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Dark of the moon 〈another episode〉  作者: 五十鈴 りく


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5/15

*拾って下さい*〈C2/12~〉

 スレディ視点のフィベルとの出会いです。

 それは、今から四年ほど前の話だ。


 俺は買い溜めしてあった食料が尽きたので、渋々外へ出た。今は新作に没頭している最中で、その流れと集中を止めたくなかったが、さすがにこの歳だ。七十にもなると無理が利かない。目はかすむし、手も震える。

 俺は舌打ちしつつ出かけたのだった。


 紙袋に詰められるだけの食料と酒とを買い込み、くわえ煙草で工房まで戻った時、扉の前の石段に何かがあった。近付いてみると、それは人間だった。ひざに顔を埋めるようにして丸まっている。

 顔はまだ見えないが、それは若い男だ。客か。


「――おい」


 邪魔だ。

 だから、俺は荒っぽく声をかけた。


 飛び起きるかと思ったそいつは、ひどく緩慢に顔を上げた。

 その顔は、まだ子供ガキだった。

 正確にはギリギリ成人しているだろう。それでも、俺から見れば子供と大差ない。

 そいつは、糸のように細い目と広い額の、ぼうっとした地味な顔立ちをしていた。


「邪魔だ」


 俺は煙草を吐き出すついでにそう言った。地面に落ちた煙草を靴底でもみ消す。すると、そいつは首をかしげていた。随分と頭の鈍そうなやつだ。


「邪魔だって言ってんだろ。中に入れねぇじゃねぇか」


 そいつはぼんやりとした顔を俺に向けた。なんというか、こいつ――家の前に捨てられた犬が、拾って下さいと書かれた箱の中で、自分の置かれた状況もわからずにぼんやりと通りすがりを眺めているような反応だ。なんとなく、そう思ってしまった。

 まさか、どっかから逃げて来て、匿ってくれとか言い出さないだろうな、と俺は顔をしかめた。

 すると、ようやくそいつは口を開く。


「ここ、あいてる?」


 やっぱり、客だったか。


「開いてる。用があるなら入れ」


 俺はそいつを踏み越えて工房の鍵を開けた。扉を開くと、ごちゃごちゃの室内が見える。積み上げた色々なものが雪崩を起こして広がっていた。

 女房なんて何十年も前に出てったきりだし、人を雇ったところで気が付くといなくなってる。それでも、俺は自分でまめに掃除をするタイプじゃない。万年、こんな状態だ。

 けれど、そいつはまったく動じなかった。くるりと振り返ると、首をかしげる。


「どうしたらいい?」

「は?」


 顎が外れそうなほど、大口を開けてしまった。なんだこいつ。


「どうしたらってなんだ? そりゃあこっちのセリフだろ。何を作れって言うんだ?」


 客だろうと小童こわっぱだ。俺は丁寧な口なんか利く気がない。

 頭の鈍いそいつは、更に首をかしげている。そして、納得したようだ。


「客じゃない」


 思わずどつきたくなった。


「客じゃねぇだと? じゃあ出てけ!」

「なんで?」


 こいつに関わると時間の無駄だ。それだけがはっきりとした。

 けれど、こいつは恐ろしいほどのマイペースだった。この俺のペースをここまでかき乱すやつ、そうそういない。


「あいてるって言った」

「あぁ?」

「だから働く」

「うぁ?」


 あいてるかと訊いたのは、働きたいけどあきがあるかという意味だった。あんな一言で、そこまでわかるやつがいるか? 俺はお前の長年連れ添った女房か?


「ふざけんな! 出てけ!」


 俺は隙間のないテーブルの上に、紙袋を無理やり下ろした。

 そいつはそんな俺に言う。


「やだ」

 と。


 正直、俺は気の長い方じゃない。短気だ乱暴だと言われる。それは自他共に認めるところだ。

 けれど、ここで怒らないやつの方がどうかしてる。どう考えても、こいつが悪い。


 カッとなったが最後、俺は腕を振り上げ、そいつに殴りかかった。歳はとったが、昔からけんかでは負け知らずだった。力も強かったし、今でも常に力仕事だ。衰えてなんていない。

 そんな俺の一撃を食らったら、こんなウラナリ野郎、吹き飛んで泣いて謝るだろう。


 そいつは眉ひとつ動かさなかった。あまりのことに、驚く暇もなく、体が固まってしまったんだと思った。それでも、俺も思い切り殴りにかかったから、途中で止められなかった。けがをさせ、謝るのは俺の方になるかも知れないが、こうなったら殴ってから謝るだけだ。


 なのに、そいつは鈍そうな、眠そうなツラのまま、俺のこぶしを軽く避けた。一瞬の出来事に、俺の方が付いて行けなかった。嘘だろ、と化け物でも見たような心境だった。

 空を切り、体が勢いに持って行かれる。俺はそのまま倒れると覚悟した。


 ところが、そんな俺の背中のサスペンダーをそいつがひっぱり、俺の転倒を防ぐ。けれど、こいつのせいだから、礼なんて言わない。礼どころか、俺はそのまま振り向きざまに、そいつの頭に腕を叩き込んだ。

