第96話 真っ直ぐな彼
【山崎丞】
不覚にも捕らえられた私は、閉じ込められていた蔵で不思議な少年に出会った。
年の頃はまだ若く、ひょっとしたら15にも届かないほど。
くるくると表情が変わり、大きな瞳にはわかりやすい感情が映っていて、彼の性根の素直さが伺える。
その上、「困っている人がいたならば助ける」という、本来人として当然でなければならない、けれど多くの人が忘れ去ってしまったことをさも当たり前のように語った、真っ直ぐさ。
よほど親御さんの教育が良かったのだろう。
彼があまりにも感情が表に出やすかったので少々からかってみると本当に驚いていたのも、また面白いと思った。
ただ、左の腰に刀ーーーといっても妙に細いもので、それは奴らが持って行ってしまったがーーーを刺していたことや、仕草の端々に見える育ちの良さから推測するに、彼は武士のご子息なようなのだが、しかし、それはとても奇妙なことだ。
この年で何かの要職についているわけでもないだろうから、そもそも帯刀しているのはおかしい。
とはいえ、私の観察結果として、彼自身になんらかに邪念があるわけではなく、逆に己の身分を鼻にかけず、女性を助けようとした心意気は日頃、手打ちだなんだと粗暴な振る舞いをしている上に高圧的な不良武士たちに見習って欲しいと思えるほどである。
ーーー本当に、実に不思議な少年だ。
ーーーそんなことを考えながら彼……桜庭瑞希と名乗るこの少年と会話を続けていた時、ふと、彼は不思議そうに私を見上げ、こんなことを言ってきた。
「山崎さんの目……ひょっとして、緑色に近い……ですか?」
「っ!!」
ーーー気づかれた!?
この瞳の色にーーーーーーー。
ーーー私の瞳は生まれつき、近づいてよく見なければ気づかないほどのものだが、ほんのり緑色をしている。
……私は、この瞳が心底嫌いだった。
幼い頃、初恋だった幼馴染にこの瞳に気づかれ、「気持ち悪い」と言われたのがきっかけだが、それ以前に、自分でも気味の悪い色だと思っていたからだった。
「す、すみません!その、変なこと聞いてしまって……」
私の反応からそんな私の内心を察したのか、彼は焦った顔をしてかばりと頭を下げてきた。
ーーーこの少年は案外人のことをよく見ているのかもしれない。
私はそんな風に思いながら苦笑を返した。
「いや……別に構いませんよ。……このくらさで気づかれるとは思っていなくて、驚いただけですよ」
ーーーああ。
この少年も、やはりこの瞳を忌避するのだろうか?
ーーーけれど、それは仕方のないことなのだろう。
両親でさえ、この瞳のことについては腫れ物に触るかのように避けていたのだから。
ならば、せめて、不快な思いをさせないうちに断っておこう。
「ええ、そうです。私の瞳の色はほとんど気づかれることはないですが、わずかに緑色をしています。……本当に、気づかれるとは思ってもみませんでした。ですが……申し訳ない。この瞳は気味が悪いと思われるかもしれないですね。不快な気分にしてしまったならば謝りま……」
ーーー「気味が悪い」と言われることには慣れている。
そう思ってそう言いかけた時だった。
「そんなことないですっ!!」
突然、彼が勢いよく顔を上げてそう、ひときわ大きな声で叫んだ。
ーーーその、なぜか自分が傷ついたかのような、泣きそうな顔に、私は「大声を出しては目が覚めたことを気づかれる」という注意をすることも忘れて息を呑んだ。
「気味が悪い、なんて、そんなことないですよっ!!」
ーーーまるで、誰かに言い聞かせるように、その言葉を繰り返す。
ーーーそんな彼の瞳は今にも泣きそうだったが、それでいて、恐ろしく澄んでいて、私は思わず声を失ってただただ彼の言葉を聞いていた。
「そんな風に、自分を卑下しちゃ、だめなんですっ!!そんなことしたら、誰も救われないっ!!自分だって、心が変になっちゃうっ!!」
ーーー澄んだ瞳が、私を見ているにもかかわらず、しかし、どこか、別のーーー別の誰かを見ているような、そんな気がする。
ーーーそして。
ーーーそこからポロポロとこぼれ落ちた雫を見た私は。
ーーー思わず、自身の右手を彼へと近づけていたーーーーーーーーーーーーーーー。
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