第100話 宣戦布告
【桜庭瑞希】
な、なに!?
なんなの、もうっ!!
ーーー私は自室に飛び込み、頭を抱え込む。
ーーーあの沖田さんに抱きしめられて、あんなことを言われたのはほんの数分前のこと。
いまだ、熱の引かない頰と早まる鼓動を持て余し、私はぎゅっと膝を丸めて抱きしめた。
『……心配だった。君がいなくなって。……もう二度と、何も言わずにいなくならないで』
「……あんなこと言われたら、どう返していいか、わかんないよ……」
ーーー突然の出来事に、抱きしめられた力が弱まった途端、返事もそこそこに沖田さんの腕の中から抜け出し、部屋を飛び出してしまった。
「……あんな沖田さん、初めて見た」
いつもの沖田さんとも、この前の、あの苛烈な感情とも違う、何かにすがるような声音ーーーーーー。
ーーーそして。
部屋を飛び出す直前に見た、晴明君の、何かに耐えるような、悲しそうな顔……。
彼の目は、こちらを見ているようで、けれど私たちを見てはいなかった。
ーーーーまるで、何かを思い出したような。
「……」
ーーー膝を抱く力を強め、目を閉じる。
すると、今日一日、いろいろあったせいか、堪え難い睡魔が襲ってくる。
「……」
ーーー直後、私の意識は暗闇の中に落ちた。
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【安倍晴明】
顔を真っ赤にした瑞希さんが、半ば、沖田さんを突き飛ばすようにして部屋を出て行く。
ーーー沖田さんはそんな瑞希さんを無言で見送り、溜息をついた。
「……混乱、させちゃったかな……」
珍しく、自嘲気味に笑う沖田さんの姿はいつもより弱々しく見えた。
『……心配だった。君がいなくなって。……もう二度と、何も言わずにいなくならないで』
ーーー沖田さんが見せた、痛いくらいの本音。
それはまるで、あの時の自分を見ているようで、
僕はそっと視線を逸らした。
「……それでは、僕も部屋に戻りますね」
「ああ……」
そう断りを入れると、気の入っていない返事が返ってくる。
僕は無言で立ち上がり、瑞希さんの出て行った、開け放たれた戸に手をかけ、ふと、足を止め、後ろを振り返る。
「……沖田さん」
「……なに?」
「大切なものは、手放してはいけませんよ」
「っ!?」
「手を離してしまえば、もしかしたら、もう二度と手を触れられなくなるかもしれない。……僕のように、ね」
「!!」
沖田さんは驚いたようにこちらを見上げ、何かを言いかける。
が、僕はそれを聞くよりも早く、身を翻した。
ーーー一度、手を話してしまえば、もう、届かなくなる。
僕はそれを、痛いほどよく知っている。
ーーー僕は、あの日、「あなた」を守れなかった。
そばに置いておけばよかったのに。
けれど、僕はそれができなかった。
その結果、僕は「あなた」を失った。
僕は、そうして同じ過ちを繰り返した。
そう。
僕は。
同じ過ちを、二度繰り返したんです。
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【沖田総司】
ーーーあれは、どういう意味なんだろう?
ーーー「僕のように」、なんて。
ーーーもしかして。
ーーー彼は過去に、なにか……いや、誰か、大切な人を失った?
この前の、彼の言葉が思い出される。
彼は、瑞希ちゃんに恋をすることは絶対にない、そもそも、自分はもう二度と恋をしない。
彼はそう言っていた。
そしておそらく。
その失った人物はーーーーーーー。
彼のーーーーーー。
「……沖田」
「っ!?……は、一君……」
突然かけられた声に、急いで顔を上げると、そこには相変わらずの無表情の一君がいた。
ーーー情けない。
考え事をしていて、人の接近に気づかなかったなんて。
「……どうしたの?君がこんな時間に訪ねてくるなんて珍しい」
「お前、瑞希に何か言ったのか?」
「……」
ーーー瑞希ちゃんが出て行ったの、見られてたのか。
というか、一君、いつからあの子のこと、下の名前で呼ぶようになったのさ?
「……何でもないよ。ただ少し、昼間の件のお説教をしてただけ。見てたならわかると思うけど、桔梗君もいたでしょ?」
まぁ、ちょっと色々やり過ぎちゃったけどさ。
「そうか。……ところで、沖田」
「なに?」
「……あいつは女だな?」
「……。気づいてたんだ?まぁ、なんとなくそうかなとは思ってたけど」
ーーー君の態度、瑞希ちゃんだけ違うから。
「それで?それを知って、どうするつもり?」
ーーーあの子をここから追い出す?
そんなこと、僕が許さないよ?
「……俺は、あいつが好きだ」
「……」
ーーーそう。
それも、なんとなく予感はしてた。
けど、ここまで直球に言ってくるとはね。
けれど。
その後の一君の言葉は僕の予想外のものだった。
「お前も、あいつのことが好きだな?」
「っ!?」
ーーーッーなんで。
どうして、それを……。
いや、それよりも。
「……それを聞いて、どうするの?諦めてくれるわけ、君は?」
「違う。そんなわけないだろう?」
「だろうね。で?だったらなんなのさ?」
「……わかっているのではないか、沖田?」
「……」
ーーーああ、そうだね。
わかってるよ。
嫌なくらい、わかってる。
君がそんなことを言ってくる理由なんて、一つしか考えられないから。
「宣戦布告だ、沖田。俺は、あいつを誰にも渡さない」
「……その言葉、そっくりそのまま返してあげるよ」
ーーー僕だって、引くつもりは毛頭ない。
「あの子は渡さない。なんとしてでも、僕のものにするから。誰にも渡さない」
「上等だ」
一君はほんの少し口角を上げて言った。
僕は、この勝負に負けるつもりはない。
一君にも、もちろん、晴明君にも。
だからねーーーー。
ーーーこれから覚悟しておいてね、瑞希ちゃん。
僕は、必ず君を振り向かせてあげるから。
「僕からも、宣戦布告だよ、一君」
ーーー僕はそう言い、いつものように不敵な笑みを浮かべた。




