到着前の
ゆっくり見ていってね~
自分で言うのもなんだが、俺こと天原遊≪あまはらゆう≫はこの魔法あり悪魔あり巫女あり神様ありのなんでもありのこの世界の中でもなかなかに素敵な人生を送ってきた自信がある。
勿論、そんな自信無いにこしたことはないが両親を旅行中に失い自分自身も意識不明の重症を負ってしまいなおかつ目が覚めたら見たことも無いお姉さん≪ババア≫の顔が目の前にあったら誰でも泣きたくなるだろ?しかも最近はさらにヒドくなってきているときたら人生の回想ぐらいしたくなるさ。
なんてったって飛行機の中で寝ていて離陸前はよくしゃべっていた日本人が静かだな~と思って起きてみたら機内をよく分からん自称「魔術結社」共が占拠してるんだよ、うん、まぁ、アレだな。俺は現在進行形でハイジャックの真っ只中に居るわけだ。
「毎度毎度こんな事態に巻き込まれちまって、ろくな死に方しないな俺」
ロンドン発東京行きの大型旅客機の座席に座りながら思わず俺はそんな独り言を漏らしていた、今俺が乗っているこの飛行機は乗員乗客含め二百五十人以上の人質が「魔術結社」と名乗る十二人のグループに拘束されていて早くも一時間が経っていた。
この旅客機は三つの座席が横に並んでおりそれが左、中央、右と何十にも連なって配置されている。そしてその配置が最後尾座席から操縦室につながる直前の最前列まで続いている。目測二百メートルあるかないかの一直線の座席脇の通路を八人の若い男女が二人一組でペアを作り巡回している。
俺はハイジャックされる瞬間は残念ながら見ていなかったのだが隣の座ってがたがたと小鹿のように震えている日本人男性に聞いたところ、どうやら離陸してから数分後に突然一人の男性が立ち上がり操縦室へと駆け込んでいったようだ。
しかもそれを制止しようとした女性キャビンアテンダントは彼が言うには「見たことも無い形状の黒っぽい何かで腹をズタズタに引き裂かれた」らしい。どうも彼は若い女性キャビンアテンダントを口説こうとした時にばったり凄惨な殺人現場に鉢合わせしてしまったようだ。まぁ、震えるのも仕方ないだろう大の大人がジーンスの真ん中にドデカい染みを作ってんだ相当ショックだったんだろう。
『魔術師』神が起こした奇跡を再現し自らもその恩恵を得ようとする『脚本家』、うちの師匠つまり俺を救ってくれたお姉さん≪ババア≫はそう魔術師のことを呼んでいた。体中を縦横無心に駆け巡っている血管も血がなければただの管、血管に血が流れていなければ人間は動くことはできない。魔術師は神や悪魔や天使が作ってくれた経路に魔力を流し込むことで人の身体では到底起こすことが出来ない奇跡を作り出している。
彼女はそう言っていた。だが、神や悪魔や天使が与えてくれた奇跡をそのままの形で使うような人間など今の時代数えるほどしか存在していない。
人間の交通手段が徒歩から馬へ馬から自動車へ、自動車から飛行機へ変化したのと同じように人間は貪欲に効率化を目指す。カンタンな話、そんな奇跡を発現してくれるありがたい魔術も魔法も超常的な力は簡略化され人間のいいように使われてしまっている。当時の人間たちはよかれと思ってやっていたのだと思うが、現在進行形でその成果を間接的なのか直接的なのかは分からないがハイジャックの手段として行使されてしまっている俺はなんともいいようのない行き詰ったような感情に囚われている。
俺は師匠がどこぞへと失踪する前は彼女と一緒に何でも屋のようなことをやっていたが、流石にハイジャックまですることはなかったのでハイジャックのセオリーなんてものは分からないのだが魔術師なんて普通じゃないものが絡んでいてはセオリーもクソもないだろう。
そのおかげでこの事態を一発で解決できそうな手段は持っているが何の罪もない一般人を巻き込んで一人生還というのも後味が悪い、主に遺族から賠償請求やら謝罪の要求やらなんやら突きつけられたら面倒な事になってしまいそうだ。
ふと、隣の席へと視線を送ってみるとさっきまで小鹿のように震えていた男が両手を膝の上で組み合わせ目をつぶりながら必死に何かを呟いている。
「神様……ああ、神様……助けてください…………どうか、どうか、どうか…………」
ろくに神様など今までの人生で信じてきたわけでもないだろう日本人男性がジーンズにある染みを大きく広げながら歯を食いしばり目を固く結び祈っている。
