第11話 偽りの発覚
【桜庭瑞希】
「晴明君って、誰のこと?」
「っ!?」
ーーー振り返るとそこには顔に微笑を貼り付けた沖田さんが立っていた。
……ああ。
よりにもよって、この人にバレるなんて。
私、どんだけ運がないの……?
「黙秘したって無駄だよ?」
沖田さんは目が笑っていない微笑のまま、畳み掛けるように言った。
「君の連れ君の名前、『小鳥遊桔梗』って言ってたよね?でも、君は『晴明君』って呼んだ。まさか、それがあだ名とでも言い訳する気じゃあないよねぇ?」
「っ……」
「答えられないのかな?」
「そ、それは……」
そりゃあ、答えられるわけない。
だって、私たち実はこの時代の人間じゃないんですなんて言ったって、信じてもらえるわけないどころかもっと怪しまれちゃうよ!!
さあどうする桜庭瑞希大ピンチ。
「……桜庭さん、は……何も、悪くありませんよ……」
「っ、晴明、君?」
ハッとしてみると、晴明君が布団の上で薄く目を開いていた。
沖田さんは黙って晴明君の方を一瞥した。
「……僕の、名前は、小鳥遊桔梗ではありません……。僕の、名前は……安倍、晴明。僕は、この時代のものではない……。過去の、者」
「……君、ふざけてるのなら斬るよ?安倍晴明?平安の陰陽師と同じ名前だよね?まさか、時空を移動してきたとでもいうの?バカバカしい」
「……いいえ。ふざけているわけでは、ありません……。これが、事実。信じられないのならば……先ほども申し上げたでしょう……?僕を、斬ればいい」
晴明君はそう言って自嘲気味な笑みを浮かべた。
その晴明君の表情に、私は胸の奥がチクリと痛むのを感じた。
沖田さんはさっきまでの笑みを消し、無表情に私の方へ視線を移した。
「……それで?君も、彼と同じように平安から来たっていうの?」
「え……私……?」
「そう」
「私は……」
ああ、もうっ!!
ここまできたら言うっきゃない!!
私は意を決して沖田さんをまっすぐに見上げた。
「私は、200年ぐらい前の未来から来ました」
「未来?」
「はい」
……………………………。
……………………………………………。
重い沈黙が流れる。
あ、判断間違えたかも、とも思わないでもなかったがすでに後の祭りなので、私はいっそ開き直ってじっと、沖田さんを見上げ続けた。
その沈黙を破ったのは沖田さんだった。
「っ、ぷっ、あははははははは!!!!」
「!!」
沖田さんはおかしくてたまらないというように腹を抱えて笑いだした。
「あ、あの、沖田さん?」
「ふふっ、あははははは!!いやぁ、予想以上に面白いっ!!はははははっ!!」
いや、なにが?
こっちはものすごく真剣なんですけど。
なんて言ったって、生きるか死ぬかの瀬戸際なんだから。
私の心中を汲み取ったのか、沖田さんは目尻に涙を浮かべながら手をヒラヒラと振った。
「ああ、ごめんごめん。思わず笑っちゃったよ」
「……何がおかしいんですか?」
「んー?そりゃ、面白いでしょ。君たちが名前を偽ってたのがわかった時、僕はそれなりに君たちの正体について予想してみたんだけど、君たちの答えは予想の斜め上をいっていたよ」
「信じてくれるんですか?」
「うーん。それは無理かなぁ。僕自身は、そうだったら面白いなぁって思うけど」
沖田さんはそう言ってヘラリと腹のよめない笑顔を向けてきた。
「それじゃあ、私が未来の人間だって証拠があれば信じてくれますか?」
「へぇ?そんな証拠があるの?」
沖田さんは瞳に興味深そうな色をのぞかせて聞き返してきた。
私も今思いついたのだが、私は何度も言うように歴史オタクだ。
だから、アレを言えば……。
「梅の花 一輪咲いても 梅は梅」
私のその一言に、沖田さんがピシリと固まる。
「沖田さんは知っていますか?土方さんが書いている句集、豊玉発句集の中の一句です。もし、知らないのなら本人に確かめてみるといいですよ」
まぁ、この反応からして、沖田さんはどうやらこのことを知ってるみたいだけど。
案の定、沖田さんは私のその言葉にまた爆笑し始めた。
……こいつ、笑上戸か?
「ふ、はははははっ!!いいねぇ、君っ!まさか、土方さんの俳句を君の口から聞けるなんて思わなかったよ!!いいよ。面白かったから君の言ってることは信じてあげるよ」
「本当ですか!?」
「うん。一応はね。ただ、彼が『安倍晴明』だって証拠はまだないけど?」
「……今は無理ですが……すぐに、証明できますよ。少なくとも、僕が陰陽師であることは……」
「晴明君?そんなこと、できるの?」
晴明君は淡い笑みを浮かべ、小さく頷いた。
「ええ。今は、少し無理そうですけれど……」
そう言って晴明君は疲れたように目を閉じた。
「さて、と。とりあえずは信じたとして。君たちの処遇についてだけど……」
「あ」
そうだった。
私たちの仕事は信じてもらうことじゃないじゃんっ!!
「や、やっぱり、土方さんとかに報告されちゃうんですか……?」
それよりも、危険だから手打ち?
いや、マジで勘弁してください。
しかし、沖田さんの回答は私にとって、全く予想外なものだった。
「ねぇ、君、僕と取引しない?」




