第1話 白狐と少女
【】の中が〜目線になっています。
それでは本編をどうぞ^ ^
【桜庭瑞希】
「じゃあね、瑞希、また明日!! 」
「うん!バイバイ明日香! 」
そう、いつものように満面の笑みで友達と別れた私は家路を急ぐ。
明日香……前原明日香は私の小学校の頃からの幼馴染で親友だ。
今年の四月から通い始めた高校も明日香と一緒に通っている。
真っ白で青のラインの入ったブレザーに青いチェックのスカートという可愛らしいデザインの制服は私のお気に入りで、明日香も私と同じように制服目当てで学校を選んだとか。似た者同士っていうのは私たちのようなことを言うのだと思う。
妙に色っぽくて男子にモテまくってるところは全く似ても似つかないが。
「今日の夕飯は何かなぁ? 」
ハンバーグだといいなーーなんて考えてみたりもする。
ハンバーグは私の大好物だからね。
まぁ、オムライスも捨てがたいんだけど……。
「……ん? 」
と、私の視界の端を横切った、何か白いものに、思わず釣られて振り返る。
そこにいた「もの」に、私は思わず声をあげた
「え?」
ーーーそこにいたのは真っ白で小さな狐だった。
「なんだ、狐か……って、ええっ!?」
なんで、ここに?
ここ、東京の市街地だよ?
狐だよ?
猫じゃないよ?
ーーーしかもすっごく綺麗で真っ白な。
…………。
………………………。
……いやいや、ないわ。
動物園から逃げ出してきた?それとも幻覚?白昼夢?
ーーーが、しかし、それは白昼夢でもなんでもなく。
目の前の白狐は現実としてそこにいて、つぶらな赤い瞳が、私の方をまっすぐに見つめている。
その瞳は、慈しむような温かさをもっている……私はなぜかそんな風に感じた。
思わず近寄ろうと一歩踏み出すと、その白狐はまるで私を誘うかのように、ふさふさの尻尾を揺らし、くるりと背を向けて走り出した。
「え、あ、ちょっと待って!! 」
なんとなく行かなきゃいけないような気がした私は慌ててカバンを持ち直すと白狐の後を追った。
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迷いのない足取りで道を進み、時折私が後を追ってきているかを確認するように立ち止まっては振り返る白狐に導かれ、私は古ぼけた神社へとやってきた。
「白神神社」と書かれた看板のようなものを通り過ぎ、鳥居を潜った先にあった本殿の前でその白狐は立ち止まり、今度は私の方ではなくじっと本殿を見つめている。
本殿にはなぜか、まるで新築のお屋敷のように立派で、重厚かつ重そうな黒に近い茶色の扉があり、それは当たり前のごとく閉じられている。
ーーーそこで、私はふと、本殿のすぐ隣に立っている巨大な木に目を留めた。
私の身の丈の何十倍もある巨大な木。
一体どれだけの年月が過ぎればこうまで大きくなるのだろうか?
白狐は相変わらず微動だにせずに閉じられたままの扉を見つめている。
が、何かに気がついたように白狐の耳がピクリと動いた。
直後、何か重いものを動かした時のような音が響き渡り、ひとりでに扉が開き始める。
「うそ……」
ーーーなぜ、タイミングを計ったように扉が開いたのか。
ーーーなぜ、白狐は私をこの場に連れてきたのか。
湧き上がる疑問は尽きなかったが、しかし、私は声を上げることもできず、ただただ呆然と扉を見上げた。
……そして。
その中から突如として現れた「人物」を見て、私は息を飲んだ。
ーーー巻き起こる風に弄ばれて、ふわり、ふわり、と揺れる長い金色の髪。
ーーー驚くほど澄んだ、大きくて丸い、髪と同じ金色の瞳。
ーーーそして、袴のような、けれど動きやすいようにか下はまるで学校の制服のような赤い、膝上のプリーツスカート。
それはまるで、ファンタジーに出てくる巫女さんのような格好だ。
「女の子……?」
年は私よりも下ーーー12、3ぐらいだろうか?
顔の造形は驚くほどに整っていて、アンティークドールもかくや、というようで、同性の私から見ても愛らしい。
だが、それでいて、その少女は、普通とは「何か」が違うようなーーーけれどその正体はきっと分からないーーーそんな気がした。
が、それよりも一体なぜ、こんなところにーーーいや、それ以前になぜ神社の、しかも本殿の中から女の子がーーー?
「やっとこの日が来たわ」
少女は年齢にそぐわない淡々とした口調で、無表情にそう言った。
少女の声は凛と、まるで空気を丸ごと洗い流すようによく響き渡る……。
「へ?何が……?」
混乱した頭でそう、なんとか言葉を絞り出す。
一体、この子は何者なんだ?
何でこんなところに?
「やっとこの日が来た」って、いったいどういう……?
聞きたいことは山のようにある。
それなのに、私はなぜかそれらを口にすることができなかった。
ただ惚けた顔で、無機質な表情を浮かべている少女を見つめる私はさぞや間抜けに見えただろう。
少女は私へ視線をまっすぐに注ぎ、言った。
「桜庭瑞希。今からあなたをある時代に飛ばす」
「え……ある時代……? 」
「ええ、そうよ」
………………………………。
………………………。
………………。
いやいや、ちょっと待て!
ある時代に飛ばすって何!?
しかもなんでこの子は私の名前を知ってるの!?
「これは、定められた、いわば運命。ずっと前から決まっていたことよ」
疑問の言葉を発することすらできないでいる私を気にした様子もなく、少女は淡々とした口調で続けた。
「……説明している時間はないわ。もう、時間がないの。あなたはその場所に行けば、私のことを忘れるわ。……そして、あなたは運命に従って動き出す」
「ちょっ、ちょっと待ってよ! 意味わからないよっ!? あなたは一体誰なの!? 」
さすがに少女の言っていることの意味がわからず、私は思わず抗議の声を上げるが、
「……今は、それを知るべき時ではないわ」
少女は私の言葉をあっさりと切り捨て、ひらりと地面に降り立つ。
真っ白な狐はいつの間にか姿を消していた。
少女はゆったりとした動きで隣にあるあの大木へと近づき、そっと手のひらを幹に触れさせた。
「さあ、運命の歯車が動き出す時。『時廻りの木』よ、その道を示しなさい。つなぐべき時間、つなぐべき場所へ」
ゴウっと風が巻き起こる。
その瞬間に大木から立ち上ったまばゆい光に、私は思わず目を瞑った。
その光がみるみるうちにこちらの方へ伸びてきて、私をすっぽりと包み込んでいく。
なにこれなにこれなにこれえっ!?
悲鳴を飲み込み、必死にあの女の子の姿を探すが、眩しすぎてそれもかなわない。
光はどんどん強くなり、私の意識がそれに比例するように遠くなっていくのを感じた。
もう、一体何なのよ。
私はここで死ぬのか?
ああ、こんなことならあんな、明らかに不審な狐なんか追いかけるんじゃなかった。
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……薄れゆく意識の中、私はあの少女の声を聞いた。
「……あなたは『向こう』に行けば、私のことは忘れるわ」
「けれど……」
「……お願い、桜庭瑞希。あの人を……◾️◾️◾️◾️を救ってあげて……そして……」
そうして私の意識はプツリと途絶えたーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。
はじめまして!日ノ宮九条です。
歴史物は今回が初めてなので、至らぬ点もたくさんあるとは思いますが緩く楽しんでいただけたら幸いです^ - ^