第108話 すれ違う優しさ
【桜庭瑞希】
「……瑞希です」
「入れ」
ーーー血塗れの着物を脱いで部屋の隅に起き、急いで着替えて土方さんの部屋へと向かいってそう呼びかける。
中で、土方さんは何か書き物をしていたようで、私の入室に筆を置き、こちらを振り返った。
「そこに座れ」
「はい」
頷き、私は言われた通り、土方さんの目の前に正座して向き合う。
土方さんはこちらを無表情に見つめ、口を開いた。
「瑞希」
「はい」
「お前、人を斬ったな」
「……はい」
ーーー尋ねる、というよりは、確認するような確信のこもった言葉に、小さくうなずき返す。
ーーーそうだ。
私は、人を斬った。
ーーー人を、殺めた。
けれど、私は。
「でも、後悔はしてません。あのまま私が彼らを斬らなければ、平助君が斬られていたかもしれないから」
ーーー自分の甘さで、大切な人を失うのはまっぴらだ。
「土方さんは、私が潰れると思いましたか?私が、もう一度人を斬って、それで今度こそ潰れると。それとも、覚悟ができずに斬らないかもしれないと?」
そう言い、じっと土方さんの目を見上げる。
土方さんはスッと目を細め、私を見返してきた。
「いや。お前なら斬ると思っていた。だからこそ平助と2人で夜の巡察に行かせた」
「!!」
ーーーそれは、つまり?
私を、ある意味で、信じてくれた、ということ?
「お前は、これからも人を斬る。今夜はその覚悟があるか、もう一度確認しただけだ」
「それで、私は合格ですよね?」
ーーーそう、挑戦的に微笑んでやると、土方さんはフン、と、軽く鼻を鳴らし、口元にほんの少しだけ笑みを浮かべた。
「まあ、合格にしておいてやる」
「ありがとうございます。ところで土方さん」
「なんだ?」
「……私の巡察、昼ばっかりにしたのは土方さんですよね?」
「……」
「心配、してくれてたんですよね?」
「……」
「……私が、人を斬らないようにって」
「……ふん。たまたまだ。現に、今日俺はお前に夜の巡察をあてがった」
「へぇ、たまたま、ですか」
そう言って私がくすくす笑いを浮かべると、土方さんは不機嫌そうに眉根を寄せてそっぽを向いた。
ーーーやっぱり。
土方さんはツンデレだ。
「私は、もう迷いません。私は、仲間を守るために、人を斬ります。もう、後悔なんてしない。私は決めました。私は、人を斬って、仲間を守って、全部、ひっくるめて全てを受け入れます。……自分の罪を、忘れたりもしません。それが、私が奪った命に対する、唯一の償いですから」
「……そうか」
私の言葉に、土方さんは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに満足そうな笑みを浮かべ、頷いた。
ーーー土方さん。
あなたは優しい人だ。
ーーー「新選組の鬼」。
土方さんは未来でそう、呼ばれている。
けれど。
私はそれは違うと思うんだ。
ーーー土方さんは、優しいから。
だからこそ。
自分が鬼になろうとする。
ーーー自分が悪者になって。
少しでも、仲間の心が軽くなるように。
自ら汚れ役をかう。
ーーーけれど。
ーーーーーーーー私の脳裏に、さっきの彼の顔が浮かび上がった。
「土方さん」
「……なんだ?」
「さっきの、玄関でのことですけど」
「……」
「ああやって、自分だけを『悪者』に見せるようなことはやめてください」
「……見せたわけじゃねぇ。俺は元からーーー」
「ーーー嘘です」
「!!」
「人を斬って帰ってきた私のこと、何も考えてないようなあの態度が、土方さんの本心じゃない、演技だってことくらい、わかってます」
「……そんなんじゃねぇよ」
ーーー眉間にしわを寄せ、殺気立った目でこちらを睨む土方さん。
それでも私はこの先に続けたい言葉を止める気は無い。
ーーーだって、これは土方さんのためでもあり、「彼」のためでもあるのだから。
「あれじゃあ、土方さんが誤解されちゃいます」
「……それで、いいだろうが。俺はかまわない。だれかが鬼にならなきゃならねぇんだ。それが、俺の役目だろうが」
ーーー違う。
ーーー私が言いたいのは、そういうことじゃない。
「違うんですっ!!」
「!!」
ーーー言わなくちゃいけない。
これは、後々すごく大切になるんだ。
ーーー私が、変えたい歴史のうちの一つ。
「山南敬介の脱走、そして切腹」。
その歴史を変えるためには。
ーーー私は、新選組のみんなを救うために前に進むと決めたのだから。
「土方さんは何にもわかってない!あなたのさっきの言葉が、平助君を、そして何よりも、山南さんを傷つけたってことをっ!!」
「!?」
「土方さんは、私のために、そしてあの2人のために、悪役をかってくれました。けど、それがあの2人を傷つけたんだってことを、土方さんは知っておかなくちゃいけないんです!私に覚悟を決めさせることというのは、私に人を斬らせること、つまり、私に人殺しを強いることです。そして、それをさせたのは土方さんでした。その役目を、土方さんは他の誰にもさせたく無かったんですよね?そんな、汚れ役を、近藤さんをはじめ、山南さんにも、させたく無かったんですよね?山南さんは、優しいから。そしてそれを悟らせないために、あんな風にそっけない態度をとった」
ーーーそれが、土方さんなりの「優しさ」だったから。
「でもっ!!その行為がっ!!山南さんを傷つけました!ーーー土方さんが、自分の心を隠すから!!きっと、山南さんは今、悩んでいるはずです。『土方さんの冷たい言動を止められ無かった私に、価値はあるのか』って!!」
「!!」
「わかるでしょ!?山南さんは、そういう人でしょ!?でも、山南さんはそれを誰にも言わないんですっ!!土方さんを、貶めたくないから!!ーーーほんと、あなたたちは馬鹿ですよっ!!お互いを傷つけないようにって行動して、結局自分自身とお互いを傷つけ合ってるっ!!自分の独りよがりな行動に、これっぽっちも気づかない!」
ーーーどちらも、優しいからこその、すれ違い。
私は、これを正さなければならない。
ーーー土方さんにも、山南さんにもこれ以上傷ついて欲しくないから。
「だから、これは私からのお願いです。ちゃんと、今日、2人で話してください。すれ違いは、早めに解消しないと、どんどんこじれて行っちゃうんです」
「……もう、おせーよ」
「そんなことないっ!!それどころか、今こそ必要なんです!!私の前いたところでの友人が言ってました。『仲間というのは、喧嘩して、すれ違いあって、お互い傷つけあって、それでも最後に自分の意見をぶつけ合うことで、形になるものだ』って」
ーーー実際、私もその子と……明日香と、何度もぶつかった。
それでも、ちゃんと親友になれた。
「逃げないでください、土方さん」
「……っ……!!」
「向き合うことから、逃げないでください」
ーーーそれが、私の願いです。
そう言い残し、私は返事を聞かずに土方さんの部屋を飛び出した。
ーーーふたりが、ちゃんと歩み寄れるよう、祈りながら。




