しいからこその、すれ違い。


私は、これを正さなければならない。


ーーー土方さんにも、山南さんにもこれ以上傷ついて欲しくないから。


「だから、これは私からのお願いです。ちゃんと、今日、2人で話してください。すれ違いは、早めに解消しないと、どんどんこじれて行っちゃうんです」

「……もう、おせーよ」

「そんなことないっ!!それどころか、今こそ必要なんです!!私の前いたところでの友人が言ってました。『仲間というのは、喧嘩して、すれ違いあって、お互い傷つけあって、それでも最後に自分の意見をぶつけ合うことで、形になるものだ』って」


ーーー実際、私もその子と……明日香と、何度もぶつかった。


それでも、ちゃんと親友になれた。


「逃げないでください、土方さん」

「……っ……!!」

「向き合うことから、逃げないでください」


ーーーそれが、私の願いです。


そう言い残し、私は返事を聞かずに土方さんの部屋を飛び出した。


ーーーふたりが、ちゃんと歩み寄れるよう、祈りながら。


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