おいコラ日本人神様は俺みたいな便利屋でも何でも屋でもないんだぞ、祈るなら俺に祈れ。それ相応の見返りとして金はもらうが。もらうだけもらって助けるかどうかは微妙なところだが。
そしてよくよく見て見れば今までずっと考え事をしていたせいで気が付かなかったが飛行機の中は静寂に包まれている、交代で見回りをするハイジャック犯達の足音や時折聞こえる乗客からのすすり泣きの声そして小さな窓の外から聞こえるエンジン音それ以外はまったく聞こえない。一言で表すなら自然な静寂、この場にあるべき音だけがこの異質な空間に響き渡っている。
寝起きの運動としてハイジャック犯の殲滅というのはいささかハードすぎる気がしない訳でもないが、出来る出来ないの前にやらなければいけない。殺さなければアチラ様に殺されてしまう、異質なこの空間に普通のマトモな価値観は通用しないということだ。
さて、俺が九回裏の満塁サヨナラホームランをぶちかますにはある程度の下準備が必要だ、モーゼやイエスでもあるまいに海を割ったり黄泉返りを単発でぽんと出来る訳ではない。要点を掻い摘んで言えばこの飛行機にある最後尾座席のさらに後ろそこには貨物スペースがあり様々な荷物が積みこまれている、俺の一発芸に必要な道具もここにありなんとかしてここまで生きてたどり着かなければいけない。
だが、この異常な状況下でそれが出来るのか?それは正直少しいや……かなり微妙なところだ。
総勢十二人のハイジャック犯は半数以上の人数を見回りに割いている、こんな人口密度では技術や運などの要素うんぬんの前に物理的にハイジャック犯に見つからずに飛行機の最後尾までたどり着くのは不可能だ。
人海戦術とまではいかないが俺一人ではどうしようもないのは確かだ。いくら師匠によって半強制的修羅場を潜り抜けてきた俺でも無理無理、それに例え一発芸の種を仕込むことに成功したとしてもこの一発芸はよくよく考えてみればいささか規模がデカすぎる。
公衆トイレの個室に人質と共に立て籠もった犯人に向けてショットガンを撃つようなものだ、あまりにも力加減が難しい。あっはん、詰みじゃないか。一旦思考を停止し座席に深く座り込んだ俺は額に片腕を乗せてただ何をするわけでもなく飛行機の天井を見上げていた、そんな時。
ピンポンパンポ~ン、やけに間抜けな飛行機の電子音が耳に入った。
キャビンアテンダントが離着陸の際に乗客へシートベルトの着用を促すためなどに使われるやつだ、だが聞こえてきたのはキャビンアテンダントの声……などではなく野太い男の声だった。
「乗客の皆々様、まずは私たち『魔術結社』の粗暴な行動に対して謝罪をさせていただきたい」
素敵すぎる、ハイジャック犯のリーダーらしき人物が演説か何かを始めやがった。しかも、乗客を監視していた連中は揃いも揃って全員片膝を床に付き頭を見えぬ声の主に向かって下げている。…………お、これはチャンスじゃねぇーのか。
「我々『魔術結社』は何も乗客の皆様とご一緒にこの鉄の鳥と共に心中するわけでも、日本政府に交渉を迫るわけでもありません。少しばかり、この世界の発展のための活動にご協力をお願いしたいだけなのです」
この演説タイムを利用すればなんとか最後尾までたどり着けるかもしれない、道中通路をふさいでいる方々には若干天国に行ってもらうはめになりそうだが。
「ああ、先に言っておきますが私の手の中にはヴェーダ神話に登場する破壊神シヴァをモチーフに作った『第三の目』という魔具≪まぐ≫があります。細かい原理の説明は省かせていただきますがこの目がある限り私は貴方達の行動を監視出来るので、どうか馬鹿げた行動はお控えください」
余裕たっぷりと言ったような声色の声が静まり返った機内を伝わっていく。嫌な感じだ、まるで声と共にこの場の主導権がこの男に譲渡されたそんな気分になってしまう。
『魔具』俺の師匠曰く「素敵な二番煎じ」……だそうだ、何が素敵なのかはまったく分からないが彼女が言わんとしていたことはなんとなく分かる。
魔具というのは神話や伝記上で神や天使、悪魔が持っていたとされる魔法の力が掛かった道具を模範して作られた人間用のマジックアイテム……まぁ、つまりは神が使う神具≪しんぐ≫をマネして作られた粗悪な劣化品、有名ブランドの名を語る偽ブランドのハンドバックみたいなものだ。ちなみに粗悪な劣化品だからと言って魔具の全てがメイドイン中国であったりメイドインブラジルだったりするわけではない。
