この線上をゆく
自分が生きていることに、この世の中にとって意味があるとして、それを果たさなかったらどうなるだろうか。それが俺の中での最近のテーマになっている。世界が大きく変わるかもしれないし、何も変化しないかもしれない。人間は相補性の中で生きる不完全な単体の寄り集まりなので、パーツとしての個人が欠けても、何ということもなく収まってしまうのではないか。俺の生きている意味など、交換可能な歯車の一つに過ぎないのかもしれない。
「別にいいじゃん? それで。意味があるかないかなんて関係ないよ。私は生きていればいい」
居間で携帯をいじる、付き合って間もない彼女にそれとなく聞いてみると、無気力な老犬を思わせるような怠惰な答えが返ってきた。だがこれはこれでストイックでもある。自分に価値を求めないのだから、ずいぶん突き放した考え方だ。
「でも聡はそれじゃ足りないのね」
足りないのではない。なにか、重要なものが、例えるならクリスマスツリーのてっぺんに星を飾り忘れたような欠落感に落ち着かないのだ。
「自分の存在ににOKって言えないことがそんなに恥ずかしい? それは自分がかわいいってだけだと思うわ」
「じゃあ、お前はどうなんだ? 玲奈」
たまらず口を挟んだ。
「お前は何をもって人生を生きているんだ」
自身を、自信を持てないことに、苛立ちは募る。枯れた大地にに水が一瞬で染みてしまうように、何をしても満たされない。むしろさらに乾いていくような焦燥が心を疲弊させていく。俺は自分がかわいいから、そんな感情を持つのか? しばらくすると、玲奈はいじっていた携帯を傍らに置き、少し体を抱くようにして、手元まで伸びる長髪をいじりながらけだるげに答える。
「生きているから生きているのよ。それだけ」
「な……」
それはあまりにも投げやりで、冷た過ぎる。それでは人生に対して不誠実じゃないか?
「じゃあお前は今死んだとして、悔んだりしないのか? 俺はそんな……むぐっ!」
玲奈の細くてしなやかな指を持った手が、俺の唇に無理やり蓋をした。驚いてその目を見ると、ゆっくりとした瞬きで理性を感じさせるものの、奥底に強い光を孕んでいる。
「あんたの話、つまんない」
いつの間に近づいてきて、耳元に口を寄せてきた。呼吸の音が聞こえるたび、首筋まで吐息がかかる。
「ベクトルが自分に向き過ぎ。自分以外見ようとしていないし、そして自分すらも見えてない。あんたにとって人生は何かの意味で線になってつながるものなのかもしれないけど、私には一瞬の連続が線になっていくものに感じられるの。誰にもそれぞれの感性があって、その中で世界を生きている」
指の腹で俺の耳をなでながら、玲奈は咽の奥でくぐもった笑い声を上げる。
「まあそんなまだ何も見えていないところも嫌いじゃないんだけどね」
そう言って俺の唇から手を離し、ゆっくりと体に腕を回した。
「私はね、こうやって一瞬に温もりを見つけることができるなら、それを積み重ねていけたなら、それでいいと思う」
玲奈の体温を感じて、ふと体の力が抜ける自分を見つけて驚く。穏やかで優しい時間の中で、先ほど考えていた疑問について考え直した。自分は代わりのきく「人間」という大きなくくりの中の部品かもしれない。でも、俺にとっての俺に替えはない。生きる理由は世の中に決められているのではなくて、自分で決めていくものなのだ。思い至って、玲奈の頭に左手を回して髪にほほをうずめる。
俺の人生の線上に、玲奈がいることが、生きる意味になっていくといいなと思った。