*若気の至り*〈C1/16~〉
レジスタンス活動前のフーディー視点です。
いつも、ぼやぼやしていて、どうしてこんな風に育ってしまったのかと思う。
確か、今年で三十歳になる。なのに、いつまでも子供のようだ。目をキラキラと光らせ、夢中になると周りが見えない。小さい頃から、なんにも変わらなかった。
息子の息子。つまり、ワシの孫。初孫だった。
小さい頃はじいちゃんじいちゃん、とかわいらしかった。今では、背ばっかりひょろひょろ伸びた。鼻の頭のそばかすもいつの間にか消えていた。けれど、根本はなんにも変わらない。
先に逝ったワシの連れ合いも、散々あれの心配しながら逝った。優しすぎるあの子の将来が心配だと。
そんなワシの孫、ディノが、ある日、とてつもなく馬鹿なことを言い出した。
「じいちゃん、僕、レジスタンス活動をすることにしたよ」
「はぁ?」
思わず、ワシは自分がボケたのかと不安になった。耳は遠くないつもりだった。
ディノは真っ先にワシに報告に来たようだ。だから、出だしでつまずいてしまったことに落胆した様子だった。けれど、ワシは容赦しなかった。馬鹿じゃなかろうか。
「これ、身の程を知れ。嫁も来ないボンクラが、なんの寝言だ? ディノ、これは寝言よのぅ?」
すると、穏やかな性格のディノは、色白の頬を赤くした。感情の昂りがそうさせるようだ。
「寝言じゃない。本気で活動を決めたんだ」
馬鹿では長生きできん。ディノにはもっと賢くなってほしかった。
ずる賢く、しぶとく。そう、人生は細くても太くてもいいが、長く、だ。
レジスタンス?
国の行く末?
そんなものに関わらないでいい。国は河だ。流れに従って、民が動く。
柔軟に流れを受け止めて生きればいい。流れに逆らって、押し戻されるだけ無駄なことだ。
「愚か者。お前に何ができる?」
白けた顔をしてみせたワシに、ディノは少し傷付いた表情になった。いつだって、ワシが両親よりも自分の理解者でいてくれると思っていたのだろう。
そう。だからこそ、反対した。
理解したからこそ、心優しいディノにはつらいだけで、無理だ。
病身の王が崩御するまでに、何を成せるというのか。新たな王が立とうと、この国が属国となろうと、ワシらはそれに合わせて生きられる。どんな王であろうと、駄目ならしばらく辛抱すればすぐに挿げ替えられる。何も、自らが望む者を立たせようと奮闘するなど、愚かだと思う。
平民が望む王を立てるなど、それがどんなに困難なことか、ディノはわかっていない。
それを戦い抜き、勝ち得るだけの強さが、この孫にはないのだ。
「何ができるかは、やってみなくちゃわからない」
その言い分は正しい。ほめてやりたいくらい、正しい。
けれど、わかった頃には傷を負っているだろう。その高い代償を後悔した時にはもう遅いのだ。
それでも、ディノは声を高くした。
「僕は、この国が、みんなが幸せな日々を過ごせる場所であってほしい。そのために戦うんだ。そう願うことが馬鹿だって言うなら、僕は馬鹿でいい!」
幼少期、初孫かわいさに、甘やかした。凡庸で、世渡り下手でも、優しい子に育てよと思った。そんな甘いことを考えた自分が、今になって情けなくなる。
理想ばっかりじゃ、メシは食えない。夢を追えば、けがもする。
「とにかく、お前はそんなことを考えてないで、嫁でも探しに行け! こんなことを考えていたなんて、息子と嫁には内緒にしておいてやるから、二度と言うな!」
また、傷付いた顔をした。
こんなに心配しているワシだって、傷付いている。自分ばっかりがつらいと思うな。いつか、そんなワシの心をわかる日が来る。
あの時、叱ってくれてありがとう、と。
でも、今はまだ無理だ。ディノは、なりが大きいだけの子供なのだから。大人のワシは、腹を立てずに諭してやった。
人生、早七十八年。それだけ生きたワシに、高々三十年のお前が勝てると思うな。
けれど、どうしてもディノは諦め切れなかったようだ。
共に理想を語り合う仲間がいたからだ。それに気付いた時には、彼らと共にこの町を去って行った。
息子と嫁にはちゃんとした説明もせず、置手紙ひとつで済ませた。ワシのように反対すると思ったんだろう。息子は置手紙の乗った机を叩いた。嫁は泣いていた。無理もない。
ディノの妹はすでに嫁いだ。あの時は、家族が減ったことが寂しくはあったが、めでたいことだから、悲しくはなかった。