「私達の目的……それは魂の浄化なのです、…………そう、私達は地上という穢れが渦を巻く不浄なる土地に産み落とされた堕天使なのです。元々私達は神の御許を受けその御前に立つ資格がある…………私達はその資格がある!怠惰なる地上の生活によってこの身体にこびりついた罪をこの地上の世界より隔離された鳥の中で洗い流し、私達は昇華するのです!!」
……だったら、一人でやれよ。流石にこの魔術結社のリーダーらしき人物の演説により機内はざわめき始めた、頭を抱え込み自分の両手で両耳を塞ぎ現実から逃れようとする女性、今にも立ち上がり近くで祈りを捧げているハイジャック犯に襲い掛かりそうな若い男性、極限状態で何かの枷が外れたのかケタケタと口の端から唾液が滑り落ちるのも気にせず笑い続ける初老の女性、さまに機内は混迷を極めているといった状況だ。
ちなみに隣の日本人は未だにいままでまったく信仰していなかった神様へと祈り続けている。このまま暴動でも起きてハイジャック犯をリンチしてくれねぇかなー、と気楽に座席の上でふんぞり返っていた俺だったが数秒後俺の人生計画は大きく変更を余儀なくされる。
「三つ又の矛先よ、ドゥーの行動よ、真下へ曲がれ」
いきなり男の声の声色が変わりさっきまでとはまったく関係の無い文脈の言葉が機内に響き渡った瞬間。一瞬前までざわついていた機内が水を掛けられたように静まり返った、再び機内を静寂が支配する。
何が起きたのかまったく理解できていない俺は体は動かさず視線を左右へと走らせた。
すぐ横でさっきまで祈っていた日本人はさっきと同じ体勢のままだ。いや、よくよく見てみればまったく動いていない。今までろくに信仰していない神様の名前を件名懸命に呟いていたはずの口がまったく動いていない。さらに周りを体を動かさない範囲で見てみれば全員が動きを止めている、止めているというよりは無理にさっきまでの状態を維持しているように見える。間違いない、このイカレポンチのリーダー格が何かやったに違いない。
「皆様、どうかリラックスしてお聞きください。どうやら良い感じに三つ又が効いているようですね、…………ふぅ……いやぁ~、思ったよりも『矛先』の調整に手間取ったもので普段はやらない演説なんてやらせていただきましたがね。今皆さんが動けないのはインド神話に出てくる神具トリシューラというものをモチーフに作られたものでしてね、三つある矛先の一つをいじれば簡単に人間の動きを抑えることができるんですよ」
さっきまで丁寧な口調で話しかけていた男の様子が一転して今度は妙に口調が軽くなっている、どうやらこちらがこの男の本当の口調のようだ。察するに乗客を下手に動かさずに魔具の下準備をするために一芝居打ったのだろう。
ムカつくが、俺はまだ体が動ける。
まだ詰みではないが王手飛車取り桂馬攻めくらいにヤバい状況に変わりはない。状況を確認してみると、乗客はおそらく俺以外は野郎の言う『矛先』とやらで硬直状態にあるなぜ俺が動けるのか疑問ではあるがその答え合わせは後回しにしておこう。
次にハイジャック犯であるが相も変わらず片膝をついて祈りを捧げている。
これ自体は逆にチャンスに思えなくもないがリーダー格の男が客席を監視できる魔具を持っている可能性が高い、従って以前の状況と現状は大差ない。
だが、諦める気など毛頭ない五十代後半の成人男性の後頭部くらいに毛頭ない。ここで諦めてこの男たちの言うがままなすがままに流されることも出来る、一発逆転の策は手元にはないのだからその方が簡単だし現実的だ。
感傷的になっても感動的になっても少しだってこの現実は好転しない、黙っていても好転しない、だったら俺がやるしかない。俺は心の中で何度もこの言葉を反芻し噛み砕き飲み込んでいく。怖くない訳がない、むしろこんな状況を喜ぶ方がおかしい俺の師匠はこんな修羅場を嬉々として乗り越えていったが俺はそんなこと出来ない。だから、俺は俺なりのやり方で―――
「この状況を乗り越えて、打破して、―――生き残る。」
そして俺は座席を飛び出した。
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