 けれど、その間合いのない状態でさえ、そいつにはかすらなかった。あっさりとかわされる。俺が耄碌もうろくしたのか、こいつが変なのか――。


 しかも、こいつは感情をまるで見せない。俺を床に下ろすと、やっぱり小首をかしげている。


「どうしたの?」


 もう嫌だ。

 それが正直な感想だった。


 このおかしな小僧に、力ずくで追い出すという選択はできない。鈍そうに見えて、恐ろしく素早い。

 こうなったら、放っておくしかなかった。そのうち、諦めて出て行くだろう。

 こんなわけのわからないやつ、雇うなんて有り得ない。



 俺はそいつを放置して仕事に取りかかった。

 まず、図面を広げ、直感の赴くままに線を引く。ここが、こう。こっちは――駄目だ。これじゃあ野暮ったい。どこにでもある、在り来たりなものなんて、恥ずかしくて出せやしない。


 俺は熱中すると周りが見えなくなる。職人なんてみんなそんなもんだ。

 だからこの時、あのおかしな小僧が、俺の頭越しに図面を覗き込んでいることになかなか気付けなかった。気付いた時、ようやくわかった。こいつは、俺の技術を盗んで来るように言われたんじゃないかと。


 図面を急いで丸め、俺は小僧を憎しみを込めてにらんだ。その途端、俺はその考えがひどく馬鹿らしいものだったのだと思い知らされる。

 小僧は、ほっそい糸目を精一杯見開いて、黒目をキラキラと輝かせていた。頬はほんのり紅潮している。これは、この反応は――。


「なんだよ、言いたいことがあるならはっきり言え」


 すると、小僧はうなずく。


「図面、初めて見た」

「だから?」


 こいつ、何でこんな喋り方なんだか。面倒で仕方がない。


「面白い」


 初めて見たってことは、経験が何もないということ。一から教えるなんて、面倒極まりない。それに、五十歳ほど年上の俺に対する敬意が微塵もない。とてもじゃないが、弟子にするなんて正気の沙汰じゃない。


 なのに、無愛想で感情なんてないんじゃないかと思ったそいつが、見るからに嬉しそうに感動していることがわかってしまった。

 武器なんて、人を傷付ける殺戮の道具だけれど、俺はこれに、どうしようもなく惹かれる。惹かれ続けている。その気持ちがわかる人間を、俺は突っぱねることができなくなった。


「お前、なんでここで働きてぇんだ?」


 こいつは、武器を作るより、武器を扱って戦っている方が性に合ってる。そうしたら、ある程度名前を馳せることだってできるようになると思うのに、そこに興味はないようだった。まあ、このコミュニケーション能力では、軍のような集団生活はまったくもって向いてないが。


「あんなの、作れるようになりたい」


 小僧は乱雑な部屋の中で唯一きれいな空間、俺の仕上がった作品のあるところを指さした。


「あんなきれいな刃、他にない」


 刃には俺の魂がこもっている。微塵の妥協もしたことはない。いつだって、最高だと思えるものだけを作り続けた。あれを越えるものがあるとしたら、それはのちの俺が作り出したものだけだという自負がある。


 この小僧は、世辞なんて言える気の利いたやつじゃない。だから、本気で思ったことしか口にしない。数時間前に会ったばかりだというのに、何故か俺はそう思った。

 そんな賛辞、当たり前だ。俺は最上級のものしか作らないんだから。

 なのに、俺は気付けばこんなことを言っていた。


「お前、名前は?」

「フィベル」


 小僧――フィベルはそう答えた。


「おい、俺は厳しいからな。死ぬ気でないと、付いて来れねぇ。今まで逃げ出したやつが何人いたか、俺にだってわからねぇくらいだ」

「うん」

「『うん』じゃなくて、『はい』だろ、そこは。全然なってねぇな。……とりあえず、俺のことは師匠って呼べ。わかったな?」


 この一言がどういう意味だか、馬鹿で鈍いこいつにだってわかっただろう。フィベルはこれまでで一番素直にうなずいた。


「はい、師匠」

「よし。まずは部屋を片付けろ。俺に逆らうな。わかったな?」


 フィベルはうなずく。

 けれど、素直だったのはこの時だけだ。

 気付けば部屋は元通りに荒れ果てる。こいつも、俺と同様、片付けが苦手だったのだ。次第に、大丈夫、気にならない、そんなことを言い出しやがった。



 俺と馬鹿な弟子は、今日もごみ溜めみたいな工房で作業を続ける。


 やっぱり、経験も知識もないフィベルは、俺をむちゃくちゃイラつかせた。その都度、俺は頭をはたく。簡単に避けられるくせに、フィベルは避けなくなった。甘んじて殴られるのは、愛の鞭だからと思っていたら、少々気味が悪いが。


 ただ、こいつは驚くほどに諦めが悪い。しつこい。

 駄目出しをすると、できるまでいつまでもそれにこだわる。できるまで諦めない。こっちが忘れた頃になって、これでいい? とか訊きに来るから、いつも驚かされる。


 このしつこさだったら、あの時、雇うつもりなんてないと、なんとか放り出したところで、工房の扉の前に座り込み、いつまでも『拾って下さい』という顔をして待っていたんじゃないだろうか。


 こいつが使えるようになるまで、俺はこの失礼でなってない弟子と付き合い続けなけりゃいけない。


 うんざりするが、拾ってしまった以上、仕方がない。

 そう、仕方がない――。

 

 死ぬ気でと言われたので、フィベルは遺書を書きました(笑)

 スレディは刀匠や鍛冶師とは違い、色々な武器を作る職人です。割と幅広く手がけます。

 って、気付けば、こっちの平均年齢かなり高いですね(汗)

 おじいちゃん好きなあなたに捧ぐ(←嘘です、ごめんなさい)

 

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