第97話 桜庭瑞希の逆襲
【桜庭瑞希】
いつの間にか流れていた涙を、おもむろに手を伸ばした山崎さんが優しくぬぐったところで、やっと冷静になった私は自分の言動の恥ずかしさに、今更ながらに赤面した。
そんな私の頭を、山崎さんは困ったような、けれどどこかまぶしげな表情で優しく叩いて言った。
「すまない。あなたを悲しませるつもりはなかった……」
「い、いえ……私も、その、勝手に泣いてごめんなさい」
私が泣き止んだのを見届けたからか、その手を離し、山崎さんはさっきまでとは打って変わって真剣な眼差しで私を見下ろした。
「さて、と。そろそろ、ここから脱出する方法を考えましょうか」
「そ、そうですね……。私の剣は……まぁ、やっぱり取り上げられていますよね……」
「私のもです。でもまぁ、武器は現地調達でもなんとかなりますよ!あいつらの1人をしばけばいいんですもん」
なにぶん、私は腕っ節にも結構自信はある。
なにせ、フェンシングやる前は総合格闘技とかにも手を出してたからね!
「そ、そうですか……」
グッと手を握って言い切った私に、山崎さんは若干引きつった顔を向け、そう曖昧に頷く。
「山崎さんは、武術の方は?」
「柔術の心得がありますので問題ありませんが……」
「よし!じゃあちょっと行って暴れましょう!!物事は思い立ったが吉日です!さっきは油断しましたけど、今度はそうはいかないからっ!!」
「え、ちょっ、待ってください鍵のかかった戸をどうやってあけるつも……」
ーーーーーーードカンッ!!!!
「開きましたよっ山崎さん!!」
「……」
扉を回し蹴りで蹴り飛ばした私を、ポカンとした表情で惚けて見る山崎さん。
山崎さん、口が開いてますよ。
っていうか、このドアチョロいな。
ま、木造だしこんなもんか。
鉄の扉じゃなくてよかったー。
「さて、と……」
閉じ込めておいたはずな私の登場に、周りで見張っていた男たちのあっけにとられた視線がこちらを向く。
その中に、さっき私を殴ったやつを見つけ、そいつを最初のターゲットに決め、不敵に微笑んでやる。
と、やっと石化から戻った彼らが武器をとって向かってくるが……。
「遅いっつーの!!」
「ぐあっ!!」
最初のターゲットを難なく蹴り飛ばし、武器を奪う。
ーーーあーあ、日本刀か。
これ、使いづらいんだよねぇ、重いし。
まっ、背に腹は変えられないから我慢するけどさ。
ーーーよし、さっきの報復完了っと。
結構容赦なく「大切な急所」蹴ったからしばらくは起き上がれないだろーな。
泡吹いて気絶してるし。
背後から仮にも乙女の頭を殴ったこいつが悪い!
これ以上バカになったらどうしてくれんの!
目も当てられないよ!!主に私の平成に帰った時の成績表が!!
「な、なんなんだっ、この小僧はっ!?」
「と、とらえろっ!!」
「そうは行くかっ!!」
男たちが態勢を立て直すよりも早く、私はリーダー格のやつに斬りかかる。
そいつが倒れればもう、総崩れ。
その場にいた五人を峰打にして気絶させてやった。
ざまぁ!
「終わりましたよ山崎さん……って、どうして引いてるんですか?」
「い、いや……。ず、ずいぶん強いのだな、と……」
ひきつった表情の山崎さんはそんなことを言いながら、蔵から出て来て見張り役の武器のうちの一つを取り上げた。
「それで、あの女の人たち、今どこに監禁されているか、わかりますか?」
「え……?」
「ここまで来たんです。彼女たちの奪還、手伝いますよっ!!」
「それは……」
山崎さんは驚いたように、けれどどこか嬉しげに目を細めた。
「……それでは、お言葉に甘えて……」
「……瑞希君、そこでなにやってるの」
「「!!」」
ーーーそんな、聞き覚えのある声に、私はビクリと、山崎さんはハッとして警戒したように、後ろを振り返る。
そこには声の主ーーー沖田さんが立っていた。
「……君がどこかで迷子になってるかもしれないからって聞いて、みんなで探しに来てみたら……。何やってるの?こいつら、何?」
「お、沖田さん……」
「沖田?」
「それと、その隣の彼、誰?」
訝しげに地面に倒れ伏した男たちを足で小突いていた沖田さんの視線が、ほんの少し剣呑な光を帯びて私の隣に立つ山崎さんを映す。
「あ、えっと、この人は……」
ーーーああ、山崎さんについて説明するとなると、ここまでの経緯いを話さなきゃならないんだよね……。
「瑞希君?」
「は、話しますよ!!話しますからそんなドスのきいた声出さないでくださいよっ」
不機嫌な声の沖田さんに急かされ、私はことの顛末を掻い摘んで説明することになった。
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「……つまり、迷子になった君はまた余計なことに首を突っ込んで、で、今に至るってわけ?」
「う……はい……」
「……ねぇ君。僕が今一番言いたいこと、わかるよね?」
「うっ」
「君さ、ほんと、馬鹿?」
「……」
ううううう。
やっぱり言われた。
でもそんなにストレートに言わなくても。
「……まぁいいよ。終わったことは仕方ない。お説教は後にするとして、だ」
そこで沖田さんはくるりと山崎さんの方へ振り返った。
「それで、あなたが……?」
「山崎丞と言います。あなたは新選組の沖田総司殿で、間違いありませんよね?」
「……なぜ、それを?」
「そりゃあもちろん、あなたは有名ですから。新選組きっての剣豪、とね」
「ふぅん?まぁ、確かに僕は沖田総司だ。で、瑞希君?これからどうするわけ?どうせ君のことだ。その人質とやらを助けにいくんでしょ?」
「そ、そうしたいんですけど、その……」
できれば、その……。
「僕に手伝って欲しいって?」
「は、はい……」
いや、まぁ無理だよね……。
「いいよ」
やっぱり……って!?
「い、いいんですか!?」
「そう言ってるでしょ。でもこれ、貸しだから」
「はい!ありがとうございます!!」
「ま、というわけだから僕もその奪還作戦に作戦に参加するので、よろしく、山崎さん」
「は、はぁ……。二人とも、どうもありがとう。ところで……桜庭さんは、ひょっとして……?」
「あ、そういえば言ってなかったですね!!私、これでも一応新選組の一員です!これからよろしくお願いしますね!!」