けれど、今回はそうではない。
食卓の一角が、ぽっかりと空いている。いつもなら、そこを埋めていたはずの食器と、座っていたあのひょろ長い孫がいない。シンと静まり返った食事風景。好物のイワシも味がしなかった。
さっさと、帰ってくればいい。
僕には無理だった。戦って、人を傷付けることが嫌になった。家族が恋しくなった。
へこたれて、大口叩いて出て行ったことを恥ずかしく思うかも知れない。途中で挫折したことを情けなく思うかも知れない。
でも、そんなのは許してやる。人生は長い。一時の恥なんて、取るに足らないのだ。
若気の至り。
そんな便利な言葉で片付けてやる。笑い飛ばしてやる。
だから、早く帰って来るといい。
そうして、ディノはワシらのところへ戻って来た。ワシらが会いに行ったと言うべきか。
あの時、それを知らせてくれたのは、三軒隣の家の息子だったと思う。はっきりと覚えていないのは、ワシらが冷静でなかったせいだ。
ワシは老体に鞭打って、息子や嫁よりも先になって浜辺に向かった。この時のワシは、その浜辺に向かっている理由が自分でもよくわからなくなった。ただ、ディノを叱り付けてやろうと思った。そうしたら、いつもみたいに肩をすくめて子供みたいな目をするのだろう、と。
そこにいる。浜辺にいる。それしか、頭になかった。
何故――それがわからなかった。
ワシのように、太く長く生きて行けなかった孫は、浜辺でぐっしょりと濡れた体を横たえていた。
ディノだけではない。その仲間たち。その中のいくつかにはかろうじて見覚えがあった。同じ町の友達だったと思う。
ただ、ディノも彼らも、面立ちが変わっていた。ぐっしょりと濡れ、砂にまみれ、青白くふくれた顔。
詳しくはわからない。ただ、活動とやらの果てに、この惨劇が起こった。
戦い、負けたのだろう。
ほら、だから言ったのだ。お前には無理だと。
ワシは、砂に埋もれた杖から手を離した。崩れ落ちるようにひざを付く。
ぺたりと張り付いた髪を、ディノの顔からどけてやる。ワシの乾いた指では不満かも知れないが、ワシは孫の冷たい顔を撫でてやった。何度も何度も。
これじゃあ、若気の至りなんて言葉じゃ済まない。どうしてくれる?
繊細で弱いお前だったけれど、こんなになるまでがんばって戦った。
それでも、やっぱり馬鹿だ。生きてこそ、理想だって夢だって語れる。
それでも、がんばったのは事実で――怖かっただろうに。
ワシは、ディノの顔を両手でつかみ、気付けばヒィヒィと声を立てて泣いていた。この乾いた体のどこに、こんな水分があったのか。年寄りをこれ以上干乾びさせるな。もっと労われ。
本当に、ひどい孫だ――。
それから、一年と半年。
ワシはいつ死んでもおかしくない状態だった。ぼうっとして、ボケたと心配されていただろう。
本気でボケてしまえたら楽だったのに、ボケずにいたのは、ワシがずっとあることを考え続けていたせいかも知れない。
――国の行く末。
ディノが本気で憂い、目指した幸せな場所。
ワシはディノに代わってそれを見届けられるだろうか。そう遠くない未来に、あの子に再会する時、もう大丈夫だと報告してやれないだろうか。そうしたら、あの子供みたいな瞳がキラキラと輝くところを再び見ることはできないだろうか。
ただ、ワシには時間がない。長い時を待つことができない。
急いた気持ちで待ち続けるだけでは駄目だ。それくらいなら、何かを始めた方がましだ。
この老いさらばえた身で、若い孫が成し得なかったことをできるとは思わない。
ただ、ワシにはワシの戦い方があるのではないか。
ほんの少しでいい。
あの時、否定してしまったディノの思いに対する謝罪の意味を込めて、ワシは立ち上がった。
こんなジジイ、なんの役に立つと思うか?
けれど、ワシはしぶとく生きている。この悪運の強さを見てみろ。
ひよっ子どもが馬鹿にしようとも、ワシはあの愚かでがんばり屋だったディノの祖父だ。この老い先短い命くらいかけて、国の行く末を動かしてやろう。
「おい、そこの。ワシも手伝ってやろう。その、活動とやらを――」
「少々ボケた老人に絡まれました」(リッジ談)
ちなみに、好物のイワシは、オイルサーディンやマリネと思って下さい。塩焼きとか蒲焼ではありません(いきなり和テイストになりますから……)
このフーディーの戦う理由は、組織内では誰も知りません。今となっては、戦う理由もひとつではないようですが。