第101話 二人の半妖
【安倍晴明】
ーーー少女が、立っている。
肩よりも短い、金色の髪を揺らして。
髪と同じ、金の瞳を眼下に向けて。
少女の目下にあるのは、ゆらゆらと燃え盛る、炎の海。
ーーーそこは、つい先ほどまでとある「村」があった場所。
その「村」は、その少女が今日まで育ってきた場所だった。
炎に包まれたその場所に、生きている人は見当たらない。
夜、突然燃え立った炎は一瞬にして村を覆い尽くした。
この村に住む、数百人の人々がそれに気がついたときにはもう手遅れだった。
皆、なすすべもなく炎へと呑まれていく。
その様子を、少女はどこかぼんやりとした表情で見下ろしていた。
ーーーこの村の生き残りは、この少女だけだった。
ーーーそれもそのはず。
ーーーこの村を、炎の「紅」に染めたのは、彼女自身なのだから。
ーーー彼女は、世に言う「忌み子」だった。
この村の村長の娘が、ある妖に惑わされ、そうして生まれた、半妖だ。
娘をいたく可愛がっていた村長やその家族はその事実に怒り、そして生まれた子供を強く憎んだ。
ーーー生まれた子に、罪はなかった。
けれど、そんなことは彼らにはどうでもよかった。
その子供を強く、強く憎んだ彼らは、その子供を殺さず、生きたまま「コロス」ことにした。
村の、「生け贄」。
それは、彼女の体に残る無数の傷跡が証明している。
彼女は生まれながらにして誰からも憎まれた存在だった。
ーーーそこに、救いなど存在しない。
ーーー結果、この炎の顛末を迎えた。
これは、彼らにとっては天罰だったのかもしれない。
ーーー少女はただただ燃え行く眼下をぼんやりと眺めていた。
「ーーーこれは、あなたがやったのですか?」
ーーーーーーーたまたまその村の近くにとある職務でやってきていた僕は、炎の明かりに気づき、そして彼女を見つけた。
「……そう。私が、やった」
「……」
少女はこちらを振り返りもせず、淡々とした調子でそう返してきた。
答えが返ってくるとは思っていなかった僕は、少し驚きながらもさらに質問を重ねてみることにした。
「……なぜ?」
「……あの人たちは、私を憎んでいた。私は、生まれてきてはいけない子供だったのだと、そう、言われた。私は、半妖だから、と。そして、何度も何度も殴られた。痛いこと、嫌なこと、ありとあらゆること全部された。たがら、報復した。……ただ、それだけ」
「あなたは、彼らを憎んでいたから、火を放ったのですが?」
「……わからない」
「わからない?」
「なんとなく、あの人たちを殺してみたくなった。から、やった、んだと思う」
「……」
僕は、その一言でわかってしまった。
ーーーこの少女は、「感情」というものを知らないんだ、と。
「感情」はあるのに、それが「感情」だと知らないのだということに。
ーーー彼女が、その感情を持たずに生まれてくれば、どれだけよかったのか。
その結果……中途半端な「感情」を持ったために、彼女は奇妙な方向へと歪んでしまった。
この子は、自分が村の人々を「恨んでいる」という事実を「知らなかった」。
その、殺意という衝動のことも、知らなかったのだ。
ーーー僕と同じ、半妖の少女。
けれど、彼女とは、周りの環境が決定的に違った。
ーーー正直、どうすればいいのか、わからなかった。
ーーー確かに、この子は人殺しだ。
本来ならば、検非違使たちを呼ばなければならないのだろう。
ーーーけれど。
ーーーそれで一体誰が救われるのだろうか?
そうしてしまえば、彼女は一生「感情」というものを「知らない」まま生きることになるだろう。
ーーーそれならば。
「……あなたの、名前は?」
「え……?」
僕の問いが予想外だったのか、少女はさっきまでとは違い、とても「人間らしい」反応を見せ、こちらを振り返った。
ーーーああ、やはり。
この子は、「狂えなかった」のだ。
そして、「壊れ」もしなかったのだ。
ただ、ほんの少し、歪んでしまっただけで。
それはただ、「知らなかった」から。
ーーーこれならば、まだ戻れる。
ーーーこの子はきっと、とても心が強い子なんだろう。
「……名前……なんて、ない」
「……ならば……僕がつけてもよろしいですか?」
「……」
少女は無表情のまま、じっとこちらを見返す。
けれど、そこに拒絶は感じられなかった。
ーーーこの子きっとすぐに「表情」を取り戻すでしょうね。
そんなことを思いながら僕は口を開いた。
「それでは……そうですね……ああ、そうだ。『道満』なんて、どうでしょう?」
「……どう、まん……?」
「ええ、そうです。『道を、満たす』、で、道満。これから、あなたの運命が、満たされるように、と」
「みた、される……」
「はい」
少女はぼんやりと僕を見た。
「僕の名は、安倍晴明。道満ーーーあなたの友です」
「……と、も……?」
おそらく初めて聞いたのであろうその言葉に、彼女……道満は不思議そうに首をかしげる。
そんな半妖の少女に向け、僕はそっと右手を差し出したーーーーーーーーー。
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「……ん……」
ーーー意識が浮上する。
「……夢、か」
久しぶりに、彼女と出会った時の夢を見た。
金の瞳と髪を持つ、僕と同じ、半妖の子。
「……道満」
彼女は今、どこにいるのだろうか。
ーーー道満は、おそらくこの時代にいる。
何かの目的で、自らの意思でここにいる。
ーーー彼女がなぜ、この時代にいるのかがわからない。
でも、多分その理由は「新選組」にある。
彼女は僕と瑞希さんがここにいると知りながら、それに対してなんらかの行動を起こすことはしなかった。
それはきっと、「新選組」が、彼女がここにいる理由だから。
そしておそらく。
彼女がしようとしていることは……。
ーーー新選組の歴史の改変。
けれど。
その理由がわからない。
「一体、この新選組に、なんの秘密があるというのですが……?」
ーーーその問いかけに答えられる者は、いない。
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【???】
ーーーもうすぐ。
ーーーーーーーすべての始まりが、やってくる。
ーーーもちろん、あれを防いだところで、私の目的が達せられる保証はない。
けれど。
その可能性はぐんと上がるのは必須。
絶対に叶えてみせる。
ーーー晴明と、「彼女」を救うために。
晴明が、もう◾️◾️を恨まなくてもいいように。
「ーーー私はあなたに救われた」
あなたは私に、すべてを与えてくれた。
だから、今度は私の番。
「晴明……」
ーーー今度こそ、あなたを残酷な運命の輪から救ってみせるわ。
今話で第9章本編は完結です(次回は小話です)。
次章では今話で匂わせた通り、二人のタイムスリップの謎を解く鍵となることが起こります。
【???】本人も登場する予定ですので、引き続き、「時廻奇譚」をお楽しみいただければ幸いです。




